目指すは冒険者ギルド
ルミナータを後にした僕たちは進路を東に取り、長閑な田舎道を歩いていた。僕の知識が正しければ、今いる場所はウルムウェイン大公国の東方面の辺境だ。風の生まれる地、という語源を持つ首都ゲネトスギルトは西にある。
「てめえら、どこに行く気なんだよ。」
「貴女の存在が想定外だったからさ、二つ目の道を取ることにしたの。」
「二つ目の道?ゲネトスギルトは?」
「うわー!だからなんで君は忘れて欲しくないことは忘れちゃうのさ!」
このやり取りを以前したことがある気がする。僕はそれだけ覚えていた。
「目的達成までの二つの道!一つは行き当たりばったりで小遣い稼ぎながら行こうっていうアレさ!」
「えっと、レプが旅に加わったから、そっちじゃなくてもう一個の案を採用ってことですね。」
「勝手にワタクシを加えてんじゃねえよ!?」
右腕に包帯を巻き、右足を少し引き摺って歩いているレプが怒鳴った。しかし、彼女の表情から察するに怒っているのではなく、ただ驚いているだけだ。
「ええい!ややこしくなるから今は入ってくるな!兎に角、アーネストの言う通り、もう一つの道を選ぶの。ずばり、王国の冒険者ギルドに行って仲間を増やしたり、仕事をこなしてある程度の財を成そうって道さ!」
「組合?」
それが何かは僕の知識にはなかった。つまり、記憶が失くなる以前から知らなかったようだ。
「まあテキトーにざっくり説明すると、戦争が終結して平和になって魔道で様々な技術が発展した結果、今まで行けなかった魔境って場所を探検できるようになったの。で、魔境攻略を主目的として出来た組織が、冒険者ギルドってわけさ。」
「おい!ざっくりし過ぎだろ薄着タコ!」
レプがまたしても意思とは裏腹に、プレシュさんに悪態をついてしまった。
「貴女、故障とか関係なく悪意で言ってるの?」
「故障だよ。なあレプ?」
レプは慌てた顔で必死に頷く。だけど正直、確かに僕もざっくりし過ぎだとは思った。
・・・・・
魔境とは、人類が国を築くはるか古代から禁忌の地とされてきた、現世と全く異なった極めて過酷な環境の世界である。昔は現世と地続きに在ると考えられてきたけれど、実際には特殊な出入口で繋がっている完全な別空間なのだそうだ。
現世のあちこちにあり、現在この大陸に確認されている魔境の数は二十を超えるとか。そしてそんな厳しい世界に住む、生物とは一線を画する存在を魔族と呼ぶ。
・・・・・
僕はこの話をどこで覚えたのだろうか。誰かに聞いたのか、自分で調べたのか。何故か、僕がこうなった事と何か関係があるような気がして、僕は考え込んだ。
「大公国の方は知らないが、王国の冒険者ギルドってのは色んな役割を担ってんだ。」
レプは人指し指を立てて、真面目な顔でギルドの説明をしてくれた。だが喋り方が乱暴で、表情とのギャップが可笑しくもあり可愛らしい。
「魔境に入った者の救助活動、依頼の仲介、魔境への遠征とかだな。あとは、各々のギルドが大抵一つか二つの魔境の出入り口を管理していたり、様々な情報を売買したり、冒険者育成の学校まで運営するギルドもあるくらいなんだぜ。何でも屋みてぇな便利屋みてぇな事やってる所もあんぞ。」
「そうなの!さすが王国出身のレプね!ギルドは大体そんな感じの事をやってる所さ。」
ルミナータを発つ前、プレシュさんはレプを修理できないかどうか診ていた。兵器人形の動力は主に魔術によって体外から供給され、動作を指示する魔術式というプログラムに従って行動している。
しかしレプの場合、魔術式がかなり複雑で何重にも張り巡らされている上に、動力を生成する魔術が無いため、プレシュさんは、
『彼女がどうやってどのように動いているのか、まるで謎なの。』
と言っていた。
右脚はレプが自分自身を破壊しようとした結果の故障なので、中の魔術式に問題は無く、外側を修理すると一応動かせるようにはなった。しかし僕が殴って壊した右腕の方は魔術式が一部損傷し、今は完全に機能していないそうだ……。
応急処置として、剥き出しになった機構部を保護する名目と、
『外見が可愛くないの!!』
という理由で、包帯を巻いて三角巾で固定している。
ルミナータで新しく服を貰い、赤い髪を綺麗に整え一束で結ぶと、右腕を骨折してしまっただけの良いところのお嬢様にしか見えなくなった。
