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遭難

 俺の方が助けてほしいくらいだ。


 ライガルトは、むせながらそう思った。

 彼が現在いるのは、嵐によって暴れまくる海の中である。

☆☆☆

 ピーヌの国の北にある街セリアン。ライガルトはその街に住む、見習い魔法使いの青年だ。

 彼が師事しているロドクスは、父のいとこにあたる。とある田舎の村出身のライガルトは、親戚に魔法使いがいると知り、半ば押しかけるようにして弟子にしてもらった。

 師匠曰く、筋はよくないが悪くもない、ということのようだ。つまりは人並み、ということだろうか。

 五年近い歳月が流れ、それなりに格好がつくようになった……と本人は思っている。あくまでも自己評価なので、かなり甘々だが。

 ピーヌの国では二年に一度、南にある街エドルで魔法使いによる会議が開かれる。時期はだいたい春の終わり頃だ。

 ロドクスも毎回出席していたのだが、三日後には出発、という時に熱を出してしまった。

 魔法使いと言っても、人間には違いない。医者によればただの風邪と診断されたが、年齢を重ねた身体では回復も遅くなる。本人は「まだ若い」と言い張っているが、六十を半ばも過ぎれば無理はできない。

 ピーヌの国は、地図で見れば三日月形をしている。北にあるセリアンの街から南にあるエドルの街へは、陸より船で行く方が早い。それでも、船で丸一日かかる。

 前日になっても熱が下がらないので、今回は欠席かな、とライガルトは安易に考えていた。下がったとしても、病み上がりに船旅はきつい。強制ではないのだから、無理をして出席する必要はないはず。

 そんな他人事のようにかまえていた弟子に、師匠は「お前が代理で行って来い」と言ったのだ。

 冗談だろー、とライガルトは思ったが、ロドクスは本気だった。

「え、いや、だって、いきなりそんな会議に出ろって言われても、何をすればいいかわからないし」

「お前もそろそろ、一人前と言われてもいい頃だ。会議と言っても、どうせ単なる顔合わせだ。それと、ちょっとした情報交換程度のことをするだけだからな。気負わなくていいから、行って来い」

 軽く言われ、ロドクスの妻エムルからは「いい経験になるわ」と笑顔で言われた。

 師匠夫妻に言われて拒否することもできず、気が付けばライガルトは船上に。

 会場へは無事に着いた。とは言うものの、正直なところ、何をしていたかよく覚えていない。

 名前だけは聞いたことのある高名な魔法使いに会ったりして、ど緊張しながら挨拶したものの、ちゃんとできていたかどうか。半分パニックになりながら、これまた気付けば半日近くあった会議は終了。

 心身ともに疲れ切り、船の切符を買った。とにかく、早く帰りたい。もっとも、今日の船は全て出ているので、乗るのは明日の便になる。

 せっかく滅多に来られないよその街へ来たのだから、それなりに楽しんで帰ればいい。

 頭ではそう思うのだが、緊張が解けると同時に体中の力が抜け、どうしてもそんな気分になれなかった。

 これだけ緊張したのは、人生で初めてだ。きっと十年、二十年後には「いい経験になったな」なんてことを思うのだろうが、今はとてもそんな余裕はない。

 それに、ロドクスの容体も気になる。エムルがそばにいるのだし、単なる風邪ならそう心配することはないのだろうが、それはそれだ。

 おじさんの熱、帰る頃には完全に下がってるといいけど。

 師匠でもあるが身内でもあるので、修行以外の時はおじさんと呼ぶ。師弟として出かけた時につい「おじさん」と呼んで睨まれたこともあるが、それはともかく。

 ロドクスが熱を出すなんて珍しいので、やはり心配だ。

 船の切符を買えば、もうするべきことはない。食事をして、宿で寝るだけだ。どうせなら土地のものを、と思ったが、セリアンもエドルも港街。名物料理はあまり代わり映えしない。地元民が行く店なら、それなりにおいしいだろう。

 どこの店で夕食にするかな、と通りをのんびり歩いていたライガルト。

「そこのぼうや」

 そんな声が聞こえたが、自分をぼうやと思っていないライガルトはそのまま通り過ぎた。

 だが、視線を感じて振り返る。

「そう、あんただよ、ぼうや」

 声をかけてきたのは、小さな老婆だった。

 放置されてしなびてしまったリンゴのように、しわしわの顔をしている。視覚化できるのなら、声もしわしわ。

 物語によく登場する「魔法使いのおばあさん」のような、つま先まで隠れる黒いローブを着ているが、魔法の気配は感じない。余程うまく気配を隠しているならともかく、この老婆は魔法使いではないだろう。

