光の源
朝日に照らされ、ライガルトは目を覚ました。
砂浜で寝るのは初めてだったが、この異常事態に疲れてしまったせいもあったのか、熟睡できたような気がする。もしくは、おぼれたダメージの影響がまだ残っているか。
周囲を見渡せば、海に入っている島民の姿がちらほらあった。食料の確保だろうか。
そうかと思えば、砂浜に座ってのんびり海を眺めている人もいる。食べる物は海から調達し、それ以外はただのんびりと時間をすごすだけなのだ。働くことも、遊ぶこともせずに。
退屈だ、とは思わないのかな。
のんびり、という部分はうらやましい生活にも思えたが、何もせずにただぼんやり海を眺めていては、一日がとんでもなく長いものになるに違いない。
ライガルトは魔法の練習をしたいし、本も読みたいし、街で買い物をしたり、友人と会話をしたり、とにかくじっとしているのはもったいないように感じる。
一日や二日くらいなら、休暇ということでのんびりするのもいいだろうが、これがずっとなんていやだ。自然の中にいると時間がゆっくり流れる、なんてことを聞いた気がするが、たまにだから安らげる。永遠にも思える時間を過ごすなんて、苦痛でしかない。
しかも、食事が生の魚にかぶりつくなんて冗談じゃなかった。
その魚を捕るために泳げる範囲も、限られている。眠ってしまうエリアの直前までしか行けない。陸へ上がれば、動くのが面倒だからとほとんど砂浜で過ごす。
これでは、活動できる範囲が狭すぎだ。やはり牢獄のようにしか思えない。
「シュリーディア?」
家の中を覗くと、シュリーディアはねぼけたような表情で座っていた。今起きたばかりのようだ。
「おはよう、シュリーディア」
「おはよ……」
そのまま二度寝に入りそうな様子だ。
「シュリーディア、ちょっと出かけて来るよ。昨夜見た光がある辺りを調べて来るから」
「ん……」
どこまで理解しているか不安だが、ライガルトの姿が見えなくても「どこかに行ったのかしら」くらいで済むだろう。
勝手にそう判断し、ライガルトは「じゃあね」と言って出かけた。
だいたい、あの辺りだっけ。シュリーディアが島で一番高い場所って言ってたから、とにかく上を目指してみるか。でもって、島の中央付近になるのかな。昼と夜じゃ、見え方もずいぶん違うだろうし、勘に頼るしかないだろうなぁ。
昨日、目を覚ましてからは、海にばかり意識が向いていた。なので、まだこの島全体を把握できていない。どれだけの広さかは測れないが、たぶん、そんなに大きな島ではないだろう。
見える範囲で判断するなら、シュリーディア達がいる砂浜エリアと森・山エリアに分けられるようだ。
小さな低い山は、濃い緑の葉がこんもりと茂っている。少し傾斜のある森、に近いだろうか。ライガルトは高いと思われる方へ、とにかく歩いた。
緩やかな斜面は、道なき道。ライガルトの知らない植物が伸び、獣道さえ見当たらない。密林ではないので、何とか進めるという状態だ。
一見何でもない島だけど、やっぱり異様だな。獣どころか、鳥も虫もいない。獣がいない島はあるだろうけど、植物がこうやって生えているのに虫がまるでいないっていうのは……まずありえないよな。
やはりシュリーディアは置いて来て正解だ。こんな道では、絶対に途中でへこたれているに違いない。
シュリーディアは細いから軽いだろうが、彼女を背負って坂道を歩き続けるのはライガルトもつらい。それに、もし何か緊急事態があった時、動きが制限されてしまう。一人で来てよかった。
軽く息が切れたが、やがてライガルトは緩やかな坂道を上り切った。坂を上り切ったということは、この周辺は島の頂上にあたるのだろうか。
この辺りに木はなく、少し雑草がある程度。何ということのない、土の地面があるだけ。
ライガルトがその場に立って見回す限り、ここより高い場所はなさそうだ。シュリーディアが言ったように、ここが一番高い場所らしい。邪魔する物がないので、見晴らしはよかった。
「ここが一番高いってことは、昨日見た光の源はこの辺りにあるのかな」
見ていると泣きそうになる、と言いながら涙を落としたシュリーディア。あの光が何も関係ないとは、やはり考えにくい。
だとしても、そう簡単に見付かるかは怪しいものだ。今見付けられなければ、暗くなる前にもう一度ここへ来ようかとも考える。暗い方が、光の出所もはっきりするはずだろうから。
離れた場所から見ても、あんなにはっきり光っていたのだ。ここまで近付けば、絶対にわかるはず。
「え……これって」
何か手がかりになるものはないか、とうろうろしていたライガルトは、小さな水たまりを見付けた。その中に、白くぼんやり光る石が沈んでいる。砂浜から見た光と同じ色をした石だ。
ライガルトの拳より一回り大きいくらいの楕円形をした石は、形の悪い真珠のようにも見えた。
「んー、これかぁ?」
これが昨夜見た光の源だろうか。色だけなら、これだと言えるのだが……。こんな小さな石から、あんなにはっきりと空へ上る光が出るものなのか。もっと大きい物だと思っていたのに、こんなサイズとは意外だ。
これがあの光の源だとして、それらしい物が見付かるのがあまりにも簡単すぎではないか。もしかすると、術者の引っ掛けや罠という可能性では……なんてことも考える。
