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「何も知らない。」  作者: みょん
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はじまりの日 Ⅵ

異変が起き始めます

「はぁ…………」


 今日のため息は朝から数えて通算7回目。数日前に結局ばら撒かれてしまったあの記事のことでからかわれる回数は何回…だったっけ。


「おや、道を間違えたのかい?イナノ地方ならあっちだよ」


 くすくすという笑いとそんなからかいの声に曖昧な笑顔を返す。卑屈な私の反応を笑ってその人は去っていく。この繰り返しだ。というかカノン先輩はヴィオラが私であると知っていながら何も修正せずに発行したのか。優しげに見えてその本性はやはり捉えにくい人のようだ。今日は治癒魔法の授業が朝から行われる。私に声をかけやすい人々はクラスの方が多い。さて、あの私という劣等生を見下している人々は、格好のネタを渡されたどんなことを言うのだろうか。


「…………」


 そんな私を迎えたのは沈黙だった。いつものように息を殺して教室に体を滑り込ませると何かを期待したようにツインテールのクラスメイトが私を見て、それから落胆して顔を俯かせる。どこか異常な雰囲気。私には関係がないことだけれど。むしろ、私にかまわないでいてくれるのはいいことなのではないか。そう思う自分はいるけれどクラスメイトの陰鬱な空気が気になって仕方がない。まるで穴がぽっかりと空いてしまったような、喪失感がクラスにある。こんな時、空気を変える誰かがいるはずなのに、それは現れない。


「ねぇ、ちょっと」

「……?」

「ヴィオラさん」


 そんなことを考えつつ一人席に座っていた私に歩み寄ってきたのは淡い金髪のツインテールの少女。目の下を微かに赤くした彼女は私を……睨みつけて、いる。見下されることはあってもここまで明確な敵意を向けられることは少ない。だって、下に見ている人間に敵意を向けられる時なんてそれが歯向かってきたり気に食わなかった時だったりくらいだろう。


「ねぇ、リリアン、どこに行ってるか知ってる?」

「リリアンさん?……いえ、私は授業以外では……」


 知りません、と首を振ると女子生徒がわなわなと震えた。どうしたのかと考えるよりも前に私の服の襟元が掴まれる。微かに絞められるような息苦しさに思わず顔を歪めると慌てた様子の他の生徒が女子生徒を抑えた。


「ちょっと!何してるのよ!リリアンはこいつに何かされたに違いないのよ!」

「落ち着け!ヴィオラさんがやったなんて証拠はないしそもそもこいつにできるわけがないだろ」

「……?」


 解放されてなんとか息を整えていると目の前で会話が急速に進められていく。どうしたんだろう、さすがにこんなこと、今までになかった。というか、私がリリアンに何かしたって何なんだ。何が起こっているの。そんな取り止めのない思考の答えは、ヒステリックに叫んだ彼女によってもたらされた。


「だって、リリアン、どこにもいないじゃない!どこ探しても見つからないし、連絡だって取れない!あの真面目な子がそんなことするわけない!何か、何かあったのよ!……きっと、きっと、こいつがリリアンを妬んだのよ!自分だって怪我を治せたのにリリアンの方が完璧に治せたからってきっと嫉妬したのよ!それ以外にリリアンを襲うような動機を持ってそうな人なんていないわ!」

「……ヴィオラさん、こっち」


 眼鏡をかけた女子生徒に誘導されて、私はあの女子生徒から引き離される。心のどこかで無茶苦茶なことを言っているのを理解していたのか追いかけてくることはない彼女は、しかし感情の昂りによって浮かんだ涙を隠さずに私を睨みつけてくる。メガネを直した女子生徒の目の下も赤くなっている。詳しい事情はわからないがリリアンに何かが起きたこと、そしてリリアンがいかに慕われているかを眼前に見せつけられる。わたしがまだ何もわかっていないことをわかったのだろう。理知的なその子は私に小さく話出した。


「……昨日から、ね。リリアンさんが寮にも戻ってこなくて。もしかして出かけたのかと思って今朝教室でみんなで待ったり連絡を取ったりしたんだけど、なにも、なにも、こたえて、くれなくて……っ、ごめんなさい、みんな、不安なの。だから、リリアンさんに何かあったら、伝えて、ください」


 静かに頭を下げた女子生徒。この人には見覚えがある。あの治癒魔法の授業で陰口を叩かれていた私をリリアンと心配そうに眺めていた生徒。憔悴しきった様子の彼女がフラフラとまた座って連絡機器を持って連絡を取り始める。地獄のような空気の中、しばらくして授業の中止が先生によって告げられた。その言葉と共に一部のクラスメイト達は駆け出していく。先生の静止の声に耳もくれずに。きっとリリアンを探すのだろう。


「はぁ……仕方がない。君たちでも聞いてくれ」


 先生がため息を一つ。静止はしても追いかけはしないところ、きっとリリアンのことを知っているのだろう。いや、それにしても少しおかしいけれど。皺の目立つ顔を歪めて私たちに向き合った先生は静かに口を開いた。


「あの反応を見る限りもうこのクラスにも伝わっているのだろう。この学校で生徒の失踪事件が多発……いや、多数の生徒が失踪している」


 息を呑む音がクラスで聞こえた。あれ、リリアンだけじゃない?先生の話によると、2日前から生徒が連続で失踪をしているらしい。リリアンはそのうちの一人だということだ。クラス内で話題に上らなかったことが少し不可解だが基本的に他者には興味がない人間が多い学校の校風としてはまあ飲み込める範囲だろう。ここまで大騒ぎをされるリリアンの方が特別な存在なのだ。


 俯く私たちになるべく一人で暗い場所に出歩かないこと、失踪した生徒の情報があれば伝えること、と伝えてから先生は去っていく。にわかにざわめき出した教室で私はある人の元へと向かうことを決めていた。

読んでいただきありがとうございました。

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