食パン・ミーツ・食パン
日曜の昼下がり。風が気持ちよく吹き抜ける公園のベンチに、一斤の食パンが座っていた。端からみれば、ベンチの上に食パンがそのままぽんと置いてある、奇妙な光景である。
しかしそれは、誰かの置き忘れでも、前衛芸術のパフォーマンスでもない。
朝倉トースト、休日の散歩中である。彼はゆったりと大きく伸びをして、リラックスした様子だ。
この公園には、ハトがほぼ居ない。食パンにとってのハトとは、湿気と並ぶ生涯の天敵である。奴らはパンと見るや襲い掛かり、食い殺そうとしてくるのだ。トーストにとって、ハトの居ない安心して通える公園は、貴重だった。
「うーん、天気がいいな……発酵が進んじゃいそうだ……」
そんな独り言を呟いていた時だった。植え込みの陰から、食パンに似た物体が飛び出してきた。
「わっ」
トーストの前を横切ったのは、パンではなく、犬。ぷりぷりのおしりが食パンそっくりなウェルシュ・コーギー。首輪はしているが、リードはなし。ぴょこぴょこ走り回って、明らかに誰かを探している様子だ。
「……ノーリード散歩か?全く……」
犬の尻を眺めながら小声でつぶやいたトーストだったが、状況を理解するのに時間はかからなかった。周囲を見廻しても、飼い主らしい人の姿が見えない。
「こりゃ、迷子犬か……!」
すぐさま、コーギーのもとにふよふよと近づいていくが、近づきすぎてはいけない。一定の距離を保ちつつ、とりあえず犬に語りかける。
「大丈夫、お〜よしよし。グッボイグッボイ……」
犬は「わん」と一声。トーストのまわりをぐるぐると駆け回ったあと、その場に座った。
「おお……人懐っこい。いや、パン懐っこい? いや、意味分かんないな……」
迷子犬なら早急に保護して、交番にでも連れて行くべきだろう。しかし、自分はパンである。迂闊に動物に近づくと、齧られかねない。つまり、死のリスクがあるのだ。
いやいや。いやいやいやいや。流石に命は賭けられない。この犬は大人しく良い子っぽいが、生き物をナメちゃあいけない。
かといって、迷子犬をこのまま見捨てるのもどうかと思う。トーストとて、動物は好きなのだ。ただ、恐ろしくて直接は近付けないだけで。動物好きの人間だって、ライオンと檻の中で直接触れ合いたい者はそう居まい。
とにかく、このままでは犬もパンも困る。近くの通行人に助けを求めようとした時。
「……トーストくん?どうしたの、そのワンちゃん」
ふいに聞き慣れた声。振り返ると、日傘を差した朝霧ほのかが、きょとんとした顔で立っていた。
「ほのか……!この子、迷子っぽいんだ」
パンの身では動物に近付くのも命懸け、代わりに保護して、交番へ連れて行って欲しいとトーストは伝えた。
「そりゃ大変だね……。分かった、連れてくよ」
可愛らしいワンピースに犬毛が付着するのも厭わず、ほのかはコーギーを小脇に抱える。このコーギーにしっぽは無いが、代わりにパン型のお尻が嬉しそうにピクピク動いた。
「サンキュな、ほのか。助かった。ところで、やっぱりこの犬の尻……パンだよな?」
「うん、食パンだね」
「だよなぁ」
ほのかに抱えられた犬の尻を、(俺もあんな感じかぁ)と思いながら、トーストは眺めていた。
こうして、パンと女子高生とパン型おしりの犬は、休日の午後にひっそりと奇跡の出会いを果たしたのだった。
保護された迷子のコーギーは、無事に飼い主のもとへ戻った。そして交番にはしばらく「パンがパンを保護した」という伝説が残ったという。




