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島での食事

「晩のご飯は、あたしが捕って来てあげるね」

 シュリーディアはそう言って、薄暗い海の中へと入って行った。大丈夫だろうかと思ったが、何かあるならもうとっく起きているはずだ。

 考えてみれば、食事は何日ぶりなのだろう。シュリーディアによれば、ライガルトは二日間眠っていたらしいので、およそ三日ぶりになる。そうやって数えると、急に空腹を覚えた。よく今まで動けていたものだ。

 魚や貝は豊富だと聞いていたから、シュリーディアが何を捕ってくるかの想像はつく。

 だが……捕って来た魚を、そのまま差し出されたのには驚いた。

「えっと、あの……生?」

 まさかと思って尋ねてみたが、シュリーディアは当然のようにうなずいた。

 どこかの国では、新鮮な魚を生で食べる人達がいる、というのはライガルトも聞いたことがある。だが、絶対にそのままかぶりついてはいないはずだ。それだと、完全に野生の獣ではないか。場所が砂浜なので、なおさらそう思える。

「えーと、焼くとか煮るってことはしないのかな」

 下手でも何でもいいから、少しは料理したい。

「煮るってどうするの?」

 シュリーディアの表情を見る限り、とぼけてはいないようである。

「どうって、鍋に水や調味料と一緒に入れて、火にかけて……」

 そこまで言って、ライガルトはシュリーディアの家の中に生活用品がまるでなかったことを思い出した。ただ寝るためだけの場所。調理道具はもちろん、火を焚いた痕跡もなく。

 家が単に板を立てかけたような代物でしかないから、中では料理をしないだけなのかとも思ったが、それなら家の周辺にそれらしい跡があってもよさそうだ。

 薄暗くなってきた今の時間帯、他の島民達が起こした火の色があちこちにありそうなのに、何もない。人の気配はあるが、光景だけなら無人島だ。

「シュリーディア、もしかして……きみ達は火を使わない、とか?」

 まさかと思いながら、ライガルトは尋ねた。

「うん、使ったことないわ」

 その返事に、ライガルトは言葉を失う。

 その言い方だと「火」という存在は知っているようだ。それにしても、火を使ったことがない人間がいるのだろうか。

 人間は火と道具を使うようになって動物から進化したって聞いたけど、嘘なのか? 火を使わずに生活ができるものなのかな。島の危ない動物が寄ってきたりしたら、どうするんだろう。

「これも呪いの一種、なのかな」

 あっけにとられたライガルトだが、シュリーディア達は記憶がない。本来人間なら当然のそういう行動も抜け落ちている、とも考えられる。つまり、彼女達ならそれも「有り」なのだ。信じがたいが。

「火を見た覚えはある?」

「んー」

 その表情を見ると、なさそうだ。ライガルトは、自分の手の平に火を出して見せる。

「これが火だよ。乾いた板とか、あるかな」

 シュリーディアは手の中でまだぴちぴちと動いている魚を砂の上に置き、二人で家の壁にならずに放置されている木の板を集めた。長く放っておかれたようで、湿り気はない。

 ライガルトは空気が入るようにうまく重ね、そこに火をつけた。普通ならなかなかつかないだろうが、そこは魔法なのですぐに燃え始める。

 次に魔法で砂を固めて串状にし、シュリーディアが捕ってくれた魚に突き刺す。それを火のそばの砂地に突き刺した。

 シュリーディアはライガルトがすることを、子どものように目を輝かせて見ている。

「明るい。それに、面白い動きをするのね」

 火の不規則な動きが、シュリーディアの興味をそそったようだ。

「あまり火に近付くと、やけどするよ」

「やけど?」

 火を使わないから、やけどもわからないのだ。呪いをかけた主は、彼女達からどれだけ人間らしさを奪おうとしているのだろう。

 シュリーディアの様子を見るにつけ、ライガルトは怒りがわいてくる。どんな状態でも呪いはいやだが、こんな蛇の生殺しみたいなことが続くのも、精神に(こた)えるはずだ。

「ライは色んなことを知ってるのね」

「まぁ、ね……」

 あれこれ教えるライガルトに、シュリーディアは感心している。だが、本当なら子どもでも知っているようなことばかりだ。ほめてくれるシュリーディアが、何だか哀れに思えてくる。

