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人魚になる島  作者: 碧衣 奈美


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3/9

呪われて

 レジアの島は、岩礁に囲まれている。その関係なのか、島の周辺は潮の流れがおかしい。

 普通に船をこぎだしても岩に当たる危険性があるが、その潮の流れで危険性はさらに増す。

 各地を行き交う連絡船も、潮の流れのために遠回りするルートを取るので、船の影がこの島から見えることはない。

 島にいるライガルトの父親世代の男達から、そんな話を聞いた。

 環境がそんな状態だから、ライガルトが岩礁を超えて島の近くへ漂流したのは奇跡に近いことだったのだ。

 出られないって言葉、あれは夢じゃなかったんだ。

 もうろうとした意識の中で聞いた声。夢だと思っていたし、今となっては絶対に夢であってほしい。

 話を聞いた限り、島民は誰も島を出られない。当然、ライガルトも。

 これは悪夢だと思いたいが、どうやら現実だ。

 島の周りでは貝や海草、魚などが手に入るから生活に不自由はしないぞ、と笑って言われた。それは朗報……かも知れない。だが、いくら食料に困らなくても、これでは牢獄も同じだ。

 シュリーディアは島を好きになる、と言ったが、そう言って自分を偽らなければやりきれないからではないのだろうか。

 ライガルトはそんなことを思ったが、シュリーディアをはじめとする島民の誰にも悲壮感のようなものがない。困っている風でもない。岩礁の話を聞かなければ、どこにでもいそうな気のいい島民達だ。

 しかし、ライガルトは島のことを知る程に、違和感を覚えた。

 生まれた時からこの環境なら、それが当たり前になるだろう。しかし、島の外のことを知りたい、他の人間に会ってみたいと思わないものだろうか。

 そう考え、島に子どもが一人もいないことに気付いた。

 およそ五十人の島民が暮らす島で、最年少がシュリーディアだ。彼女より幼い子どもがいない。あとはおじさん、おばさん、シュリーディアより上であろうお兄さん、お姉さんばかり。

 それに、家族で暮らしている島民がほとんどいないのだ。シュリーディアのように、一人暮らしをしている島民が大半。島民という一つのグループではあるが、家庭があまりにも少ない。

 誰も島を出られないなら、それがいつ頃からなのかにもよるが、島民のほとんどが血縁者になりそうなもの。しかし、親戚ではないらしい。

 そんな島や集落がこの世に存在しない、とはライガルトも言い切れない。でも、やはりどこか不自然だ。

 ライガルトが島に流れ着いたことが奇跡だと言うのなら、島民達はもっとライガルトに興味を持ってもいいのではないか。

 シュリーディアは珍しそうにライガルトを見ていたが、それだけだ。外の世界はどんなものなのか、ライガルトはどこから来たのかなど、もしライガルトがシュリーディアの立場なら質問攻めにするだろう。

 でも、シュリーディアも島民も、誰一人としてそんなことをしない。

 食料は魚などを……と聞いたが、砂浜で見付けた舟はぼろぼろだ。それは、使い古してではなく、長年放置されたために雨風で傷んで使い物にならなくなったように見える。

 だとすれば、漁はどのように行われているのか。

 貝や海藻は波打ち際で何とかなるとしても、魚はそううまく浅瀬に来てくれないだろう。素潜りで……なら、舟はいらないが。

 考える程に、異様な気がしてきた。もしかして、とんでもない場所に流れ着いてしまったのでは、とライガルトは背筋が寒くなってくる。

 しかし、恐れてばかりもいられない。

 島から出られないと言われても、ライガルトには帰るべき場所がある。岩礁がどうの、潮の流れがどうのと言われても、いざとなれば自分の持てる魔力を全てつぎ込んででも、ここから一番近い港へ向かわなければ。

 その前に、ライガルトはロドクスに無事であることを知らせるため、魔法の小鳥を出して送り出した。

 空を飛ぶから、潮の流れは関係ない。ロドクスのいる場所ははっきりしているから、小鳥はひたすら彼を目指して飛び続けるのだ。

 一応、レジアの島にいる、と折り込んだものの、島のことがロドクスにわかるだろうか。その辺りは予想のしようもないが、少なくとも生きていることがわかれば安心させられる。