「王国出身とか関係ねぇから。知らねぇ方がおかしいんだよ。」
ただし言葉遣いは山賊並みに荒っぽいけれど。
「冒険者ギルドは元々、王国で生まれた物だし規模も大きい。それに王国ならレプを治せる人間が居るはずなの。だから向かうべきは西の大公国でなく、東の王国というわけさ!」
「なるほど。」
「だから何でてめえらはワタクシを治そうっていう話をしてんだよ!?」
「君を助けるって言っただろ。」
彼女は何かを言おうとしたが口をつぐみ、僕とプレシュさんに向けて優しく微笑んだ。とりあえず、僕たちと共に旅をすることには賛成らしい。
「そうと決まれば早速、旧砦跡に行くの!」
「「いやなんでだよ。」」
・・・・・
深い森の奥に眠るこの遺跡を、その存在を知らない者が偶然見つけるという可能性はかなり低い。故に山賊はここを絶好の隠れ家として利用していた。
「到着さ~。」
「ハァハァ、プレシュさん本当に、何でまたこの場所に?」
レプの足では、道を外れて森の中の起伏を歩くのが難しく、旧砦跡まで僕が彼女を背負って行くことになった。
「疲れ果ててんじゃねぇか!だからワタクシがてめえで歩くつったろ!」
「心配しなくて良いよこのくらい。」
本当に人がいなくなった旧砦は、一回目に来た時より空虚な様相を呈しており、“廃墟”という感が全面に滲み出ていた。
中に入ると、山賊たちが屯していた空間の天井の一部が落ちて、大きなテーブルのようになっていた。レプを休ませるにはちょうど良さそうだったのでそこに座らせる。
足取りが軽くなった僕は窓辺に寄って、狭い窓越しに深緑の森を上から見渡してみた。
「西の大公国と東の王国、その国境に近いここを、私たちの拠点にしようと思うの。それにこういう隠れ家を持っていると、色々と都合が良いからさ。」
「山賊のアジトを丸々乗っ取るんですか!?」
「別に良いでしょ?大元の持ち主は奴らじゃないもの。」
しかしこの砦が建てられたのは数百年前だ。埃まみれだし、崩落してる所もある。拠点にするのに適しているとすれば立地くらいの物だ。
「こんなとこ、拠点になんてできねえだろ。」
「そうさその通りさ。なので、」プレシュさんは手を叩いて張り切った声で宣言した。
「今から大掃除大会を開催します!」
「はい!?」
プレシュさんの良く通る声のせいか、振動でどこかの壁が崩れ砂塵が滑り落ちる音が廃墟に響いた。ルミナータを発ってから少なくない時間が経ち、部屋の中を舞う埃も、傾きかけた日の光によって可視化されている。
「人間には環境を清潔で快適なものにするための知恵と技術があるのさ。」
「今にも陥落しそうな城、掃除でどうにかなるもんじゃねーだろ。」
「そこは文明の利器と、奇跡の発明の出番なの。」
「魔術か。」
かくして、プレシュさん発案、旧砦跡改装及び拠点運用を目的とした諸整備計画が始動した。役割分担は以下の通り、
・レプ……現場監督という名の傍観
・プレシュ……劣化、損壊部分の修復及び建物全体の補強
・アーネストラトス……屋内全域の清掃(山賊や野生動物が残したと思しき遺物並びに汚物、苔や黴、埃等の処理、その他雑務)
「ちょっと待った!僕の業務内容だけ尋常じゃない強度なんですけど。てか、全部プレシュさんの魔術で片付ければ済む話では?」
「あのさ、アーネスト君!君はまさか魔術を全能の力か何かだと勘違いしているんじゃないでしょうねえ!?」
あ、まずい、何かのスイッチを入れてしまった。
「魔術というのは、特定の条件下、決められた手順を正確に踏んで漸く限定的に超常現象を発現させる事ができる複雑で兎に角面倒臭いものなの!そう易々とポンポンポンポン使えるものじゃないの!わかった!?」
プレシュさんは話すと同時に動き始め、話し終わる時には僕の目と鼻の先にまで顔を近付けてきた。僕は窓際に追い詰められ、危うく落とされてしまうところだった。
「わかりましたよ。」
「じゃあさっそくで悪いけど、よろしく頼むの!」
最初からここを拠点にする積もりだったのか、それとも思い付きか。プレシュさんはどこまで考えているのだろう。記憶が失くなる前、僕はどんな場所に住んでいたのだろう。いや、何にせよ、今は目の前の事をやるだけだな。
それにしても掃除って……。めんどくさいなぁ。