「そろそろ焼けたかな。シュリーディア、熱いから気を付けて」

 焼けた魚を受け取ると、シュリーディアは魚にかぶりついた。たぶん、普段と同じ調子で食べようとしたのだろう。

「いたっ」

 本当なら「熱い」と言うところだが、シュリーディアからとっさに出た言葉がそれだった。

「大丈夫かい、シュリーディア。ごめん、もう少し冷ましてから渡せばよかった」

 ライガルトが気を付けてと言っても、シュリーディアは「何に対して気を付ける」かがわかっていなかったのだ。

 火を覚えていないから、熱いということも覚えていない。

 それに気付くべきだった。

「いつも食べてる魚と同じなのに、どうして口が痛いの?」

 熱くなった魚がくちびるに触れ、慣れない感覚にシュリーディアはかなり戸惑っている。

「それは熱いって感覚だよ。日に当たると暖かい。それはわかる?」

「うん。ちょっと苦手」

 暑さはあまり好きではないらしい。

「その暖かいのがものすごく強くなったのが、熱いってこと。火と太陽じゃ違うけど」

 他に例えられるものがないし、これだけ物が少ない島では太陽くらいしか比べられない。

「少し時間をおくと『熱い』から『温かい』になるよ。その時に食べるとおいしいんだ」

「ふぅん」

 ライガルトに「もうそろそろいいよ」と言われ、シュリーディアは恐る恐る魚にかぶりつく。

「魚がいつもよりふわふわしてる。不思議な感じだけど……おいしい」

「よかった。骨に気を付けて」

 生でも魚は食べ慣れているだろうが、ライガルトは一応言っておいた。

 あれこれ注意しながら、ようやく夕食が終わる。

 調味料が何もなかったので味に物足りなさは感じたものの、それなりに満腹にはなった。初めての味にシュリーディアもそれなりに満足してくれたようで、ほっとする。

 食事が終わる頃には完全に太陽も沈んでいるので、辺りは真っ暗だ。明かりと言えば、ライガルトが出した火と、空に浮かぶ月くらいか。ほぼ丸くなった月の光は、この暗さの中でとても明るく感じられる。

 火の向こう側に座るシュリーディアが、大きなあくびをした。太陽とともに起き出し、太陽とともに眠る生活なのだろう。火を焚かないなら暗くて何もできないし、そんな生活になるのは自然なことだ。原始的、とも言える。

「ん? あれは……月の光じゃないよな。シュリーディア、あれは何?」

「どれ?」

 半分眠りそうになっているシュリーディアに、ライガルトは「どの方向を指してるか、わかるかな」と思いながら指し示す。

 ライガルトが指さしたのは海とは逆、つまり島の中央に向かってだ。

 山……丘と呼ぶべきか、とにかくその頂上付近に天空へ伸びる白い一筋の光があった。月の光が島に差しているのではなく、地上から空へ向かっているように見える。つまり、そこに光を放つ何かがあるようだ。

 まっすぐ伸びる光。まるでこの島を光の串が刺しているような。浜辺にいてこれだけはっきり見えるのだから、光源となる物はかなり大きいのではないか。

「何って言われても……わからないわ」

 聞いた俺が悪かったな、とライガルトは反省した。

 シュリーディアの中に、ライガルトが必要とする情報はほとんどないのだ。それは昼間の会話でわかったはず、だったのに。

「でも……あの光を見ると、涙が出そうになるの」

 火に照らされ、浮かび上がるシュリーディアの顔。その目が潤んで光る。

 そんな彼女の表情に、ライガルトはどきりとした。妙になまめかしく、昼間よりきれいに見える。

「何か悲しいことを思い出しそうだから、とか?」

「悲しいのか何なのか、それもわからない。でも、泣きそうになるの」

 そう言ったシュリーディアの大きな目から、涙が落ちた。

 掴み所がない話ばかりだけど、あの光がシュリーディア達の呪いの一件に関わってるのは間違いなさそうだ。あんな光は街でも見たことがないし、彼女と無関係とは思えないよな。

