3話『廃教会の鐘』
「俺が先に受けたんだ!」
「いーや違うね!俺たちが最初だ!」
全く、うるさすぎる。
最近はずっと森の中で暮らしてたから、こういう喧騒には慣れていない。
「なんだ、ただの依頼の取り合いか」
「おい!あんたら!」
オーディンが口論している冒険者たちに割り込む。
「なんだ?ちびっ子が」
「お前みたいなガキが受けるような依頼じゃねぇんだよ!」
オーディンはにやりと笑った。
「そいつはどうかな?俺、ギルドの認定ランクは【C】だぜ!」
「はっ、Cランクごときが調子に乗るなよ」
「そもそもこの依頼、危険度【B】だって話じゃねぇか」
「お前らじゃムリムリ。帰ってママの膝にでもすがってろ!」
「じゃあ、僕が受けるよ」
オーディンの背中から妙な気迫が滲み出る。
口喧嘩は得意じゃないはずだが、「勝負」となると別人のように変わる男だ。
……めんどくさい展開だな。
そう思いながら、僕はギルドの掲示板に目を向けた。
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【依頼名】ベルツェ北東の廃教会調査
【危険度】Bランク相当
【内容】近隣の村で家畜の失踪が相次ぐ。現地では廃教会付近で異常音を聞いたとの報告。原因の調査および対処を依頼する。
【報酬】5000リル+成果に応じたボーナス
⸻
……ただの調査依頼じゃないな。
「どうする?やるか?」
オーディンが僕の顔を覗き込む。
「ああ、勝手にしろ」
どうせ巻き込まれるなら、早めに片付けたほうがマシだ。
「よっしゃ!じゃあ俺たちがこの依頼、受けまーす!」
ギルド受付嬢が目を丸くしてこっちを見た。
「え? 本当に……この依頼を?」
「俺、こう見えてギルド作ってるからさ。名義的には問題ないだろ?」
「た、確かに条件は満たしてますけど……」
「問題ない。こいつがいる」
僕を指差すな。
その場にいた冒険者たちは、オーディンと僕を交互に見て――
「……へっ、知らねえ奴らが潰されるところ、見物してやるか」
と捨て台詞を吐き、ギルドを出て行った。
「ふぅ〜危なかったな。でもチャンスだぜ、ファルカ!」
「何がだよ」
「ギルドに俺たちの名前を売るチャンスだ!」
……なんでこいつは毎回、やる気と元気だけは100点満点なんだろうな。
僕は静かに溜息をついた。
「よし!早速現場に向かうぞー!」
「いや、待て」
僕はオーディンの襟を掴んで止める。
「まずは情報収集が基本だろ。お前、本当に冒険者か?」
「えー、なんだよ、せっかくテンション上がってきたのに!」
「……突っ込むのは勝手だが、死ぬのは勝手じゃ済まないぞ」
「おっ、ちょっと心配してくれてんのか? もしかしてツンデレ?」
「黙れ、馬鹿」
僕は掲示板の隣にある、過去の依頼報告の閲覧用書類に目を通した。
「廃教会か……三年前に一度、魔物の巣として封鎖された跡があるな。以降は立ち入り禁止区域だ」
「なんだそれ。じゃあ、ほとんど人入ってないってことか?」
「ああ。魔物が巣にしていた形跡はあるが詳細は不明。封鎖して以来、調査の記録もない」
「じゃあ、ギルドの中の人に聞いてみようぜ。詳しい話、知ってる人がいるかもしれないし」
……まあ、珍しくまともなことを言う。
「受付嬢さん、さっきの依頼について詳しく知ってますか?」
僕が声をかけると、受付嬢の表情が少し曇った。
「ええ、あの地域……廃教会は昔から“呪われた場所”として有名でして。過去にも何度か調査隊が送り込まれたのですが……」
「戻ってこなかったとか?」
「いえ、全員生還しています。ただ……“何もいなかった”としか言わないんです。まるで記憶が抜け落ちたように」
……記憶障害系か。面倒だな。
「他に何かわかることは?」
「はい。最近、村人の間で“鐘の音”を聞いたという証言がいくつかありまして……それが廃教会の方向からだそうです」
「鐘……ね」
オーディンが珍しく真剣な顔で僕を見る。
「やべぇな。こりゃマジで“当たり”の依頼かもしれん」
「だったら慎重にいけ。今度はお前の骨を拾うのは僕しかいないからな」
「ハハ、安心しろよ。俺、タフだけが取り柄なんだ!」
「それが一番信用できねぇよ」
そうして俺たちは、再び街の外――廃教会を目指す準備に入った。
騒がしい街の喧騒を背に、僕の胸には一つの不安が渦巻いていた。
この依頼、絶対にただの調査で終わらない。