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「何も知らない。」  作者: みょん
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はじまりの日 Ⅷ

失踪事件についての考察編です。

「ふうん、そんな事が起きていたのか」

「ああ、やっぱり把握していなかったんですね。ここから出たのはいつですか?」

「うーん……いつだったかな」


 普通の人なら最後に外出した日が思い出せなくなることはそうそうありませんよ。そんな言葉を飲み込んでサンドイッチを手渡す。私だってそう料理が得意というわけではないが日持ちするものばかりを食べていてはいけない気がして、たびたび料理を持ち込むようになっていったのはいつからだったか。これは私が入学した当初には想像だにしなかったことだ。


……すぐ近くに後輩ができるというのに学校であんな事件が起こることだって想像も、してなかった。


 「君もマメだね。失踪した人間のリストをまとめてくるなんて」

 「いえ。先生からの情報提供された分だけですので…間違いだって含まれているかもしれませんしそもそも不十分な情報です」

 「それでもゼロよりはマシだよ。今は考察材料が一つでも多くほしいのだろう?」


 意外だ。基本的に他人に興味がない天才肌のプラタナス先輩は私が急いでまとめた被害者リストに目を通して考え込んでいる。


 「それで、ヴィオラくんは何か気がついたことは?」

 「……いえ。消えた人間は不作為に選ばれているように感じます。皆一様に、突然姿を消したとのことでしたし……派閥争いというものではないでしょうか」


 魔法使いは特別な存在である。それは皆の共通認識。しかし、その中にも確かに上下関係は存在する。優等生のリリアンと劣等生の私のように。よって、ここには歪な人間関係が出来上がっていた。そもそも排斥されている私にはほとんど関わりがないことだが派閥争いによる事件が度々起きていることくらいは知っている。よって、その線……くらいしか私には考え付かなかった。


 「うん。派閥争いであれば……この人物たちが消えた理由が納得いかないな。もし見せしめであるのならばもっと派手な手段を用いなければならないだろう。その準備段階にしては相手に犯人を見つける時間を与えすぎていると思わないか?」

 「あ、ああ……たしかに。リスキーな割には単純な行方不明だし意図が読めません。もしここに上位の人物だけが読み取れるものがある場合を除いて、ですが。」

 「まあそうだね。ただ……その割には静かすぎる。見せしめにしては不十分なこの行為は挑発行為に他ならないはず。これだけの人物が消えた以上挑発行為を静観しているとも思い難いしね。」

 「つまり、派閥争いの線はないと?」

 「今の段階ではね」


 まあ薄々気がついていたけれど。消えた人物たちは学園内でも人気が高い生徒が多く、派閥争いに巻き込まれたにしては皆が統率もなしに必死に捜索をしている。それだけ今回の失踪を企てた人物…があればの話だが…は周到な計画と綿密な事後処理を以て今回の犯行を行ったのだろう。


 「……」

 「……」


 沈黙が落ちる。私の頭に漆黒がかかる。ああ、私は普段生産性のないことばかり考えているくせにこんな思考能力を必要とする場ではほとんどその思考を活かすことができない。考えることしか脳のない人間のくせに。ぐるぐると意味のないことばかりが頭を駆け巡る。


──自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪。


 だめだ、こんなことに思考を割くな。汗が少し額に浮かんで、カバンからハンカチを取り出そうとするとぱさり、と幾重にも折り畳まれた紙切れが落ちた。1、だとか3だとかのランキングの紙。さらに嫌な気分になってそれを鞄にしまい込もうとした時。


 「ヴィオラくん。それを見せてくれ」

 「え……?」


 先に伸びてきた大きな手がその紙を広げた。それはあの時の下世話なランキングの記事。一体何を、とか言う前にプラタナス先輩は私の持ってきたメモを見ながら何の断りもなくランキングの人名に線を引き出した。先輩の考えが読めずに私もその作業を見守る。本当は見るのも嫌なそれを注意深く見ればランキングにはご丁寧にも名前だけでなくクラス名まで書かれている。先輩が線を引き出したのはとあるランキング。段々と赤く染まっていくそれを見て、私もさすがに気がついた。


 「あ、れ……?」


 不作為に選ばれたような行方不明者たちはあるランキングに収束していた。……"いいお父さんになりそう""いいお母さんになりそう"ランキングが、真っ赤な線で埋められている。もちろん、リリアンの名前も赤で染められた。与太話のようなランキングなのに、何か言いようのない気持ち悪さを感じる。結果、その二つのランキングに名を連ねた人物たちが全員失踪していること、そして、全く関係のない人物がポツポツと失踪している事がわかった。


 「……なんなんですか、これ」

 「偶然にしては全員失踪しているというところが気になるね」

 「ま、まさか、これを見た人が……」

 「いや、これがばら撒かれた当日から失踪は起きたのだろう?この学校の面々を考えれば衝動的な犯行ではすぐに痕跡が残るだろうね」

 「と、なると、これに則った反抗ならばせめて数日前からこの情報を知らないといけなかった……?」


 その通り、と言うようにプラタナス先輩がぱちん、と手を叩く。


 「……で、でも、じゃあどうやって失踪させたんですか?というか、ランキングに乗ってない人も失踪してないことも気になります」

 「そうだね。前者はいくつかの手段を考えられるけど……」


 とんとん、とプラタナス先輩の指が名前の横のクラス名を指す。


 「たとえば、呼び出しの手紙。さっきのランキング名的に他者に親切な人物ばかりがターゲットにされているとするならば。……絶対に誰にも言わないで、とでも一言を添えて人気のない場所に呼び出せば何の痕跡も残らないし、予防策として手紙に魔法をかけておけばいい。クラス名さえわかれば呼び出しの手紙を置いておく事は簡単だからね」


 そして、と前置きをしてプラタナス先輩が記事の隅の新聞部と書かれた記載を指差す。


 「……そして、その他の人物に関してはきっと攫った人物にとって想定外の客人であった。それでも容赦なく攫っているところを見るとランキングの人物に特別執着しているとは言い難いな。まるで、"この人たちを狙うけど別に違う人物でもいい"と言っているように思える。」

 「……つまり、相手を選びはするけどその条件を絶対的なものとしていない……?誰でもいいけど強いて言うなら、という風に選出したということですか?」

 「うん、僕の仮定だけどね。まあ本当にただの独り言程度に流してほしい。ヴィオラくんがひどく頭を悩ませているみたいだったから僕もあまり生産性のないことを考えてみたかったんだ」


 生産性のないこと、ときた。やっぱりこの先輩は他人にほとんど興味がないみたいだ。それでも、道は見えた。立ち上がった私にサンドイッチを口に含もうとしていた先輩が目を向ける。


 「いくのかい?」

 「ええ。先輩の意見は、私にとって信頼にあたるものです」

 「おや、光栄だな」


 安楽椅子探偵の声を背中に私は駆け出す。少ししてもう一つの足音が私に連なった。

読んでいただきありがとうございました

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