仁義なき戦い!食パンVSチンピラVSハト
部活帰りのほのかは制服姿のまま、スポーツ用品を買いに来ていた。
「部活の帰りって、結構遅くなっちゃうなぁ……」
日は既に暮れかけ、風はやけに冷たく、空は紫色に染まっていた。
「……ちょっと道、間違えたかな」
いつもは通らない裏通り。人通りは少なく、どこか空気がざらついていた。それでも、特に深く考えずに角を曲がった、そのときだった。
「おっ、制服女子じゃん。ひとりかよ?」
「なぁなぁ、ちょっと話さない?かわいいじゃん、ねぇってば〜」
背後から、聞きたくない声。見知らぬ男たち。二人、いや、三人。明らかに善良ではない人間の醸し出す空気が、ひりつくように広がる。
(……まずい)
一歩、後ずさる。でも、男たちは一歩前に出てきた。
「怖がんなくていいって〜。ね?遊ぼ?な?」
「制服ってことは……高校生? へえ〜……かわいいねえ」
乾いた笑い声。逃げなきゃ、でも動けない。喉がからからに乾いて、言葉も出てこない。
(助けて……)
その瞬間。ふわり、と香ばしい風が吹いた。そして。
「その辺にしとけよ」
静かで、でも鋭く響く声。男たちが一斉に振り向く。そこにいたのは、完璧なフォルムをした一斤の食パンだった。
「……なにこれ。パン?」
「しゃべった……?」
チンピラたちが戸惑う中、トーストくんは一歩、静かに前へ出る。
「彼女は俺の大事な人だ。これ以上近づいたら──鳩の餌食だぜ」
意味の分からない警告に、男たちは顔を見合わせて笑った。
「は?なに言って──」
そのときだった。トーストくんを発信源とし、多量のパン粉が、ふわっと宙に舞った。
「……あ?」
男たちが目を細めた次の瞬間──
バサバサバサッッ!!!!
空が、覆われた。
「うおっ!?な、なんだこいつら!!」
「ハ、ハト!?ハトの大群!?なんで!?なんでえええ!!」
商店街の上空から突如舞い降りたのは、パン粉の匂いを嗅ぎつけた数十羽のハトたち。羽ばたき、突撃、ついばみ、羽音の嵐!
パニックになったチンピラたちは、鳩に顔や肩をつつかれ、叫びながら逃げまどいはじめた。
「ぎゃああ!服がああ!やめろ!痛っ!痛ぇ!!」
「うわあああっ!俺、鳥ダメなんだってえええ!!」
「かゆい!目がかゆい!」
一人は小麦粉がアレルゲンだったようだ。チンピラは一人、また一人と──ハトの群れに追われて路地の奥へと消えていく。そして、ハトたちは──
「……あれ?ちょっと待って、やばくない?」
パン粉の発信源、つまり──
「……トーストくん!?逃げてえええええ!!」
バサッッ!!!
ハトの群れが方向を変え、まっすぐ朝倉トーストくんへと襲いかかる!
「……しまっ──ぉおおおおおっ!!!?」
がばっ!!
ほのかがトーストくんをひょいっと抱き上げて、全力疾走!
「うわっ、は、はやっ……ほのかお前、走るの、最初会ったときも速かったな!」
「それに関しては忘れて!いいから鳩!!」
バサバサと羽音が追いかけてくる。
ほのかは必死に角を曲がり、路地を駆け抜け、コンビニの自動ドアに駆け込んだ。
「……はぁっ、はぁっ、も、もう大丈夫……」
二人とも、ぜえぜえと肩で息をする。鳩の群れはパン粉の残り香に引かれて、どこかへ飛び去っていった。
トーストくんの、少しだけ焦げた表面をなでていると、彼はぽつりと言った。
「……パン粉、撒きすぎたかも」
「もー……!ほんとに、もうっ……!」
ほのかは彼をぎゅっと抱きしめる。
「でも……ありがとう、助けてくれて。すっごく、かっこよかったよ」
「……そっちこそ。俺を……守ってくれて、ありがとな」
二人の距離が、そっと近づく。少し焼けすぎた香ばしさと、あたたかなぬくもりが、ふたりを包んでいた。
その場に居合わせたコンビニの店員と利用客は、食パンを抱きしめながら意味不明な事を呟く女子高生に、密かに震え上がっていた。