プロローグ:日常からの逸脱、物語の始まり
とある大陸のとある国、そのとある街。一人の少年が家でくつろいでいた。手を汚さないように箸を使ってお菓子を食べながら、書物を読んでいる。
「すげー……」
読んでいるのは英雄譚。勇気を持ちし者が悪しき者を打ち倒す、それを美化させたよくある書物だ。
少年はこういった物が大好きで、それをいくつも所持している知り合いにゴネてよく借りている。
「あー……俺もいつかこういう冒険してえな」
現実に英雄譚などの物語のようなファンタジックな存在が無い訳ではないが、そんな夢を叶えるのは難しい。現状に少年は不満を抱いていた。
代り映えのない日常がどれほど大切であることかというのは、ただの子供が理解するのは難しい。この時期は、アレやりたい、コレやりたい、など様々なものに好奇心を向けるのが普通なのだから。それ故に今、少年の好奇心は英雄譚へと向いている。
「あ、読み終わっちゃった。またアイツん家から借りなきゃな……でも次巻ってまだ発売されてないんだっけな」
借りた書物は全て読み終えてしまったので、今後の予定をブツブツとつぶやく。
『続いてのニュースです。ジミー・インヘルト博士がとある液体から新しく──』
「あ、やっべ電気代かかっちまう」
書物に没頭しすぎてテレビの電源を点けたままにしていたことを忘れていた少年はリモコンに手を伸ばす。と、同時に遠くでドアの開く音がした。
誰が家のドアを開けたか。
「あ、親父おかえり」
ドアを開けたのは何の変哲もない、ただの一般的な少年の父親だった。少年はトテトテと父親の元へ向かう。
「なんか買ってきた?」
いつものように仕事帰りに飲み物やらお菓子やら買ってきてくれたのかと少年は思った。
だが、今日は何やら雰囲気が違う。
「すまん」
「……へ? なんでそんな神妙なツラしてんの」
直後、誰も予想することなどできないであろう発言が、父親の口から飛び出る。
「今から数年間は帰ってこれんわ! これからは俺が呼んだヤツと暮らしてくれ!! 本当にすまん!!」
「はっ、へっ、は??」
それは突然であり、強制であり、父親失格発言であった。
………………
…………
……
「う~ん……ハッ!? 夢オチか!?」
「起きたな?」
少し前に突然の無茶ぶりを強いられた少年は流石にアレは夢だよなと思って安堵したが、目の前にいる知らんオッサンから衝撃の事実を知らされることになる。
「オメェの親父から全部聞いたぞ、今日からオメェの家はここだ」
「ん??」
まだ夢の中なのかと思い、頬をつねる。ちゃんと痛い。
少し思考を整理したのち、オッサンに質問をする。
「……ここどこ?」
返ってきた答えは、ただ一つ。
「オメェの新しい家だよ」
これまであった出来事を並べると、体感時間では数分前に父親からの夜逃げ宣言、数秒前にその夢から醒め、現在新たな住居で知らんオッサンと会話している。
「……俺どのくらい寝てた?」
「半日くらいじゃねぇか? 寝てる間に連れてきたから細かい時間は知らん」
父親の宣言を事実とすると、つまり、つまりだ。
「親父から夜逃げ宣言された瞬間に寝落ちして、寝てる間に何故か新しい家に引っ越してて、今これ!?」
「だからそうだっつってんだろクソガキ。あ、因みに町の外にはぜってー出さんからな」
「ハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?」
……冒険は、二年後に。