それらしい物がありそうだ、と思わせ、おびき寄せ、獲物が近付いてきたら捕まえて。その後は捕食するか、単純に殺してしまうか。
そういう状況が待っている、と考えるのは実にたやすい。物語などでも、よくある展開だ。
一度はそう考えたものの、ライガルトはそういった予想を否定した。ここに限って言えば、特に小難しく考えたりする必要はないのかも知れない、と。
シュリーディアを始めとした島民達は、ここまで来るような気力がないのだ。草むらに隠したり、周囲に近付くことができないように結界を張る、といった必要は一切ない。
極端な話、その辺りに転がして野ざらしにしたって、術者にはまるで支障がないのだろう。
とにかく、呪いに関係あるなしに関わらず、これは調べる必要がありそうだ。こんな場所にこんなそれっぽい物があるなんて、怪しすぎる。
しかし、水たまりの水に触れても平気だろうか。
簡単に見付かった。そこまではいいとして、喜んで石をとろうと不用意に手を入れたら手が溶ける、なんて絶対にごめんだ。
水面に手をかざしても、これといって何の変化も起きない。ライガルトは魔法を使い、石を浮き上がらせることにした。これなら、自分の手で直に石に触れなくて済む。
石が爆発したとしても、これならいきなり手を吹っ飛ばされることは避けられるだろう。爆発の威力にもよるのだが、それはともかく。
水の中にあるので、水魔法を使う。水を柱のようになるよう動かし、その上に石が載るようにして水たまりの中から出す作戦だ。
この水が特殊であればうまく呪文が働かないこともありえたが、杞憂だった。水はライガルトの魔法指示通りに動き、石を持ち上げる。水の深さはせいぜいライガルトの手首が入る程度。そんな水たまりから石が現れるのは、すぐだった。
「うわっ」
石が水たまりから出て空気に触れた途端、強い光が周囲を照らした。太陽はまだ空のてっぺんに来てないが、石はそんな昼間の太陽よりまぶしい光を出したのだ。
ライガルトはあまりに強い光に目を閉じ、腕で目をかばう。それでも、まぶたの裏が真っ白になった。
ぱきっという薄いガラスが割れるような音が聞こえ、ライガルトは目を開ける。さっきより光は弱くなっているが、それでもかなりまぶしい。
そんなまぶしさの中で、石が割れて粉々になっているのが見えた。光はライガルトが目を閉じている間に一気に広がり、島を覆っている。
だが、それもわずかな時間。
石が割れたことによって、広がった光は徐々に消えていった。
俺、目を閉じただけのつもりだったけど、一瞬意識が飛んでた、とか? あの光、島を覆ってたな。たぶん、全体的に。シュリーディア達に何も起きてなければいいけど。
石は光とともに消えている。その場には、さっきまで水たまりだった穴があるだけだ。そこにはもう水さえもない。石は光ったが、水が蒸発する程に高温ではなかったはず。あの水も魔法の一部だった、ということだ。
本当に……シュリーディア達に何も被害は出てないか?
急に不安にかられたライガルトは、急いで砂浜の方へと走る。
「え……ええっ?」
浜辺へ戻ったライガルトは、これまで見なかった海獣が砂浜に現れたのかと思った。
しかし、そうじゃない。
砂浜や波打ち際にいたのは、島民達だ。しかも、海に入ってないのに全員が人魚の姿になっている。彼らは海へ入った時だけ、それもある地点から沖へ向かった時に人魚になるのではなかったのか。
よくわからないまま、ライガルトはとにかくシュリーディアの元へと急いだ。
「シュリーディア!」
「ライ……」
強い風でも吹けば、簡単に壊れそうなシュリーディアの家。
その前には、他の島民達と同じく、人魚の姿になったシュリーディアがいた。もちろん、ここも砂浜だ。海の水は一滴も届いていない。
ライガルトを見るシュリーディアの表情は、なぜか今までで一番冷静に見えた。
「シュリーディア、大丈夫? これは一体……」
やっぱり、罠だったのか? 何か余計な仕掛けを発動させてしまったんだろうか。あの石は実は囮のようなもので、他にちゃんとした呪いを解くべき物があるのに、間違えて動かしたのでは。
特に怪しい気配がないからって、油断してしまった。ちゃんと調べるべきだったんだ。それなのに、安易にいじって。光は出たけど、それだけだったから安心してた。もっと警戒すべきなのに。そこを術者が狙ってたのだとしたら、まんまと引っかかってしまったことになる。シュリーディア達の呪いが解けないってだけでは済まなくて、さらにひどいことが起きてしまったら……。
ライガルトの中で、大きな不安がぐるぐると回る。怪しいと思いながらいきなり石を外に取り出すのは、あまりにも軽率な行為だったかも知れない。
自分の失敗の不安にライガルトが青くなっていたが、シュリーディアはそばへ来たそんな彼の首に手を回した。
「ありがとう、ライ」
シュリーディアは、ライガルトの耳元でそうささやいた。
「え? ありがとうって……」
「思い出せたの、あたし達がどこから来たのか」
記憶が戻ったということなのか。だから、表情が冷静と言おうか、どこかしっかりしたものになっていたのだろう。
それはいいとして、なぜ人魚の姿なのだ。
「あたし達、人魚が本当の姿なの」