 ライガルトが見ていても、光から感じるものは特にない。白い光の筋。それだけだ。

 もし他の島民もシュリーディアと同じように感じるのであれば、呪われている者にとって、何かしらの感情を揺さぶるものなのだろう。

 わからないってことは……調べたりしてないんだろうな、やっぱり。

「あの光が何か、見に行こうとは思わなかった?」

 一応、確認してみる。

「疲れちゃうから。あたし達、海の中に長くいると疲れるし、陸でもあまり動き回れない。あそこは島で一番高い場所だと思うし、行こうと思っても……きっと半分まで行けるかどうかだわ」

 毎日暮らすはずの家でさえ、板を立てかけるだけのレベルだ。わざわざ疲れる場所へ移動しようなんて、彼女達にとってはありえないのだろう。

 今のところ、ライガルトは歩くのが疲れるから動きたくない、という感覚はない。いつもと同じだ。特に自分の何かが変わったとは思わない。

 しかし、ずっとこの島にいるとシュリーディア達のように動く気力を奪われ、やがてはこの島へ来た経緯さえも抜け落ちてしまう可能性がある。

 そうなる前に、おかしいと思ったことはすぐに調べた方がよさそうだ。朝になったら光が伸びる場所に何があるのか、確認しなければ。

 昼間は見えなかったから、すぐには光源も見付からないだろう。だいたいの方角や位置を覚えておいて、後は探し回るしかない。

 海の時とは違い、歩き続けることには難色を示すだろうから、シュリーディアは置いて行くことになるだろう。

「ライ……」

 あれこれ考えるライガルトの隣に、いつの間にかシュリーディアが来ていた。腕を絡め、ぎゅっとすがりつく。

「え、ちょっ……シュリーディア、何を」

 女の子から腕を組まれるなんてことがこれまでの人生になかったライガルトは、シュリーディアの突然な行動に慌てる。

「人間って、温かいのね。昔のあたしは、そのことを知っていたのかな」

「あ……」

 昼間見せたシュリーディアの笑顔は、何の(うれ)いもないように思えた。

 しかし、自分達が異常な状態であることは、彼女もちゃんと認識している。それについて、何も悩まないはずはない。記憶があまりにもあいまいすぎることに、不安を覚えるのは当然だ。

「ライ、今夜はこうやって寝てもいい?」

「えっ……そ、それはダメ!」

 一瞬、頭の中が真っ白になったが、ライガルトは急いで首を横に振る。

「どうしてぇ?」

 シュリーディアが切なそうな声を出す。ライガルトは軽くパニックになりそうだ。

 男女のあれやこれやまで忘れてるのかよっ。色々不安なのはかわいそうだけど、こんな状態じゃ俺が寝られないっての。

 絡められたシュリーディアの腕を、ライガルトはやんわりと外した。正直なところ、もったいないなー、と思わないこともない。でも、ここで理性を無視したら、とんでもない呪いがかかりそうな気がした。

「シュリーディアはいつもあの家の中で寝てるんだろ? じゃあ、今日もそうするんだ。俺は外で寝るから」

「どうして? 今朝までは家の中で一緒にいたのに」

「それは俺が気を失っていたからで……と、とにかく夜は一緒にいない方がいいから」

 なだめすかしながら、ライガルトはシュリーディアを家の中へと入れた。ほっと息をつきながら、ライガルトは火のそばで横たわる。

 だが、すぐに起き上がり、結界を張ってから改めて横たわった。

 寝ている間に魔物が、と言うよりシュリーディアが来ても近付けないように。

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