出づる牛魔、短剣に沈む
包丁を手にした俺、目指すは牛の化け物。おっさんが言ってたけど魔物ってホントにいたんだな……てっきり本とかの中にしかいないかと。じゃあなんでゴブリンとか探そうとしたんだよって話になるんだけどさ。
そんなことを思いながら背負っていたリュックを置き、先程まで牛の化け物がいた場所へ向かう。
「おおっと、ちょい待ちちょ待ち……普通に考えりゃ、木造建築壊すようなバケモンとマトモにやり合っても包丁があるとはいえ詰みじゃねえか?」
どうしようか、どっかから回り込む? いやいやいや、アイツの近くの建物は大体ボロボロだろうしな。
初撃は絶対に気付かれずに行きたい。ただ、案が思い付かない。おっさんはどうなっているんだろうかも気になる。なんとか視認だけでもしておきたい。
………………
…………
……
「グハハハハ、まァガキに逃げられちまったのはしょうがねえ。食料でも奪って出ていくか」
「ぐっ、ちくしょう……こんな魔物に……!」
「ウルセェな、人間の方が地位が低いに決まってんだろ」
「魔物のヘイトスピーチ……!」
見つけた、少し遠くからでも聞こえるレベルで声もデカイ。おかげでバレずに視認できているが。町の三分の一近くを荒らし回って更には食料も奪ってからタダで出ていくなんて町の人たちからしたらたまったもんじゃねえわ。しかしどうする……
考え込み、たまたま地面に目線が向く。
「…………あ、いいこと思い付いた!」
石の床がキレイに剥がれているのを見かねて保険レベルだがちょっとした策を思い付いたので、剥がれた石の板を手にする。後は縄や硬い紐とかがあれば……
と、そこら辺の建物の中にも入ると、何とか硬そうな紐を見つけることができた。
「窃盗になっちまうけど、今は非常事態だから許してくれよっ……と」
そうして手に入れた紐を、石の板にしっかりと巻き付ける。
俺が思い付いた物、それは。
「よし! 即興盾!!」
簡易的な盾。石の板と紐で簡単に作れるような物。コイツで受け止めたところで下手したら普通に死ぬだろうが……持っておいて損は無い。
「精神的余裕もできるからな、何があるか分からんし」
まあ肝心の「どうやって気付かれずに攻撃するか」ってのはまともに思い付かなかったけど……もうシンプルにゆっくり後ろから近付くしかなくね?
然らば、思い切ってそれで行こう。盾もあるし、何かあろうが安心安心。
そう緊張をほぐし、牛の化け物のもとへ向かう。
「〜〜〜〜〜!」
(何か喋ってんな。ならバレることは無いだろ! そ〜っと近付いて……)
息を殺して上手く牛の化け物の背後に辿り着き、手に持っている包丁で脚を狙う。
───斬り捨て御免ッ!!
「ギャアアアアア!!」
肉を斬る音がした直後、化け物の悲鳴が町中に響き渡った。
「おっさんただいま! ローンは大丈夫か?」
「なっ、おまっ、戻ってきたのか!」
逃げるなんて勿体ない、折角の冒険デビューエネミー戦だぜ? ……にしては強すぎるけど。
「グゥゥ……ガキめ! 戻ってきたのか!」
逃げるなんて……いや二度は言わんぞ。
「魔物である俺様がこの程度でくたばると思うなァ!!」
「どぉぉわぁぁあ!!」
殴打は上手く躱したものの、ブチ切れた故に威力がハンパないことになり、まだ残っていたはずのおっさんの家の床がめちゃくちゃに破壊されてしまった。
「あ! おっさんごめん!」
「そんな!! 床は大丈夫だと思ったのに!! 俺の希望がああああ」
「けどやべ〜、結構深く斬ったはずなんだけどな」
そこはやはり化け物。人間離れした生命力を持っているんだろう。
今度は逃がさんぞ、と怒声を上げながら牛の化け物が接近する。
「飛び道具も持ってねえし、どうやってもう一度ダメージを与えようか……」
また逃げても今度は本気で追いかけてくるだろうし、捨て身で行くしかないか。
そうこうしている内に至近距離まで接近され、牛の化け物の拳が飛んで来る。
(よし、ここで俺の盾を使って上手く受け流す……! さあ来い!!)
「グガアアア!」
「ふんっ!」
受け止め……!
俺は本能でも理性でも理解した。
あ、これはマズい。思ったよりずっと重くて受け流せねェな……アレ、全然左腕が動かない。
コイツは……終わった!!
鈍い音と共に、俺はバランスを崩して地面へ倒れた。
「ぎゃあああああっ!! 痛い!折れたか!? 左腕!ヤバい音した!! ぐああああっ!」
運が良かったのか、途中でバランスを崩したお陰で腕は折れていなかった。だがそんなことを気にする暇も無く、次の拳が飛んでくる。
「何か企んでたようだが、不発に終わっちまったな!ここでくたばれェ!!」
「初手で死んでたまるかァっ!!」
そう苦し紛れに右手に構えていた包丁を牛の化け物に向かって投げた。
勝利の女神が微笑んだのだろうか。
上手く眼にクリーンヒットし、牛の化け物の攻撃を止めることができた。
「……っしゃあ!」
「グオオオオ!! ……どこまでもしぶといヤツだ!」
「それはお前もだろデカブツ野郎!」
気合いを入れて立ち上がり、今度は牛の化け物へと俺から接近する。
「グハハハハ、バカめ! 包丁は俺に刺さったままだ! まさかそんな平べったい石でやろうってのか!」
「ハッ、どうやら知能は人間以下らしいな」
「アァ!? もう一度言ってみやがれ、今度はお前の視界がトんで白くなってるだろうがな!」
バーカ!! まさか本当に包丁一本だけ持ってきたと思ったのか!? 魔物にしてはよく喋るとは思っていたが、全くの単純生物じゃんか!!
「残念だが、その前にお前の視界は赤く染まってると思うぜ!!」
「ボケやがっ……ギッ!?」
セリフを言い終わる頃には、既に包丁が牛の化け物の腹部に突き刺さっていた。
「テメッ、ちょっと待っ!」
「くたば……れェェェッ!!」
突き刺した包丁で牛の化け物をそのまま背まで切り裂くと同時に、包丁の刃が折れた。
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