凪払う舞台風 其の二十六
さてさて、おはようございますってな。
現実世界では夜なのにこちらだと昼に近いってのはなかなかに身体に悪影響とか出そうなもんだがそういった情報が出ていないということなら問題ないだろう。
にしても、ログインして向こう側の感覚がシャットアウトされているとはいえあのカフェイン飲料の熱は未だに俺の身体を駆け巡っている。うーん、身体のキレが段違いだ…。やっぱり噂は本物だったのか、とはいえこういった代物は使い続けるとろくなことにならんだろうし今回限りにしておこう。
見ない、聞かない、関わらない..........意外とこの原則は身を守ってくれるんだよなあ。でもやっぱり俺は首を突っ込んで酷い目に合うんだろうけど…。
少しして俺が起きたことに気がついたアナボスが、ハスターと戦うのでしたらこれに限ると黄金色に輝ける蜂蜜酒をどこからか取り出してきてこちらに進めてきた。
あ、ちなみにアナボスに宿代が高いことを相談していたらまさかの酒場に止まらせてくれることになり少々驚いた。いやはや、相談とはしてみるものである。
流石にスコル姉さんのとこに比べたら快適ではないですが…。と言ってはいたがそこらの安宿に比べたらはるかに快適だったしアイテムを盗まれる心配がないからその点も評価すべきだろう。
あと掃除屋作の”謎肉ジャーキー”は結構好評でスコルもこれなら満足するだろうとお墨付きを頂いた。まあ、アナボスがスモークチップを用意して魔術の火でジャーキーの燻製を作り上げていた光景はなかなかにシュールなものだったが。
「ハスターに挑むならこれを飲んどきませんか?まあ、これ自体に凄い効果とかあるわけではないのですが願掛けにはなるでしょうし。」
「おっ、そいつはいいね。願掛けは俺結構気にするタイプだからな、嬉しいよ。ちなみにどんないわれがあるんだ?」
「この蜂蜜酒はですね、生前のロバート博士がよく記念日、あるいは挑戦を行うときに皆と分け合って飲んでいたそうですよ?ですので命日にしてあげるのなら丁度いいでしょう。」
ほーん、そういった経緯の品物だったのか。確かに願掛けかと問われると俺自身若干不安が残るがそういったものもありだろう。俺たちは黄金色の蜂蜜酒が注がれた小さなグラスを手に乾杯をして一気に飲み干した。
実際のものを飲んだことがないが、普通さっぱりしていてほのかに蜂蜜の風味が感じられるものと知識としては知っていた。何ならビールに近いものも少なくないらしい。けれど、この時飲んだものは想像していたものよりずっと甘く、されどくどいわけでなく非常に美味しかった。
・黄金の蜂蜜酒
太陽のような暖かな光を溶かしたかのようなミード、普通のものとは違く非常に甘く度数も高い。
もはや、過去にあった栄光は酩酊に溶けて忘れ去られてしまいました。
俺たちは以前説明会を行った「長旅の泥」という路地裏の店に再び集まっていた。各々まだやってきていないメンツを待ちながら適当に頼んだ料理や飲み物で暇を潰していたので、俺はアナボスから購入したお酒を「長旅の泥」の店主に以前大騒ぎした際の迷惑料として渡しながら既に集まっていた輪に混ざった。
そうして、まだ来ていなかったメンツもやってきたので俺たちは再びルティカの鎧巨人に運ばれながら頂上を目指して移動している。
俺は新しく獲得したジョブの運用調整というかウォーミングアップのために外の迎撃班の元にいるのだが…。
「そういえば、この雪山一定周期じゃないと迷い込むとかいう特性があるとか言ってなかったか?」
「えっと、私もそれは気になったのでルティカさんに問い合わせてたんですけどその性質はロバートが張っている結界による副作用的なものらしいので今回は特別に調節して無効化してくれる手はずになっていると言っていました。」
「へー、なるほど。にしても以前先輩たちが死に体になったのも納得な苦行だなこれ。」
「そうですね…。ほとんどクオン君のお姉さんが対処してくれているとはいえその僅かに残った残党でこれですから。」
いやまあ、いかにクレイハートさんと俺がハスター戦のためにレベル上げを自粛して合計ステータスがしょぼいとはいえスキルはルティカにGOサイン出されているし戦闘はもう慣れているがここまで何もできないというか、姉さんが暴れすぎなんだよなあ。
「にしても、相変わらずの弓の腕前だ。ジョブ昇格の時は本当にありがとうな。クレイさんがいなかったらもっと苦戦してただろうし…。」
