検証
岩礁の近くまで泳ぐと、シュリーディア達は眠気に襲われる、と言った。
ライガルトが考えるに、それは眠気ではなく、意識を奪われているのではないか。つまり、気絶させられているようなもの。
だとすれば、人魚になってしまうこの海か、その岩礁エリアに何か秘密があると考えられる。
ライガルトはまず、砂浜に打ち上げられている古い舟を手に入れた。陸からそう遠くない場所で漁をする時に乗るような、定員二名くらいの小さな舟である。
手に入れた、と言っても元々が誰の物でもないようで、海へこぎ出せばすぐに水が入って来ること間違いなし。大小の穴だらけの舟だ。古いと言うより、壊れた舟、と言う方が正しい。
ライガルトはその舟に復元の魔法をかけ、乗れる状態までに直した。
「ライの服と同じ?」
ぼろぼろだった舟がまともな状態になり、シュリーディアはまじまじと舟を見詰める。
「うん、元の状態にする魔法だよ。今は乗れればいいから、新品の状態までには直してないけどね。これなら、二人で乗れるよ」
ライガルトの言葉に、シュリーディアはきょとんとなる。
「二人でって、あたしも乗るの?」
「いやじゃないなら。海に入ると、人魚になるんだろ? じゃあ、海に入らなければどうなるか。岩礁エリアに近付くとやっぱり眠くなるのか。そういったことを、まずは確かめたいんだ」
眠くなるのは、きっと島からシュリーディア達を逃がさないためだ。海へ入れば人魚になる彼らに「舟を使って海に出る」という発想がないようなので、これを実行すればどうなるのか知りたい。
呪いをかけた術者が現れるか、手下となる魔物が現れるか。
本当にそんなものが現れたら、ライガルトに排除できるのか心許ない。そこは本人もかなり不安な部分だ。
しかし、負ければ海に沈むか、一生島暮らし。勝負から逃げることはできない。
シュリーディアは戸惑った様子を見せながらも、ライガルトと一緒に舟に乗った。
島民達はそんな二人を見てはいるが、特に「何をしているのか」といった声をかけてはこない。直接海に入った方が早いぞ、という声がかすかに聞こえた程度だ。これで漁をする、とでも思ったらしい。
二人だけで島を出るつもりか、という考えは全く浮かばないようだ。出られると思わないから、考えつかないのだろう。
ライガルトはオールを握り、沖へとこぎ出した。
こぎ出してすぐ、シュリーディアの身体に変化が現れる。足に銀色のうろこが現れ、二本の足が一つになって魚の尾へと変わったのだ。
疑っていた訳ではないが、本当に足が変化するのを見て息を飲む。変化を確認したライガルトは、シュリーディア達の状況がよくないものだと確信した。
「海の中じゃなくても、ダメか」
海の上だろうと中だろうと、効果は同じということだ。海水に触れなければあるいは、と思ったのは甘かった。
間近で人魚の身体を初めて見たが、本当に魚みたいなんだな、とライガルトはありふれた感想を抱く。
普通の人間ならこの変化に騒ぎそうなものだが、ライガルトは妖精や魔物などを見慣れている見習い魔法使いなので、驚いたのは一瞬。後は落ち着いたものだ。
それでも、全く何も感じない訳じゃない。
「人魚の尾って、すごくきれいなんだな」
銀のうろこは太陽の光が当たってきらきらと輝き、尾びれは大きくしっかりしている。美しさと力強さを感じさせる人魚の尾。これなら、海の中を飛ぶように泳ぐことができるのだろう。
さっき、シュリーディアが海から飛び出した時も、驚いたのはもちろんだが、その美しさにちょっとみとれてしまった。
そんな本音を言ってしまってから、余計な感想だったかな、と後悔する。
きれいだろうと何だろうと、本人にすれば「呪い」の結果だ。きれいと言われたところで、冷やかし程度にしか聞こえないかも知れない。
もしくは、気楽に言わないでほしい、と怒りを買いかねない言葉だった。
「本当? あたし、きれいかしら」
ライガルトは自分の言葉を反省していたのだが、シュリーディアの反応は思っていたものとは違っていた。
「え、あ……うん。きれいだよ」
ライガルトは魚部分をほめたのだが、シュリーディアは尾を含めた「自分」をほめられたと感じたようだ。嬉しいのか、頬が薄いピンクになる。
まぁ……いいか。シュリーディアって顔は確かにかわいいし、きれいって言ってもおかしくないしな。スタイルもよくて、胸もかなり……って、何言ってんだ、俺!
