15話『アコールの毒壺』
アコール砂漠…
そこには主に虫・昆虫の魔獣が蔓延っているらしい。
その中でも特に危険視されているのが、オニデ・チサソリ・クロマトウの三大毒虫だ。
こいつらに触れれば、一瞬で猛毒に侵され体は溶けていく。
「はぁ…はぁ…」
「い…いつまでこの暑さが続くのー」
あ…暑い…
砂漠なだけあってとんでもない気温だ。
全く、やはり来るべきではなかったのか…
「その白い塔はどこにあるんだよ〜」
「少し黙ってくれ…」
「あ…あの〜」
昨日、集会酒場で聞いた話だが
ここ、アコール砂漠で白い塔が急に現れたそうだ。
そこに大魔導士『ルーザ』がいたらしい。僕はこういう、未知を探すのが大好きなんだ。まあ結局後悔することになるんだがな。
「本当に氷魔法しなくて良いんですか?」
「それが…漢ってもんだろ…!」
「ああ」
全く、僕らは何をやってるんだか…
「おい…あれ見ろよ…!」
オーディンが指を刺した。
すかさず僕はその方向を見た。
そこには白い塔がポツンと建っていた。
「あれは…」
「あれが…例の塔か…!」
目標の塔を見つけた……が、そこにいた。
僕が警戒していた三大毒虫の一角――
「チサソリだ……!」
地面を這うように、巨大なサソリが音もなく接近してくる。
全長は優に人間を超え、艶のある漆黒の甲殻が日差しを反射してギラついている。
「まずい……こっちに気付いたぞ!」
「チッ……いきなりボス級かよ!」
ローディンが剣を抜く。
アリスは既に詠唱に入っている。
僕も、《エクシード・フィネス》の解析を始めるべきか……だが、
(まだ……だ)
敵の動き、呼吸、毒針の振り方――
まずは観察。戦う前に、知る。
それが僕のスタイルだ。
チサソリが地を滑るように距離を詰めてきた。
毒を纏った尾を振りかぶるその動作に――
僕は静かに、目を細めた。
(来い……まずは“お前”からだ)
毒針が振り下ろされる直前――
(……解析完了)
僕の中で、何かが「カチリ」と音を立てて噛み合う。
《エクシード・フィネス》
――発動。
瞬間、世界が切り替わったかのように感じた。
チサソリの動きが、遅く見える。
その毒針の角度、その跳躍の軌道、毒液の成分までも――すべてが手に取るように分かる。
「ローディン、右に半歩下がれ」
「えっ、あ、あぁ!?」
「アリス、氷魔法を左前方に撃ってくれ。拡散型で」
「りょ、了解です!」
仲間の動きも予測済み。いや、もう“見えて”いる。
チサソリの毒針がローディンの頭上を通過し、わずかに姿勢を崩す。
その瞬間――僕は踏み込んだ。
「動きが読める。毒の生成パターンも単純……」
ナイフを逆手に構え、チサソリの関節部に一閃。
――パキィン!
鋼鉄のような甲殻が砕け、猛毒の噴き出す腺をピンポイントで潰す。
「もはや脅威ではない。終わらせる」
空中で回転しながら、もう一度ナイフを振る。
その刃は、まるで相手の弱点を知っていたかのように急所を正確に貫いた。
――ズゥゥゥ……ンッ!
チサソリが砂に沈み、動きを止める。
「一体……何が起きたんだ?」
ローディンが呆然とした表情で僕を見る。
「解析を終えた。それだけだよ」
「やっぱりファルカさん、ただ者じゃない……!」
アリスが微笑みながら呟いた。
僕は一歩、塔の方へと足を進める。
(これで一つ、“未知”がまた近づいた。ルーザ……君は、どんな存在なんだ?)