 魔法使いは俺の方だけど、これじゃ見た目だけなら立場が逆転した感じだな。

「俺、もう十九なんだけど」

「おや、そうなのかい」

 ライガルトのささやかな反論を聞いても、老婆は悪びれた様子もない。相手は七十、いや、八十をとうに超えているかも知れない老人。そんな人間から見れば、まだ十代のライガルトなど「ぼうや」なのだろう。

 短い黒髪に、茶色の丸い目。身長こそ高い方だが、まだ少し幼さが残った顔だとは自覚している。だから、なおさら「ぼうや」などと言われるのだ。

 少しむっとしたものの、ここで怒るのも大人げないと、それ以上は言い返さないでおいた。

「あんた、変わった顔してるねぇ」

「いきなり何だよっ」

 ライガルトだって、自分は世界中の女性をとりこにする程の美男子だ、とは思っていない。十人並みか、欲目でもうちょっと上くらい。

 本人はそう思っているのに、初対面の人間から「変わった顔」と言われたら怒りたくもなる。この件に関しては、相手がいくつだろうと関係ない。

「ああ、容姿のことじゃない。顔相だよ」

 ライガルトが怒っても、老婆は涼しい顔だ。

「顔相? ばあちゃん、占いでもやってるのか?」

 変わった顔の意味がわかり、ライガルトはちょっと落ち着く。

「かじった程度だよ。でも、あんたは珍しい顔に見えたから、つい声をかけちまったよ」

「……」

 顔相であっても「珍しい顔」と言われると、複雑な気分だ。どの辺りが珍しいのだろう。何となく「変な顔」と言われているように思えてならない。

「俺、占いなんていらないぜ」

「金なんていらないから、もうちょっとよく見せておくれよ」

 珍しいもの見たさ、なのか。見世物じゃないぞ。

 ライガルトの肩にも届かない老婆は、ローブの中で背伸びしているのか、ほんのわずかだけ背が大きくなる。それでも、縮んだ距離はあってないようなもの。

 彼女の視力はどれくらいなのだろう。これで見えているのか。

「変わってるとか、珍しいとか……俺の顔を何だと思ってるんだよ」

 言いながら、ライガルトは少ししゃがんで老婆に顔を近付ける。

 こんなばあちゃんに付き合うなんて、俺も人がいいな。

「あんた、面白い運命を持ってるね」

「面白い運命? 何だ、それ。どう面白いんだよ」

 運命に面白いだの、面白くないだのがあるんだろうか。さっきから妙な単語ばかり出てくる。

「さぁ。言ったろ、かじった程度だって。全部は見えやしないんだよ」

「ふぅん。わかるのは、珍しい顔だってことくらいか」

 気になってもっとよく聞こうとしたら「ただではねぇ」などというクチだろうか。そういう商売の仕方かも知れない。

「どんな面白い運命になるか、楽しみにしてるよ」

 ライガルトはそう言って、老婆に背を向ける。このまま付き合っていたら、どこでぼったくられるかわからない。

 田舎を出たばかりの頃なら気になっただろうが、今は聞き流せる。セリアンの街に住むようになって、口八丁手八丁な人達もよく見るようになった。まともに相手のペースに合わせていたら、こちらがバカを見るだけだ。ここはスルーするに限る。

「ぼうや。誰かを助けると、いいことがあるよ」

 ライガルトの背に、老婆が声をかける。

「誰か? ばあちゃんじゃないのは確かだよな」

 わずかに振り返ってそう言い、軽く手を振ってライガルトは老婆と別れた。

☆☆☆

 出航は昼前。

 乗る時、何となくいやな予感はしていたのだ。

 まだ正午より少し早い時間だというのに空はやけに暗いし、往路と違って船はかなり年季が入っているしで、正直なところ、ライガルトは乗るのにちょっとちゅうちょした。

 しかし、今キャンセルすれば半額しか切符代は戻らないし、ロドクスのことが心配だから早く帰りたいので、仕方なく乗り込んだのだ。

 これからは、もっと自分の勘を信じるべきかも知れない。

 ライガルトがそう思ったのは、夜と呼ぶには少し早い時間帯だった。しかし、空は月や星のない真夜中のように、真っ暗になっている。

 さらには大粒の雨が船や海面を叩き、強い風が船をもてあそび、波を激しく踊らせていた。

 船に乗ってる奴ら、誰も嵐が来るって予測できなかったのかよっ。

 今更ではあるが、こんな状況になれば文句の一つも言いたくなる。

 船乗りって天候が読めるんじゃないのか。この辺りの海域って嵐が少ないそうだから、平和ボケしたのかも。それにしたって……。

 船が大きく揺れる度に、あちこちから悲鳴が聞こえた。個室も大部屋もあったものではない。

 船外は強い雨風と雷。船内は人々の悲鳴と、物が転がったりする音で耳が痛くなりそうな程の大音量だ。

 そんなに大きくもなく、頑丈そうにも見えなかったから、この船が風や波にあおられて転覆するのは時間の問題のように思える。

 ひときわ大きな悲鳴が、船室に響いた。

 ライガルトは切符代を節約して大部屋にいたのだが、強い風で立て付けがあまりよくない扉が勝手に開く。さらに船が揺れ、小さな子どもが扉の方へ転がる……と言うよりは、飛ばされた。