妙なことを考えてしまった自分のせいなのだが、何となく視線のやり場に困り、ライガルトは周囲を見回して辺りを確認するフリをした。
「ふぅ」
そんな声が聞こえてシュリーディアを見ると、目を閉じてゆらゆらしている。聞いていた眠りの効果が、沖へ向かうにつれて現れたらしい。違う意味で、舟をこいでいる。
「シュリーディア? シュリーディア、横になって。舟が揺れたら海に落ちるよ」
ライガルトの言葉が聞こえたのか、シュリーディアはゆっくり姿勢を変える。
ライガルトはシュリーディアが楽な姿勢になれるよう、手伝った。小さな舟できゅうくつだろうが、彼女はあまり気にしていない様子だ。それだけ眠い、ということか。
そうだよな。舟の上でも人魚になったんだ。岩礁エリアへ近付くと眠くなるって言ってたんだから、その効果が同じように現れても当然か。
島から人魚になるエリアまでは、そう遠くない。砂浜にいる島民の顔が小さく、表情などを判別するにはちょっと厳しい、という距離だ。
現在地は、さっきシュリーディアが人魚になって見せた辺りより少し沖へ出たところ。そんなに移動はしていないと思われたが、眠り効果の発動する範囲へ入ったようだ。
しかし、ライガルトには今のところ、これといった変化は起きていない。
俺は人魚にもならないし、眠くもならない。外から来た人間には効果がないってことか。いや、待てよ。島民達がみんな外から来た人間なら、同じく外から来た俺に効果がないっていうのは変だな。
それとも、効果が現れるまで時間がかかるのか。だけど、岩礁より島側へ入り込んだらすぐに術の効果が出ないと、逃げられる可能性だってある。呪いをかけた奴は、その辺りを深く考えてないのかな。
シュリーディアはぐっすりだが、ライガルトは今のところ眠くない。もし日を追う毎に効果が現れるようになるのなら、それまでにこんな状況を変えなくては。
舟が岩礁の近くまで来た。舟から海面に出ている岩礁まで、馬二頭分の距離といったところか。
浜から見ていた時も思ったが、海から出ている岩と岩の間が狭い。この小さな舟でも、通り抜けるのは厳しそうだ。
それに、見えている岩の先端はかなり尖っていて、あまり触りたくない程にごつごつした岩肌。柵のようだと感じていたが、近くで改めて見るとその間隔は檻の格子に近い気がする。
これ、明らかに閉じ込められてるな。この岩が自然のものかも怪しくなってきた。
岩そのものは本物でも、何らかの力で変化させているようにも見える。
ライガルトは海を覗き込むが、特にこれという不審な点はなさそうだ。
透明度は高く、波の動きでできる影が見える。それだけならいいのだが、海面から出ている岩礁が水面下へ続いているのも見えた。やはりそこもかなりごつごつしていて、ここから海へ入ろうとは思えない。
岩礁のそばを泳ぐ魚の影が見えた。魚には眠りの影響はないようだ。自由に泳ぎ回れる魚がうらやましい。
ライガルトはさらに舟をこぎ、岩礁へ近付こうとしてみたが、ある地点から急に舟が進まなくなった。それどころか、島の方へと押し流される。
変化や眠りの効果はなくても、島から出すつもりはないってことか。……潮をどうこうできるなら、わざわざシュリーディア達を眠らせる必要なんてないんじゃないのか? 何か別の目的でもあるのかな。それはともかく、この流れ、魔法の気配を感じるぞ。
魔法が使われていることは断定できた。しかし、魔法の出所が掴めない。
ライガルトはもう一度流される直前の位置まで舟をこぎ、舟の舳先と一番近くに見える岩礁に魔法の縄をかけた。舟を海から突き出した岩にどうにかつなげた形だ。これで流されることはなくなる。
この気配、人間の魔法じゃないな。少なくとも、潮の流れは魔物か何かの力がかかってる。この場所的に言って、海の魔物の仕業ってところか。だけど、島に人間を閉じ込めて何の得があるんだ? しかも、海に入ったら人魚になるなんて、余計とも言える仕掛けまでして。