「ライは鳥を生み出せるの?」

 隣でライガルトのすることをじっと見ていたシュリーディアは、不思議そうに尋ねた。

「生み出す……んー、まぁ、そんなところかな。鳥の形にしてあるだけなんだけど」

 そんなにレベルの高い魔法ではないので、あまり興味深そうに見詰められると妙な気分だ。

 しかし、シュリーディアは見ているだけで、これと言って特に質問などはしてこない。本当に興味があるのか、実はそうでもないのか判断に迷う。

「シュリーディア、もう一度聞いてもいいかな」

「なぁに?」

「きみのお父さんとお母さんは、この島にいないの?」

「……」

 シュリーディアにとっては、あまり触れてほしくない話題かも知れない。しかし、一度気になったら一つずつ崩していかないと、ライガルトの疑問がふくれるばかりだ。

「よくわからないわ」

 何だ、それ。

 もっと別の答えが返ってくると思っていたライガルトは、シュリーディアの言葉にぽかんとなる。

 この島はそんなに大きくないようだし、いる・いないの二択とその説明になるはずだ。

「わからないって……どういうこと? 島のどこかにいて、何か事情があって別々に暮らしてるって訳じゃないの? そもそも、この島がこんな感じに隔離された状態になったのは、いつからなんだ?」

