このゲームにおける完璧な自給自足
どうやら、今日は実に心臓が悪い日のようだ。
先ほどまで香っていた辺りを清潔に保つ香の匂いはむせ返りそうな先生の血の匂いで塗りつぶされていた。
結構衝撃的な光景を目の当たりにしたのだが、既に今日一日死にかけたり虚無感に包まれたり散々なことばかりに見舞われたことで心が摩耗したのかどこか現実感のない面持ちで俺はなんともフラットなメンタルでいられた。だからすぐ、いつものように先生に説明を求めることができた。
「先生、なんで突然腕をきりとばしたんだ?ビックリするじゃないか。」
「なにと言われても安全が完全に確保されている食料調達法をしているだけなのだが…。」
当たり前のことをどうして聞くのか、そういわんばかりに肘から先のない左腕から滝のように血をこぼしながら先生は首をかしげていた。次の瞬間、ずるりと左腕の断面から新しい腕が這い出してきた。
なんとなく察してはいたのだがこのゲーム相当倫理観とかポイ捨てしている。まさか、安全に食料を確保したいなら自分の一部を食べればいいとかこの仕様を思いついた奴はいかれてる。
いやね、何かのアイテムだかスキルだかわからないけれど肉体が再生するなら自給自足できるじゃんとか…。効率性以外何もかも捨てていることをのぞいたら確かに有効な手だが....…先生ちょっと待ってください。その食べ物が苦手なのか、なら代わりを用意しようという軽いテンションで内臓を引きずりだそうとしないでください怖いですから。
「あのだな、先生....…やるなら俺の腕をチョンパした方が明らかに量も多いから自分の腕を切るのはやめて。なんか精神衛生上よろしくないから。」
「そう? でも量をそろえるというのも確かにお前の提案の方が理にかなっているように思えるが少し的外れ…。お前はまだまだひよっこで再生能力が備わってすらいないのだから無意味…。まあ、今度は気を付ける…。」
「そうしてくださいよ、ホントに。」
「でも、今は既に二本ほど切ってしまっている…。もったいないから食べよう…。それと、これ本当に便利…。お前もいつかできるようになっておくと得…。」
そんなことを言いながら両手でテキパキと先生が先生の左腕を解体していく。ちなみに腕を選んだ理由はかば焼きにするのが簡単でかつ治るのが早い箇所だかららしい。うーん、先生と長く一緒にいると倫理観がなくなっていきそうだ。あと先生が先生を食べるのは別にいいとして俺が見た目幼女の細腕を喰らうとかいう、半裸でいるよりも絵面のというより字面が終わっている状況になるのがなんともしがたい。
しばらくして、丁寧な下処理の後、串に通された人肉は焚火の上で香ばしい匂いを上げている。何なら先生がバックパックから取り出した塩や胡椒、なんかよくわからないハーブ諸々で味付けをなされているので匂いからは全く臭みとかは感じられない。
先生が焼けた…。といって湯気を上げている最初に切り落とした腕の方の串焼きを渡してきた。見た目は既に人の一部であった名残などどこにもなくシンプルな串焼き肉となっており何も知らない人からしたらただ単純においしそうに見えてしまうだろう。
ちなみに、人肉を食べるのをためらう理由は俺の中には既にゾンビの腐肉を食べた際に捨ててあるのでそこなへんは問題ないのである。なので俺は観念して串焼きを口に運んだ。
「むぐむぐ、これが人肉バーベキュー(真)かぁ…。そういえば俺この世界に来てから碌なもん食ってねぇや。あと先生、しれっと人が食べている横で追加のお肉を作らないでください血がこっちにまで来ていまだ焼いている途中のが台無しになっちゃうぞ。あむっ。もぐっ。んぐんぐ。」
なんかもう、注意したけどあまりにナチュラルにするもんだからだんだん俺の方がおかしいのかと思ってしまう。いやにしても人肉であることさえ気にしなければこれ意外とうまいぞ。そこらのやっすい鶏肉なんぞよりはちゃんとしてる。でもこれの元は先生の腕なんだよなぁ。
あっ、先生もう食べ終わって追加作ってる。自分の腕もうあの人あの後追加で8本ぐらい切って焼いている途中だし。なんなら待ちきれなくて生焼けのを二本喰ってらあ。早食いスキルでもあるんだろうか。
やっぱりうまいなこれ、再生スキル習得出来たらやってみようかな。いやぁ、でもそこまでしちゃうとなんかもう倫理観取り戻せなくなりそうで…。うーん。
そんな風にまっとうな感性を持つ人なら発狂しそうなご飯タイムを終えて俺たちは今度こそ寄り道をせずにブラン側の出口へと向かっていった。
そういえば飯で思いだしたが今何時かとステータス欄で確認してみるともう夕方の七時になってしまっていた。
「こりゃいかん、ブランに着いたら速攻でログアウトしないと妹を待たせてしまう!」
そんな言葉がこぼれたが先生曰く先はまだ長いそうで俺は今日の夕飯がレトルトになりそうだと心の中で妹に謝った。




