1話『崩れ去る平穏』
世界には魔王がいて、勇者がいて、冒険者がいる。
でも、そんな騒がしい世界とは関わらず、話はただ――静かに暮らしたいだけだった。
だというのに、森にやってきたのはうるさい剣士と巨大な魔獣。
僕の平穏は……今日も崩れ去る。
これは、全てを超越する最強の男と、うるさすぎる雑魚剣士の、
“静かじゃない”旅の記録である。
小鳥のさえずりが聞こえる。
小さな小動物たちが、この森を駆け回っている。
そして――耳元に伝わる、近距離からの鳴き声。
「どうぞ」
薪の上に、木の実を一粒置く。
森のリスがそれをくわえて、また茂みに戻っていった。
僕は、ただ、いつもと同じ生活を繰り返すだけだ。
平穏に、この森と同化するように。
このまま死ぬまで……なんて、思っていた。
――だが、その静寂は、突然終わりを迎えた。
森が大きく揺れる。
木々がざわめき、小鳥たちが一斉に飛び立つ。
奥の方から、たくさんの動物たちが逃げるように駆けてくる。
「……なんだ?」
視線を森の奥へと向ける。
そこに見えたのは、巨大な影。
魔獣だ。
しかも、かなりレベルが高い。
――妙だな。
この辺りに棲む魔獣は基本、中立。
こちらから手を出さない限り、襲ってくることはないはずだが……
「……誰かが、あいつに手を出したか」
全く、僕はただ静かに暮らしたいだけなのに。
どうしてこう、平穏は長続きしないのか。
そんなことを考えていた時だった。
「た、助けてくれーッ!!」
森の中に響き渡る、切実な叫び声。
魔獣の足元を見ると、そこに一人の男がいた。
必死に逃げ惑いながら、こちらへと手を振っている。
「そこの人! 助けてくれぇ!!」
……面倒だ。
なんでこんなことに巻き込まれなければならないんだ。
僕がそう思っていると、魔獣が男に向かって爪を振り上げた。
「……仕方ない」
一歩、草を踏みしめる。
空気が震える。
僕の中で、“何か”が動き出す。
――解析開始。
(種別:魔獣クラスB/属性:土/防御構造:外骨格強化/弱点:喉奥)
(対応完了――超越開始)
次の瞬間、僕の身体は地を蹴っていた。
「へっ?」
男が呆然とした目でこちらを見るのが見えた。
魔獣の腕が振り下ろされるよりも速く――
僕の足が、その顎に叩き込まれていた。
轟音。
魔獣の巨体が吹き飛び、木々をなぎ倒しながら転がっていく。
……静寂が戻る。
「……た、助かったぁぁぁぁあああ!!」
男が汗まみれでこちらに駆け寄ってくる。
「お、お前すげぇな! いやほんと、命の恩人だ! ありがとな!」
僕はため息をついた。
「うるさい。帰れ」
「いやいやいや! ちょっと待てって! お前、名前は!? どこのギルド所属だ!?」
「関係ないだろ。早く帰れ」
「いやいや関係あるだろ!? 命の恩人がすげー奴だったら、そりゃ気になるだろ!? あんた、冒険者だよな? それとも隠居した元英雄とか?」
「……ただの一般人だ」
「うっそだろ!? あの魔獣を一発でぶっ飛ばしておいて、一般人!?」
……しつこい。とても、しつこい。
「喋るな、鬱陶しい」
「いやでもさ! 一緒に組もうぜ! 俺さ、今パーティいないんだよ! 実力は保証する! レベル5の剣士、オーディンってんだ!」
「断る」
「そこをなんとか!」
僕は、ため息を一つ、深く吐いた。
「……勝手にしろ。ただし、足は引っ張るな」
「よっしゃああああ!!」
空に向かって叫ぶオーディン。
僕は頭を抱えながら思う。
……また面倒なことになりそうだ、と。
――平穏を望んでいた僕の静かな日々は、
この出会いをきっかけに、音を立てて崩れていった。