 岩礁に囲まれてるなら、人間は近付けないはず。だが、現実に少人数ながら島民が暮らしている。

 昔からこの島に住んでいて、海底の隆起などによって岩礁が現れたのなら、完全に囲まれてしまわないうちに別の島へ移りそうなものだ。

 島を離れるのが不可能な程、一気に島全体が岩に囲まれる……なんて、ありえるだろうか。

 考える程に、この島の状態はおかしい。

 尋ねても、シュリーディアは困ったような表情を浮かべるだけ。答えたくない、というのではなさそうだ。

「あのね、あたし達……本当は何もわからないの」

「本当は何も? あの、言ってる意味がわからないんだけど」

 シュリーディアは何がわからないのか、それがわからない。達と言うことは、シュリーディアだけでなく、島民も含まれている、ということか。

「この島に閉じ込められてる理由」

「閉じ……ええ? ちょっと待って。岩礁が邪魔でってことじゃないのか。どういうことなんだ?」

 シュリーディアの言うことがさっぱり理解できず、ライガルトは頭が混乱してきた。

 目を覚まして、まだせいぜい半日。しっかり頭が覚醒できていないのだろうか。ここへ来てから、どうも理解力が格段に落ちてしまったような気がしてきた。

「ライ……怖がらないで聞いてね」

「う、うん」

 その前置きが、もう十分に怖いのだが。

「あたし達、呪われてるみたいなの」

「は?」

 聞き慣れない内容に加え、妙な言い方だ。呪われてる、ではなく、呪われてる()()()、とは何なのか。

 続きを待ったが、それ以上の言葉がシュリーディアから出なかったので、ライガルトは質問することにした。

「呪われてるって、誰に?」

「わからない」

「いつから呪われてるんだ?」

「覚えてない」

「呪われる理由……はわからないよな。誰に呪われてるかわからないんだから」

「うん」

 初めてまともな返事を聞いたが、あまり慰めにはならない。

「あたし達ってことは、レジアの島民全部ってこと?」

「たぶん」

「つまり……今の日常が全て呪われた状態だってこと、かな」

「んー……」

 シュリーディアは首を傾げる。首を傾げたいのはライガルトの方だ。さっぱり要領を得ない。

「呪われた状態がどういうものかよくわかってないのに、どうして自分達が呪われてるみたいだって言えるんだ?」

「……ライ、そこで見ていて」

 砂浜にライガルトを一人残し、シュリーディアは服を着たまま、海へと入って行く。何をするつもりだろうと思いながら、ライガルトはシュリーディアの姿をずっと目で追った。

 遠浅ではないらしい海へ入ったシュリーディアは、実にスムーズに泳いで行く。どこまで行くのかと見ていると、ある場所で止まってこちらを向いた。

 海面に浮かぶシュリーディアの顔は小さい。その辺りなら、きっと彼女の足はもう海底に着いてはいないだろう。

 シュリーディアは海に浮かびながらライガルトの方を見ていたが、不意に水を蹴って海上へと飛び出した。

「え……」

 ライガルトはその光景に、自分の目を疑った。人間があんなにうまく水から飛び出せるのか、という驚きではない。

 今、海の上へと躍り出たシュリーディアの身体は、人間ではありえない形になっていなかったか。

 すぐには信じられず、ライガルトはその場に呆然と立ち尽くす。

 その様子を見てとったシュリーディアは、再び水上に全身を現した。

 二度も同じものを見せられ、ライガルトも「自分の見間違い」を否定するしかない。

 シュリーディアの下半身は、どう見ても魚と同じ形をしていた。

☆☆☆

 しばらくして海からあがって来たシュリーディアには、ちゃんと二本の足がある。しかし、さっきは確かに魚の尾だった。遠目ではあったが、まさか海の中で作り物の尾を付けるとは思えない。

 いつから、どうして自分達はこうなっていたのか。

 レジアの島民の誰にもわからない。

 だが、現実として彼らは、海へ入ると人魚になる。シュリーディアだけでなく、島民全員だ。そして、島へ上がると人間に戻る。

 こんな状態がずっと続いているのだ。

 人魚の姿になれば、海での行動は楽になる。魚を捕るのも苦労しない。

 それなら、そのまま泳いで島を離れればいいのだが、島を取り囲む岩礁エリアに近付くと、次第にひどい眠気に襲われるのだ。そのまま眠り込み、いつの間にか島の近くに流される、というパターンが繰り返される。

 それに、長く海につかっていると疲れてくるのだ。漁をするだけなら問題ないが、海の中をうろうろしているとひどい倦怠感に襲われる。

 だから、ある程度の時間が経つと、海を出るしかないのだ。

 かと言って、海から上がってもあまり多くの行動はできない。やるべきなのだろうが、やる気が起きないのだ。

 食料は魚がある、と言っても、やはりそれだけでは栄養も(かたよ)る。畑を耕し、もっと安定した食料確保を考えるべき、ということはわかっている。

 畑をするくらいの面積なら、この島にもある……たぶん。誰もこの島の全てを知らないのだ。どれだけの広さか、どんな植物が生えていて、食料になりえる実などがあるかどうかなど、何一つとして知らない。

 海岸線から島の中央へ向かえば森が広がっているので開拓する必要があるが、やろうという気力がない。だったら森ではない場所を耕せば、と考えることもなく。

 耕すための道具がない、植える種がない……というのもあるが、それなら代わりになる物を作ろうとか、どうにか工夫して、という気すら起きない。食料は魚だけでいい、と考えてしまう。

 ずっと雨に打たれ続けるのがいやだから屋根をこしらえたが、雨がなければきっと家もどきを造ろうとも考えなかった。

 ここは年中過ごしやすい気温なので、家を造る必要などあまりない。ライガルトが思ったように、彼らもこれが「まともな家」とは考えてないのだ。でも、改善しようという気が起きないでいる。