エサとして囲っておいて、好きな時に喰う……。いや、それならさすがにシュリーディア達もその話をするよな。魔物が海から現れてどうこう、とかって。これまで島民が魔物に喰われたのに、砂浜であんなのんびり過ごしているなんて、いくら何でもありえないよな。記憶があいまいでも、そこまで緊張感がなくなるとは思えないし。
……記憶があいまいだから、誰かが喰われたことがあっても忘れてるとか? 呪いならそんなのもありそうだけど、怖すぎるぞ。
「わっ」
急にまた舟が島の方へ流された。魔法の縄が切れたのだ。
術者が解かない限り、普通は切れることがない縄。別の魔法の力が働いている証拠だ。
縄をよく見れば、岩に引っかけていた部分が切れている。どうやら潮の流れだけでなく、あの岩礁もグルのようだ。やはり、自然の岩ではない、ということか。
潮の流れをどうにかしても、今度は岩礁が邪魔になりそうだな。もしかすると、強引に近付いたら動き出したりして。先端だけを見てたら、槍が並んでるみたいだ。単に邪魔するだけじゃなく、いざとなったら本当の槍みたいに突き刺そうとしてくるかもな。受けるダメージは、眠りよりもこっちの方が深刻だ。
潮の流れと岩礁、そしてシュリーディア達の眠りは、人間以外で魔法を使う存在の仕業、と断定してもいいだろう。島から逃げられないよう、二重三重の囲いをしているようなもの。
つまり、絶対に逃がさない、という強い意志の表れととれる。
こうしている間にも、術者の魔物はどこかでライガルトの様子を窺っていたりするのだろうか。邪魔な存在と判断すれば、消しにかかってくるかも知れない。
一旦戻るか。術をかけた奴は近くに感じられないし。
ライガルトは島へ向かって舟をこいだ。潮の流れが影響しない場所まで来ると、舟は静かに浮かんでいるだけ。シュリーディアは眠りから覚めたようだが完全に起きられず、眉間にしわを寄せている。
「シュリーディア、無理に起きようとしなくていい。ここを離れたら、ちゃんと目が覚めるから」
軽く頭をぽんぽんとするとシュリーディアの顔が安心したような表情になり、眉間のしわも消えた。
さらに島へ近付くにつれ、シュリーディアの銀のうろこが薄くなり、ひれの部分は足首の形に戻る。やがて、魚の尾は二本の足になって、その頃にはシュリーディアも完全に意識を取り戻して起き上がった。
「ライは眠くならないの?」
「うん。俺にはまだ術の影響はないみたいだ。ずっとこのままかはわからないから、安心できないけどね」
「術の影響?」
シュリーディアが首を傾げる。
「シュリーディア達が言うように、呪いって言ってもいいかな。島の住民が出られないよう、海に仕掛けがされてるんだ。眠くなるとか、岩礁の向こうへ出られないとかね。やった奴はわからないけど、そういう術がしかけられているのは間違いないよ」
「人魚にされるのも?」
「んー、それはまだ何とも。島に閉じ込めるつもりなら、人魚に姿を変える必要はないんだよな。その点については、まだ相手の目的が見えないよ」
そう、人魚になってしまう点だけは、こういう理由では? という推測も何もできない。飢え死にしないように、という配慮だろうか。
しかし、人間にも魚を捕まえることはできる。浜にある舟をちゃんと直せば、漁ができるようになるはずだ。死活問題となれば、やる気が出ない、なんて言っていられない。
眠りに打ち勝つ方法が見付かれば、人魚になることはむしろ逃げられる危険性を生むことになるのに。
短時間で全てを知ろう、というのは無理がある。そろそろ夕暮れ時だ。夜に海をうろうろしていたら、魔物が現れても太刀打ちできる自信はない。
今日はここまでだ。
ライガルトは、完全に人間の姿に戻ったシュリーディアとともに砂浜を踏んだ。





