19話『運命の図書館』
石像を破壊し、奥の部屋へ進んだ。
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「図書館……?」
アリスが声を漏らす。
天井が霞むほど高く、壁一面を本棚が覆い尽くしている。
まるで時の狭間に存在するかのような、静寂と荘厳に満ちた空間だった。
「で……でけぇ……!」
ローディンも、ぽかんと口を開けている。
だが、その感動は――長くは続かなかった。
「ようこそ、“運命の図書館”へ」
不意に、柔らかくも不気味な声が響いた。
白いローブを纏った人物が、書架の奥から現れる。
長い銀髪、青白い肌。そして眼差しは、まるでファルカの奥底を覗き込むかのように冷たい。
「私はルーザ・フィル=アトラム。
君たちを歓迎しよう。特に……君をね、アルス・ファルカ」
「……僕の名前を?」
僕は即座に構えた。
その態度に、ルーザは薄く笑う。
「油断しないな。さすが“黒龍を超越した男”。いや、《エクシード・フィネス》と呼ぶべきかな?」
ゾッとする。
この男……知っている。僕のことを、すでに。
だが僕は――この男を知らない。
「なんの目的だ。どうして僕の名前を……」
「単純なことだ。君の魔法は“異常”だ。超越。完全な解析。そして一時的に世界を凌駕する理。
それは……神をも屈服させうる概念。私の研究の、最後の欠片でもある」
ルーザの手が浮かび、空中に魔方陣が描かれる。
「君の《エクシード・フィネス》、私に“譲って”もらおう。解析済みだろうと、未完だろうと関係ない。
君ごと、封じて取り出すだけだ」
「なるほど……罠だったってわけか」
僕は肩をすくめる。
こいつは僕たちが塔へ来ることを、最初から計画していた。
「オーディン、アリス。下がれ」
「えっ、でも!」
「こいつは……僕がやる」
ルーザの魔力が、図書館全体に広がる。
本棚が震え、魔術書がページを捲るように空中を舞い始める。
「では始めよう。“魔法使い”と“超越者”の、儀式のような戦いを」
ルーザが詠唱を唱えるより早く、僕は前に出た。
「《再解析開始》」
対象:ルーザ・フィル=アトラム。
こいつの魔法、動き、呼吸――すべてを解析する。
たとえそれが、どれだけ複雑でも。
「《時空螺旋》!」
ルーザの詠唱が終わり、周囲の空間が歪む。
図書館の壁が引き裂かれ、時間が“圧縮”されて螺旋の渦となる。
「ッ!」
僕は即座に後方へ跳ぶが、右腕が時間の歪みによって裂けた。
だが、これでいい。見えた。
「解析、完了」
僕の足元に魔法陣が走る。
「《エクシード・フィネス》発動」
身体がまた“世界の外側”へと浮かぶ。
すべての魔術を超える速度、制圧、思考の加速。
「いくぞ、ルーザ。君の“知識”じゃ、僕の行動は読めない」
「おお……これが、君の魔法か」
ルーザの瞳に、狂気にも似た興奮が宿る。
「やはり……奪わねばならぬな。世界の理を一度壊してでも!」
再び、魔法が交錯する。
知と知、魔と超越。
図書館はまるで、巨大な戦場に姿を変えようとしていた――。