16話『鉄塔は毒を貫く』
オニデ。
名前の通り巨大な手乗り形をしている、魔獣。
クロマトウ。
体から毒炎を出して、その黒煙を纏う。
触れると、体に火傷をおこし毒を回らせ狩りをする魔獣。
「……まさか、二体同時に現れるなんてな」
僕たちは白い塔を目前にして、二体のポイゾナーに挟まれる形となっていた。
「アリス、後衛を頼む。ローディン、左のオニデを引きつけろ」
「了解!」
「おうさ! こっちは任せろ!」
毒の黒煙が地を這い、僕たちの足元に忍び寄る。踏み込んだ瞬間に毒が皮膚を侵し、意識を奪う――そんな最悪の未来が容易に想像できる。
「《エクシード・フィネス》、解析開始……」
クロマトウの体表、呼吸、魔力の流れ、動きの癖――すべてが脳内で映像化され、パズルのピースが組み上がっていく。
「……よし、解析完了」
瞬間、僕の体が“無敵”へと変化する。
「行くぞ、黒煙の魔獣」
右腕を一閃。黒煙を断ち、毒の幕を斬り裂く。
しかし、あと一歩のところで攻撃が届かない。
「なに?」
地面が響めく、地が割れる。
そこには3本の小さな鉄塔ができた。
いや、あれは鉄塔ではない…
角だ…
「なんだ!?ファルカ!?」
「なにが…いるの?」
ゴゴゴゴゴゴ
地面が響めく、何か…
来る!?
轟音と共に地面を抉って出てきたのは、Sランクの魔獣『モディアス』。
過去、討伐事例が三回しかない強力な魔獣だ。
おそらく、ポイゾナーを餌としているのだろう。
「……モディアス、だと?」
その名前を聞いた瞬間、アリスの顔色が青ざめる。
「ま、待ってくださいファルカさん! あれは——生半可な魔法じゃ通じない……!」
「チッ……こいつは余計だな」
《モディアス》
三本の角を持つ、地を喰らい毒を栄養源とする“毒喰らいの鬼獣”。
硬質な黒鉄の皮膚は魔法も剣も通さず、ただ己の重さと咆哮で全てを圧し潰す。
だが今、確かにこいつが狙っているのは——ポイゾナーたちだ。
「……なら、好都合だ」
「え……?」
「僕たちは手を出す必要はない。こいつは毒を喰らう。つまり、僕たちより先に“黒煙の魔獣”たちを狩ってくれる」
「お、おい! 何を言ってるんだ!?」
「冷静に考えろ、ローディン。こいつはこのエリアの“生態系の頂点”だ。だからこそ、ポイゾナーがここまで警戒していた……自分たちが喰われると分かっていたからな」
ゴオオオォォオッ!!!
モディアスの咆哮が砂を吹き飛ばし、クロマトウとオニデが怯んだ。
——そして、一瞬で動いた。
ドンッ!!
地を蹴ったかと思えば、数メートルの跳躍から鉄塔の角を突き出し、クロマトウの胴体を一撃で貫いた。
「——ッ!!」
毒が爆ぜ、黒煙が散る。しかし、モディアスはその毒すら吸収するように口元から黒い靄を吸い込んでいた。
「……毒を、喰ってる……」
「なるほどな。だから“鉄塔”か。こいつは毒を突き刺し、吸い尽くす」
残るオニデが恐怖に駆られて逃げようとする——が、遅い。
二撃目。角が横薙ぎに振るわれ、オニデの上半身が吹き飛んだ。
あっという間だった。
砂漠の魔獣たちを恐れさせていたポイゾナーが、まるで小型の虫のように葬られる。
「……これが、Sランクの“力”か……」
「やっぱ来るべきじゃなかったな、こんなとこ……!」
ローディンの言葉に苦笑しつつも、僕の目はその奥にある“白い塔”を見据えていた。
モディアスは僕たちには興味を示さず、砂を巻き上げながらその場から去っていく。
「……進もう。今なら、あの塔に近づける」
「うん……! 毒も晴れてきたし、今しかない……!」
こうして、僕たちは白い塔への一歩を踏み出す。
しかし——あの塔の中に待ち受ける“未知”は、今までのどの戦いよりも深く、危険なものだった。