 人間として、ちゃんとした営みができないのはつらい。しかし、動けない。

 海にいれば楽だが、時間制限がある。魚を捕るのは楽だが、そもそもどうして人魚になるのか。

 色々な不思議が自分達の周りにあり、だがその理由を誰一人知らない。

 少なくとも、人間が人魚になるのは間違いなく不自然だ。異常事態である。

 それなら、なぜそうなってしまうのか。

 何かの呪いだろう、と言い出したのが誰だったか、忘れた。誰でもいい。呪いと聞けば、そうかも知れない、とみんなが納得する。

 今すぐ死ぬようなものではないにしろ、この尋常ではない状態は「呪い」と呼ぶのが一番しっくりくる気がした。

「どんなに上手に泳げても、岩礁の向こうへは行けない。それが当たり前だから、ライを見付けた時は本当に驚いたのよ」

 最初にライガルトを見た時は、知らない巨大魚かと思った。

 でも、よく見れば人間。自分達以外の人間。

 木にかろうじて上半身を乗せた状態で漂流していたライガルトを見て、島民ではない人間に驚いた。それから、海にいるのに足があることにもびっくりする。

 とにかく、このままの状態ではいけないと判断し、浜まで連れて行った。

 海から引き上げるにはシュリーディアに力がないので、島民の男達に頼んだ。

 ライガルトがかすかに覚えている会話は、浜へ引き上げられてしばらくしてからのものらしい。

「この島にいたら、ライもそのうちあたし達と同じようになるかも知れないわね」

 もう海でおぼれることはなくなるわ、とシュリーディアは笑う。

 その笑顔はかわいいと思うのだが、言葉にはとても笑えない。人間が人魚になるなんて、そんなことがありえるのか。逆なら、物語などにもあった覚えがあるが……。

 とにかく、生活に不便はないが、人間としてのまともな生活ができないことにジレンマがある。

 ライガルトがシュリーディアから話を聞いた限り、そんな感じだ。

 さらに分析するなら、島から出られないのは仕方ないとしても、それならこの島を自分達の手で発展させよう、という気力も半ば奪われた状態らしい。

 いつからこんな状態だったのか、という記憶もあいまいだ。生まれた時からずっと、というならまだしも、シュリーディアは去年のこともよく覚えていない。たぶん、島民全員がそうだ、と言うのだ。

 ライガルトの質問にシュリーディアが「わからない」を連発するのも、これで少し納得した。

 事情を知らない。覚えていない。だから、わからないのだ。

 もしかすると、ライガルトのように遭難し、この島へ漂着した人達が島民となって暮らしているのだろうか。それなら、家族ではなく、彼らが個々で生活しているのも何となくわかる。島というアパートに、部屋が並んでいる。そんな感じなのだ。

 ここに小さな子どもがいないのは、島へ流れて来る時に何か条件があるか、単に体力がなくて海に……ということだと推測される。

「呪われてるって思う割に、あんまり困ってないように見えるんだけど。シュリーディアは怖いとか感じないの?」

「死にそうになってるんじゃないから、あんまりそういうことは思わないわ。でも、身体が変わるのは妙な気分ね」

 下半身だけとは言え、変化(へんげ)してしまうのは気分のいいものではないだろう。泳ぐのに適した身体になってちょうどいいと言えばいいが、自分の意思でどうこうできるものでないのなら、やはり不具合を感じるはずだ。

 いや、不具合を感じないとしても。

 よくわからない島で一生をすごすなんて、冗談じゃない。ライガルトにはセリアンの街に帰る家があるのだ。

 どうにかしなくては。こんな微妙な軟禁状態はごめんだ。

 しかし、ライガルトは呪いなんてものを、今まで解いたことはなかった。そもそも、これが「呪い」かどうかも怪しい。

 だが、人間が人魚になるのは絶対に不自然だ、ということははっきり言える。記憶があいまいなのも変だし、笑っていても彼らだって不安でないはずがない。

 潮の流れや岩礁はどうしようもなくても、人魚になる点を何とか解明できれば道が(ひら)けるはずだ。まずは「呪い」かどうかをはっきりさせなくては。

「俺、島のことを調べてみるよ。このまま自分が人魚になっていくのを待つなんて、俺はできないから」

「島を調べたら、あたし達は人魚にならなくなる?」

「それはまだわからない。だけど、こうなるには絶対に何か原因があるはずだ。自然ではない何かが。まだ見習いでも俺は魔法使いだから、何か見付けられると思うんだ」

 いや、見付けなくては。自分の住む街へ帰るためにも。

「シュリーディアだって、他のみんなだって、元々はこの島の住人じゃなかった可能性の方が高いだろ。帰るために何とかしなきゃ」

「あたし……帰れる、かな」

 思い出した訳ではない。しかし、ライガルトの話を聞いていたシュリーディアの口から、ぽつりとそんな言葉が出る。

「帰ろう、俺達の本当の家へ」

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