初めましておチビちゃん
「ふぅ、美味しい」
紅茶を飲んで一息つく。
研究所医療部隊隊長、麗しのドクターアルベルトとはアタシのこと。
たとえ男しかいない僻地の研究所であっても、常に美しさを保つことを忘れないレディー、それがアタシ。
今日は患者がいないので一人でカルテの整理をしていた。
整理を終えて紅茶を楽しんでいると廊下の方が騒がしいのに気付いた。
急患かと思い腰を上げた瞬間、入口のドアが吹き飛んだ。
「アルベルト!」
「ジンテメェ何してくれてんだゴラァ!」
「コイツを診てくれ!」
「あ゛ん?」
思わぬ事態に素がでてしまい、ドアが吹き飛んだ原因に殴りかろうとすると、必死の形相のジンの腕の中ぐったりとしている小さな子供に気づいた。
「ベッドに寝かせろ!」
◇◇◇
「ふぅ…」
重体かと思ったけれど、ひとまずは大丈夫そう。
ちょっとばかり痩せすぎていることを除けばだけど。
「アルベルトどうなんだ!?」
「うるさいわね、声を落としなさい」
「す、すまん。それよりチビは?」
「安心なさい。深刻なダメージはないわ。ただ」
「ただ何だ!?」
「だからうるさいっての!外傷も無いし内臓も無事よ。けど痩せ過ぎよこの子。てゆーかジン、この子どうしたのよ?」
魔獣の血で汚れた服を脱がせ、代わりに予備のシャツを着せる。一番小さいサイズのシャツでもこの子供には大きすぎる。
袖を折りながら、警備部隊の鬼神とも言われる男がどうしてこんな小さな子供を連れてるのか尋ねてみれば、予想外の応えが返ってきた。
「見回り中に見つけて保護した」
「は?何言ってんのよ頭でも打った?それとも疲れてるの?それなら診てあげるわよ」
「打ってないし疲れてもない。見回り中に森の中で足跡を見つけて、捜索したら見つけた。少し話もしたが、名前も、何もわからんと言っていた」
医者として目の前の男の(頭を)心配をしてみれば真剣な表情で返された。
「は?ちょ、ちょっと待って、本当なの?本当に外で見つけたっていうの!?森の中で!?その上記憶喪失!?」
「ああ」
あの森に子供がいるなんて、絶対にあり得ない。一体どういうことなの!?
「見つけた時は意識があったのね?」
「ああ。それで戻ってくる途中気づいたら気を失ってて」
「待って、気づいたら気絶してた?なんの予兆もなく?」
「ああ。一刻も早く戻ろうと思って抱き上げて走ったら「バカ野郎!」
弱りきっている小さな子供を抱えて走る、それも警備部隊のコイツが走ったとなればそれがとどめになったのは確実。バカの暴挙に思わず大声を出してしまう。
「何考えてるのよ!こんな小さな子、それも弱ってる子を乱暴に扱うなんて!」
「す、すまん」
「すまんじゃないわよ!全く!」
目の前の男を睨んでいると、小さな声がした。振り返ると子供が目を覚ましていた。
「ぅぅん…」
「あら、起きたのね。気分はどう?」
「!起きた「は~い、ちょっとお目々見せてね。お口あ~んしてくれる?うん。ちょっとお腹触らせてね~ゆっくり息してみて~」
慌てて立ち上がったジンを押し退け改めて子供を診てみる。
うん、問題なさそうね。よかった。
「はい、診察終わり」
「ありがとごじゃます」
「あら、ちゃんとお礼が言えるなんて良い子ね~」
舌足らずにお礼を言われ、頭を撫でてあげると微かに見せてくれた笑顔に大いに庇護欲を刺激されてしまった。
「アルベルトてめぇ…」
「なぁによ文句でもあるの?」
睨んでくるジンをからかうようにおチビちゃんを撫でていると、くるるるる、となんとも可愛らしい音が聞こえた。
出所はおチビちゃんのお腹。恥ずかしいのだろう、真っ赤な顔をしている姿に、ジンと2人思わず笑ってしまう。
「おいアルベルト」
「うふふ、お腹が空いたのね。いいわ、スープくらいなら問題ないから用意してあげて」
「分かった。すぐ厨房に頼んでくる。待ってろよチビ」
急ぎ足で出ていくジンを見送りおチビちゃんに目を向けると、ジンが破壊した壁を不思議そうにじっと見ているので、経緯を聞かせてあげた。
「見て分かるでしょうけど、あそこにはちゃ~んと扉があったのよ。けどジンが壊したの」
「ジンしゃんが…?」
「そう。廊下の方が騒がしいと思ったらいきなりドカン!よ。あのバカが扉を蹴破って入ってきたの。扉は割れるし壁にひびまで入るしほんと何事かと思ったわ」
おチビちゃんがぽかんと口を開けてこちらを見上げる。
ちょっとマヌケな顔も可愛いわ~
「あらそう言えばまだ名乗ってなかったわね。アタシはアルベルト。ここ、国立研究所の医療部隊を仕切ってるわ。アタシのことは好きに呼んでちょうだい。お姉ちゃんでもいいわよ」
パチンとウインクすると、ほんの一瞬複雑そうな表情を見せる。
反応によってはジンの言っていた記憶喪失という話も信憑性が増すわね。そう思い様子をうかがっていると
「あい、アルねえしゃま」
ぐはっ!心臓を撃ち抜かれた。
いやぁぁぁあアルねえしゃまって!しゃまって!何それ可愛すぎ何なのこの子天使か何かなの!?
思わずもう一回呼んでと頼めば素直に呼んでくれる。そのやり取りを何度も繰り返しているとジンが戻ってきた。
「おいアルベルト、何してやがる」
「あらジン早かったわねチッ」
白い目を向けてくるジンに舌打ちを返しつつおチビちゃんの体を起こしクッションを背中にあてる。
「舌打ちしてんじゃねぇよ!」
「うるさいわね、さっさとスープ寄越しなさいよ冷めちゃうじゃない」
こちらを睨む男をあしらいつつベッド用テーブルをセットしていると、そのやり取りが面白いのかおチビちゃんが笑った。その笑顔にまたもや心臓を撃ち抜かれた。可愛い!
きちんと挨拶をしてから食事をするおチビちゃんの体調が急変しないか見ていると泣き出してしまった。
「ひっぐ、うぶぅ、うっうぁぁん」
涙の理由は飢えが満たされたことだけではないはず。
ジンも同じように感じたのだろう、静かにおチビちゃんの頭を撫でるとスープを食べさせてあげている。
それなりに長い付き合いのある男は今まで見たことのない表情をしていた。
おねえさま視点でお送りしました。如何でしたでしょうか。 読んでくださる皆様に感謝します。