 それを見た母親の悲鳴らしい。

 その扉を出れば狭い廊下があり、海へ落ちないための簡素な手すりがあるだけだ。そこは天候不順などをまったく考慮に入れていない造りである。

 五、六歳くらいであろう子どもは、小さいからその手すりの間から抜け落ちそうだし、廊下へ出た途端、波にあっさりさらわれそうにも思える。子どもでなくても、暴風で揺れる船内ではまともに立つことは難しい。

 ライガルトは船の揺れに翻弄されながらも、扉の方へ向かった。

 子どもは状況を把握しきれない様子で、それでも開いた扉の端にかろうじて掴まっている。また大きく揺れれば、部屋の外へ放り出されるだろう。

 その前にライガルトが子どものそばへたどり着き、細い腕を掴んだ。

 同じく床を這うようにしてこちらへ来ようとしている母親が目に入り、ライガルトは母親と子どもの腕に見えない綱を結び付ける。そして、子どもを母親の方へと押し出した。

 綱にたぐり寄せられるように、子どもは無事に母親の手の中へ戻る。

 当の親子も他の客達も、綱は見えていない。だが、ライガルトが何かしたらしい、というのは悟ったようだ。

 母親がありがとうと言おうとした時、今まで以上に船が大きく揺れる。

 一瞬、自分の身に何が起きたかわからなかった。ほんの数秒、意識が飛んだのかも知れない。

 どんな経緯でそうなったのか、ライガルトは海に落ちていた。

 うそだろ。俺……嵐の海に落ちた?

 どうにか海上に顔を出して息はできたものの、すぐに波をかぶってむせる。

 あのばあちゃん、誰かを助けたらいいことがあるって言わなかったか?

 荒れる波にあそばれながら、ライガルトの頭に浮かんだのは昨日会った老婆の顔。そして、彼女が口にした言葉だ。

 さっきは必死だったし、ばあちゃんの言葉も忘れてたけど、人を助けたぞ。それでいいことがこれかぁ?

 放っておいても、子どもは自力で母親の元へ帰れた……かも知れない。だが、ライガルトがした行為は、決して余計なことではなかったはず。わずかながらでも「手助け」になっていただろう。

 その結果がこれなんて、納得できない。

 ライガルトは、海水にむせながらも必死に呪文を唱えた。直後、身体がドーム状の薄い膜に覆われる。結界が現れたのだ。

 本来であれば、魔法の影響を受けたりしないように守る、もしくは中の者が出られないようにするために使う魔法。今は水攻撃を受けないようにする、という形だ。これで、呼吸は何とかなる。おぼれることはなくなった。

 もっとも、ここでこんな状態になってしまうと、自らゴム風船の中に入ったようなもの。いくら呼吸が確保されても、波にもてあそばれるのは変わらない。ずっとこんな状態が続けば、揺れで酔ってしまう。

 それに、海上に完全に浮かんでいるのではなく、結界に覆われていても身体の半分は海の中なのだ。これからは夜に向かう時間、気温も下がってくるだろう。

 今の季節が春でも、このままでは体温が奪われてしまうのは確実だ。半人前の結界なんて、いつまで保てるか怪しい。

 どこを向いても、暗い海しか見えない。聞こえるのは、波しぶきと風がうなる音だけ。

 こんなことになるなら、こんな嵐もへっちゃらな魔獣を呼べるくらい、召喚術を特訓しておくんだったな。今の俺じゃ、人間一人運べるような魔獣なんて呼べないし。

 この状況にこれといって効果的な魔法もなく、激しい波に揺られ、どれだけの時間が経っただろう。

 ライガルトの疲労も、次第にピークへ近付きつつある。丸太が近くに浮かんでいるのを見付け、それに掴まった。自分だけで浮かんでいるより、いささか楽になる。

 掴まってからふと、この丸太はどこから流れて来たのだろう、と考えた。

 まさかあの船があれから難破し、その残骸となった一部だろうか。落ちてすぐに船を見失ったから、それもありうる。

 しかし、人のことを心配する余裕はもうない。疲れのためか、意識がもうろうとしてきた。

 ライガルトがこのまま力尽きてしまえば、この結界も長くは保たない。そうなれば、身体が沈むのは時間の問題。

 こういう運命って……面白くないよな。

 ライガルトの意識は、次第に薄れていった。

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