11話『生命の息吹は屈せず』
逃げた……?
黒い翼を大きく広げ、ドゥーラは高空へと飛び去っていった。
灼熱の風が止み、地鳴りもおさまる。
一瞬、世界が静寂に包まれた。
「え……終わった……の?」
アリスが呆然と呟く。
その手からは、詠唱していた魔法の光が静かに消えていった。
「まさか、逃げたのか?」
オーディンもまた、剣を構えたまま空を見上げる。
その視線の先にあるのは、どんどん遠ざかっていく黒い点――
だが、僕は違和感を覚えた。
(……逃げた?)
(本当に……?)
次の瞬間だった。
【超越解析:反応再発生】
【警告:魔力濃度、異常上昇】
【災厄の兆候を検出――】
「……違う」
僕は呟いた。
「逃げたんじゃない……あれは、“溜めてる”んだ」
「え?」
「空で――何かを……!」
ゴォォォォオオオッ!!!
天空が爆ぜた。
さっきまで黒い点だったドゥーラが、まるで災害の化身のように、真っ黒な雷を纏い始める。
その体が膨れ上がり、周囲の空間が歪む。
「もうダメだ!?」
アリスが叫ぶ。大地が裂け、空は血のように染まり、全てが終わる予兆を孕んでいた。
だが。
「……ダメじゃないさ」
僕は静かに、目を閉じた。
「真の勝者は、何事にも屈せず争い続ける者のことだ」
(この瞬間を待っていた)
【超越解析、再構築完了】
【対象の構造・属性・核位置を完全特定】
【超越魔法:最終方程式・発動可能状態に移行】
「やっとだ。こっちも――“準備は整った”」
目を開ける。世界が、まるでスローモーションのように映る。
黒雷をまとい、世界を飲み込もうとするドゥーラの姿。
その胸の奥に、脈打つ漆黒の核――それが、奴の“心臓”。
「見える、見えるぞ」
僕は静かに、詠唱を始めた。
「――超越魔法、最終方程式」
「《エクシード・フィネス》」
空が割れた。
僕の背後に、無数の魔法陣が重なり、黄金の光が降り注ぐ。
それは、核を破壊するためだけに創られた、世界でただ一つの魔法。
「アリス、オーディン!頼んだ!」
「任せて!」
「この一撃を通すためなら……命だってくれてやる!」
アリスが防壁を展開し、オーディンが突進する。
二人の行動が、ドゥーラの攻撃の起動をずらす。
そして、その隙間を――
「穿て!」
放たれた一閃は、黒雷すら貫き、真っすぐに“核”へと突き進んだ。
ドゥーラの瞳が、驚愕に見開かれる。
その一瞬が、決着のときだった。
ドォォォン――!!
核が砕けた。
その音は、まるで大地が歓喜するかのように、空に響き渡った。
黒雷が弾け、巨大な影が崩れ落ちる。
ドゥーラの咆哮は、もうなかった。
ただ、静かに――その身体は灰となって風に溶けた。
「……やった、のか?」
オーディンが膝をつき、空を見上げる。
アリスは防壁を解きながら、深く息を吐いた。
「終わった……本当に」
僕は一歩、また一歩と前に進み、ドゥーラがいた場所の中心に立つ。
残っていたのは、小さな黒い結晶だけ。
「これが……“災厄の王”の核か」
そっと手に取る。
【超越魔法、強化因子の回収を確認】
【特異存在ドゥーラ――完全排除】
【戦闘評価:SSS+】
【称号付与:“災厄を断つ者”】
(……ようやく、超えたんだ)
この手で、超越の意味を掴んだ実感があった。
アリスとオーディンが僕の元へと歩いてくる。
「……ファルカ、あなたって本当に……何者?」
アリスの問いに、僕は少しだけ微笑んで言った。
「ただの旅人さ。ちょっとばかり、しつこくて、諦めが悪いだけのね」
オーディンが笑う。
「それで、十分すごいよ」
空は澄んでいた。黒い嵐はもう、どこにもない。
こうして――
“黒龍ドゥーラとの死闘”は、幕を閉じた。
【あとがき】
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
これにて第1章「燃えぬは、草木の魂か」、完結です。
この章のテーマは「屈しない生命」でした。
植物は、たとえ焼かれても、その根や種から何度でも芽吹きます。
戦いの中で、ファルカや仲間たちが見せた“しぶとさ”や“諦めの悪さ”――それこそが、この章の核心だったと言えるでしょう。
黒龍ドゥーラとの戦いは、ただのバトルではなく、彼らが「何者であるか」を問われる戦いでした。
それを乗り越えたことで、少しずつ彼らの旅が本当の意味を持ち始めていきます。
そして、ファルカの魔法――《エクシード・フィネス》の名の由来について。
「フィネス」は“精巧さ”、“繊細さ”を表す言葉。
「エクシード」は“超越”。
つまり、《エクシード・フィネス》は、「精巧にして、すべてを超越する魔法」という意味を込めています。
今後も、彼のこの魔法が、物語をどう動かしていくか――ぜひ楽しみにしていてください。
次章「灰の中の新芽」では、Bランク昇格後の新たな冒険と、少しずつ広がっていく世界が描かれます。
それでは、また次の話でお会いしましょう!
――Leak