いやもうほんと遠距離攻撃手段が乏しい俺にとっては最高の手助けだったのだ。今度ちゃんとお礼しないとな。俺がそんな風に万感の意を込めて改めてお礼を言うとクレイさんの弓を引く手が一瞬止まったかと思うと、なんか挙動不審気味に連射を再開した。
「..........お、おほめに預かり恐悦至極でございます!」
「えーと、そんなにかしこまらなくてもいいんだけど…。」
うーん、俺そんな変なこと言ったかなあ?あの時もそうだったけど…。
そんなこんなでこの山脈の頂上であるあの真っ黒で不気味な湖があるエリアに到着した。そして、既に姿を現していたロバート氏がのんびりとしていた。
しかしながら以前の安穏とした空気はすでになく、黒い湖だけでなくところどころがひび割れそのひび割れからモザイクのような、バグじみた色とりどりのエフェクトが時節零れている。
「さて、この景色を見るのは久々だ。」
苦々しげにルティカがこうこぼした。にしても、こんなにも無茶苦茶な景色を見ることになるとは…。
「いらっしゃい、よく来たね。約束を守ってくれるのは嬉しい限りだ。」
こちらへと歩いてくるロバート氏の魂も周りの景色と同様に罅割れていた。
「いやはや、門を開く準備をするだけで毎回こうなるのはつらいものがあるね。」
「済まないな、負担をかけさせてしまって。」
「気にすることじゃないさ、何せ頼んでいるのは私の方なのだからね。さて、皆がそろっているようだし門を開くとしようか。」
そうして、ロバート氏は湖の方へ歩いていき何か呪文のような、しかしこの世のものではない言語で何かをぼそぼそと呟き始めた。その呪文が一節ごと呟かれるたびに湖のひび割れはどんどんひどくなっていきその際の耳障りな、金属音のような悲鳴のようないかようにも取れる音は聞くに堪えず俺たちは反射的に耳をふさぐ。
そして、致命的なバリン!!という音が鳴り響くと湖の表面は砕け散り渦を巻くように空間が歪んでおりその中心に真っ黒な穴が開いていた。恐らくだがあれが入口だろう。
そして、認識できているのは恐らく俺だけだろうがその入口に当たるのは以前ロバートのいたずらとして演出してくれた際に見えた棺らしきものが中心になっている。以前はスキルを使ってみたわけではないから感じ取れなかったであろう強烈な飢餓に苦しむ者の呪詛をあの棺から感じられた。見ているこちらが気持ち悪くなってくるほどの怨嗟である。
「さて、長々とここにとどまる必要もないだろう。みんな最後に装備などの確認をしたら突入しよう。」
俺たちは最後の準備を終わらせて今回の主催者の号令を静かに待つ。
「ふぅー、よし。これよりハスターの討伐クエストを開始する!絶対勝つぞ!」
「「「おお!!!」」」
みんなの威勢の良い掛け声と同時に表示された『これより、ハスターの領域に侵入します。戦闘が終了するまで途中でログアウトすることが出来なくなります。よろしいですか? Yes/No』というUIにYesをったきつけて俺たちは続々と入口に飛び込んでいき、最後にルティカが飛び込んでいった。
目の前で久遠が連れてきてくれた人たちの最後の一人が飛び込んで闇にのまれた。そして俺の順番が回ってきたが俺は飛び込む前に振り返った。まだ、少しだけやることがあったからだ。少々遅れることになって申し訳なく思うがしておかないと後悔する気がしたからだ。
「ロバート。」
「何だい、ルティカ。早くいかなくていいのか?」
目の前で、先ほどよりひび割れ色味が薄れた存在がかすれた声で俺に早くいかないのかと、不思議そうに声をかけてくれる。
俺は改めて対面すると元々用意していた言葉が思い出せなくなってしまった。
あまりに痛々しくそして同時にくたびれた姿は俺自身の昔を思い起こすのに十分だったからだ。一人で挑んでいた時に色々言葉を交わしてきて親しい関係になれたのは家族同然の彼ら以外には初めてだった。
それ故に、そんな初めてできた友人を今から双び殺しに行くというのはなんとも言い難い感覚で、ここまで準備してきて何をいまさらと言われるかもしれないが後悔すら感じられる。
だが、これ以上友のお願いを叶えてられずにいるのが歯がゆく思う。だから、勇気を持って宣言しよう。
「今日がロバート、お前の命日にしてやる。これでも味わって待っているといい、さようならだ。」
俺はクオンが先ほどそっと譲ってくれたロバートの髪色のように金色に輝く蜂蜜酒をロバートに投げ渡した。これ以上言葉を交わしていると決意が揺らぎそうになるし、先に行ってくれたみんなに迷惑をかけてしまいかねないので俺は受け取ってくれたロバートの反応を見ずにハスターの元へと飛び込んでいった。
「ああ、さようならだ。期待しているよ、私の友達。」




