第1話 残念!死亡しました!!
勇者の前世は、平均的なとまでは言えないが普通の高校生だった。父親は物心ついたときには存在せず、母に女手一つで育てられた。
不自由なことは沢山あったが母親とは仲も良く、本人としては幸せな生活を送っていた。ただ、母親は彼のために遅くまで仕事をしていたため、1人でいる時間も多い。
そんな中、彼が始めたのが母親の集めていたゲームの数々である。オンライン格闘ゲームから脱出アドベンチャーゲームまでジャンルは様々。その中でも1番遊んだのが、恋愛シュミレーションゲーム。母親の私物であり分かるかも知れないが、所謂乙女ゲームだ。
特殊な環境ではあったが母親の支えもあり、健康に育った彼。そんな彼が高校に入ったある日、
「お母さん、再婚しようと思うの」
母親が真剣な顔つきで宣言した。母親としては、突然のことで彼と不和が起こることも覚悟していた、
のだが、
「ああ。赤羽さんと?」
「え?ああ。うん。そ、そうだけど。……何で分かったの⁉」
何でもないように言う彼の言葉に母親は困惑。かなり覚悟していたのに、これは完全に予想外だった。その様子を見た彼は、あきれた目をして、
「分かるよ。あんなに何回も休日に会ってたら、それは分かるに決まってるじゃん」
「そ、そっか。分かってたか~。……えぇと。どう思う?」
母親は不安そうな目をして尋ねた。分かっていたとはいえ、賛成とは一言も言われていない。嫌がられる可能性だって充分に考えられる。
そんな不安を抱える母親に、彼は更にあきれた視線を送る。
「どうもこうもないよ。僕のことは気にせず、お母さんが好きなら結婚したらいいじゃん。僕が決めるものでも無いでしょ。……まあ、今まで話した感じからは悪い印象もなかったし、拒否する理由はないかな」
「う、うん。でも、家庭環境を悪くまでして結婚したいとは思わないから」
「気にしなくて良いのに。お母さんが幸せなら、僕はそれでいいよ」
お互い家族思いで、こんな風に譲り合うような会話をすることは多い。ただ、それが喧嘩に発展すると言うことはなかった。
そして、そんな譲り合いをした数日後。2人はもう1人の男性を加えて街にいた。
「お久しぶりです赤羽さん」
「ああ。うん。久しぶりだね。………そ、その。時間は掛かるかもしれないけど、君にお父さんって呼んで貰えるように頑張るよ。だから、君のお母さんを貰っても良いかな?」
「っ//」
赤羽の言葉に、母親が頬を薄く染める。それを息子の彼は生暖かい目で見ていた。息子の前でイチャイチャするなよと思わなくはないが、それよりも母親が幸せそうなことの方が大事。彼としても、今回のことは嬉しい出来事なのだ。
だから、今日も嬉しい日になるはず。
あんなことが起こるまでは、そう考えていた。
「キャアアアァァァァァ!!!?????」
3人で昼食をとり、カフェにでも向かおうかと話をしていたとき、近くから悲鳴が聞こえてきた。3人がそちらへ視線を向けると、そこにはナイフを振り回す男の姿が。しかも、運の悪いことにこちらへ走ってきている。
「おらぁ!邪魔だ邪魔だぁ!!邪魔する奴は死ねええぇぇぇ!!!」
そう言って男がナイフを振り下ろす先。そこにいるのは母親だった。それを認識したとき、すぐに彼の身体は動いていて、
「うっ!」
母親をかばうように立った彼の肩に、ナイフが深く入り込む。首にかなり近いところまで入り込んでおり、傷口から激しく血が噴き出した。
「ちっ!ガキが!邪魔しやがって!」
ナイフを持っていた男は舌打ちをしてナイフを手放す。それから、彼に1度蹴りを放って走り去っていった。彼の意識がもうろうとする中、母親と赤羽が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫かい⁉すぐに、すぐに救急車を呼ぶから!」
「死なないで!死なないでぇ!!」
慌ててスマホを取り出し、救急と警察を呼ぶ赤羽。そして、涙を浮かべてすがりつく母親。2人が心を乱している中、意識の薄れていく彼は一周まわって頭がスッキリしていた。
もう助からないことを悟っており、最後のために行動する。
「あ、赤羽さん」
「ちょっ⁉しゃ、喋らないで!傷が開いちゃう!」
「いいんです。ここまで深いと、もう無理でしょう。だから、お願いです赤羽さん、いや、お父さん。お母さんを幸せにしてあげて下さい」
「あ。………ああ。当たり前だよ。ごめんね。ごめんね。僕が庇えばこんなことには!」
赤羽は彼の手を握り、覚悟と懺悔の両方の宿った顔を見せる。本当は彼としても赤羽へもっと声をかけたかったが、もう時間に余裕はない。
すぐに次の相手へ顔を向けた。
「お母さん」
「死んじゃイヤ!死んじゃイヤ!」
「………お母さん。聞いて。僕はお母さんの笑った顔が好きだよ。ね?だから、せめて最後には、笑った顔を見せてよ」
「う、うぅ」
母親は、涙の溜まった赤い目を彼に向ける。そして、ぎこちない笑みを浮かべた。
彼もそれに合わせて笑みを浮かべ、最後の言葉を発する。
「弟と妹は、3人以上よろしく、ね…………」
「あぁ。待って!待ってぇぇぇ!!!!」
母親が大声を上げるが、もう彼の耳には入ってこない。周りの全てから遠のいていく。その先にあるのはただ、死のみだった。
そう。死のみのはずだったのだ。だが、運命とは時に残酷で、時に奇妙なものである。命を落としたはずの彼に、もう1度チャンスが訪れた。
「あ、あぅ~」
彼の意識は、もう1度覚醒する。彼のいた世界とは違う、別の世界の赤子として。