第17話 残念!勇者就任確定しました!!
「……ああぁぁぁ~」
得られるものが多かったとは言え、疲れるものは疲れる。指導が終わったラルフは、部屋でぐったりとしていた。そこへ。
コンコンコンッ。
「入って良いかな?」
「あっ。はい。どうぞ」
1人の少年が入ってくる。ラルフは許可を出した後、すぐさま跪いてその人物を出迎えた。
「アイゼル様。このようなところまでご足労頂きありがとうございます」
入ってきたのはアイゼル。公爵家の長男だ。ラルフにとっては上司の子供のような存在である。それに子供ではあるが貴族に名を連ねるものであり、身分も圧倒的アイゼルの方が高い。
「いやいや。このようなところって言っても屋敷の中だから。全く問題ないよ」
「それもそうですね。申し訳ございません。……それで、どういったご用でしょうか?」
ラルフは目的を尋ねる。幾らゲームでの性格が良いといっても、彼の家族は性格が悪いのは確か。その影響を全く受けていないなど考えられない。ラルフも少し警戒していた。
「ハハッ。そんなに警戒しなくても良いよ。僕はただお疲れっぽいラルフ君を労いに来ただけなんだから。僕としてもラルフ君とは仲良くしたいんだよ。父様は難しいけど、僕なら年齢的にも友人になれるだろうしね」
「友人、ですか?」
ラルフは疑わざるを得ない。本当に求めている関係は友人なのか、と。
(父様には出来ないっていってるから、友人になるのは家のためって言う考えが強い気がするんだよね。僕そんな下心のあるって分かってる中で友達とかなりたくないよ)
「まあ、友人は理想かな。そこまでいかなくても、ある程度は距離を詰めたいなって思ってるよ」
「そうですか。それはありがとうございます。アイゼル様にそのようにいって頂き、誠に光栄でございます」
「ハハッ。硬いなぁ。……今はそれでもいいかぁ。とりあえず、ほら。メイドに水を持ってこさせたよ」
アイゼルがそんな言葉と共に後ろを見ると、控えていた侍女が水の入ったコップをラルフに差し出してくる。
「ありがとうございます」
礼を述べ、ラルフは水に口をつけた。
(毒とか入ってないよね?大丈夫だよね?)
不安に思いながら水を飲む。それから、3分の1ほどを飲んでコップを置いた。流石に一気飲みは不安だったのだ。これが公爵家から正式に出されたものなら平気で飲めるのだが、アイゼルの単独という所に逆に不安を覚える。
「おや?それだけで良いのかい?」
「ええ。訓練後に頂いたばかりですので」
「ああ。そうだったのか。じゃあ、余計なお世話だったかな?」
「いえいえ。お気遣い頂けでも感謝で胸がいっぱいになります」
思ってもいないことを口にするラルフ。その後適当に言葉を交わしてアイゼルは去って行った。それからラルフは夕食を食べて寝て、また次の日も同じように過ごす。その生活が1週間ほど続いた。アイゼルは毎日のように来ている。本気でラルフとの距離を詰めようとしているらしい。
そんな風に過ごすある日のこと。当然安定は終わりを迎える。
「ラルフ君。君、正式に勇者に確定したから。今度就任式に行くよ」
「え?……あっ。はい。承知しました」
公爵から勇者に決まったと告げられた。突然のことでラルフは一瞬呆けたが、すぐに気持ちを切り替えて返事をする。
ラルフが訓練を受けている間、公爵は公爵で他の公爵達と話し合いをしていたのだ。それによってラルフが勇者へと就けることになったのである。少し時間を遡って会議の様子を見てみよう。
「やはり前回前々回と我が家は勇者を譲ってきたわけだし、今年こそは勇者を出させてもらおう」
「いやいや。我が家が勇者を出すぞ。長い年月を見てみれば、我が家の勇者輩出率は下から2番目。まだまだ勇者は我が家から出させてもらおう」
「何を言っているんだね。勇者は実力で考えるべきだ。最強の騎士団を持つ我が家が勇者を出すべきだろう」
集まっているのは4人の公爵。そのうち、3人の公爵がそれぞれ勇者を輩出しようと激しく主張をしていた。唯一傍観しているのはセーナ公爵。ラルフを勇者につけようと考えている公爵だ。
暫く他の3人は言い争っていたが、最期にセーナ公爵へ視線が向けられる。
「セーナ公爵はどう考えているのかね?」
「やはりそちらは今年も暗殺者か?その場合はどこが勇者を出すべきか指名してもらいたいのだが」
「そうだな。ここでセーナ公爵が指名した方が丸く収まりそうだ」
「ふむ。指名か……」
セーナ公爵は数秒沈黙。彼らが言うように普段はこの公爵家、暗殺者を出してきているのだ。名目上は短剣使いなどという存在だったりはするのだが、実状は暗殺者。定期的に魔王の首を刈ったりしている存在なのである。
では、それだけ強い暗殺者がいるなら勇者とかいらないのでは?と思うかもしれない。だが、残念ながら魔王を殺すことが出来るのは勇者だけなのだ。勇者以外も攻撃を行うことが出来るが、命を刈り取ることは不可能。首を刈り取ったとしてもすぐに再生されてしまう。ただ、一時的な弱体化をさせることは出来るが。
そうして定期的に魔王の首を刈って弱体をさせてくれる暗殺者。それを排出するセーナ公爵家は、独自の立位置にいると言える。ほぼ排出する存在が暗殺者と決まっている代わりに、どこの家が何かを出すかなどをある程度自由に決めることが出来るのだ。
そんな特殊な立場だからこそ、誰もセーナ公爵家が勇者を出そうとしているとは予測していない。




