はじまりの日 Ⅴ
「はぁ……」
「おや、ヴィオラくん。随分と大きなため息だね」
「それ、私の話を聞いた感想ですか?」
ちょっと興味深そうにしていたからあの完全に人を舐めているとしか思えないランキングについて話をすれば、どうやらこの天才が興味深かったのは私のため息だったらしい。まるであんな順位なんて気にする必要がないというような態度に自分の小ささを思い知らされた気がして言いようのない劣等感に襲われた。
「ああ、うん。特に話の内容には興味深いものがなかったからね」
「"学園の王子様"はあんな感想には興味がないことがよくわかりました」
「興味がないというよりは思考を割く必要がない、の方かな」
この男、この手の話に全然興味を示していない。照れくさいと思うとか光栄だと思うとかの感慨は一切ないらしい。私は田舎娘という感想に未だに心を支配されているというのに。
「そもそも信憑性のない他人の評価には耳を傾ける必要性は特にないからね。例えば僕には王家の血は流れていないし」
「あの、その王子様とは意味が違うのでは…」
「おや、そうなのかい?王家の血筋出ないことを理解した上で僕をそのように形容したのは少し面白いね、まあ、近くの入学式で本物の王子が入学してくるわけだし、その点を鑑みると効率的な評価とは言い難いな」
面白いね、と言いつつその目線は手元の資料と私とでうろついてる辺りその言葉は本心ではないだろう。ろくに話も聞いてくれずに一方的に話を捲し立てていた頃よりは私の話に耳を傾けてくれている方だけど。
「まあ私が田舎娘だと言われてますし。佇まいに高貴さを感じたとか憧れの集まる存在だとかの理由でしょう。人の雰囲気を掴む点に関しては見る目があるのではないでしょうか」
「僕はそうは思わないけど」
「ああ、たしかに。この部屋を見れば普段の振る舞いの高貴さは吹き飛んでしまいますね」
「うん。それもあるけど」
あれ、自分に対する王子様という評価に対する話ではないのか。思わずぱちくりと瞬きをしてしまう。プラタナス先輩の緑の瞳を見て、今日あったカノン先輩を思い出す。カノン先輩が若草を思い出させる瞳であるならば、プラタナス先輩のそれはエメラルドに例えられる。キラキラとした宝石のような瞳。否応なく引き寄せられるような輝きに目を奪われた。
「僕は君を田舎娘だとは感じないということだよ」
「先輩でもお世辞を言うことはあるんですね」
「世辞ではないさ」
こつこつ、と高そうな革靴の音を鳴らして美男子がこちらに近づいてくる。細いようでしっかりした指が断りなく私の髪に触れてさらり、と弄んだ。白磁機のような指に私の鼠色、と言われた髪の毛が絡む。
「私の鼠みたいな髪を触るなんて趣味が悪いと言われてしまいますよ、先輩」
「僕は君の髪を鼠みたいだとは思わないな。この国では珍しい銀灰色でとても美しい」
「え、あの……」
ぐっと先輩が私の方に身を乗り出して頬に手を添えてくる。頬に先輩の手の、ひんやりとした感触が伝わってきて近くに王子と称される程の端正な顔が私を見つめてくる。鮮やかな宝石のように輝く緑の瞳に、私の瞳の色が反射する。
「うん、僕としては君は蔑称としての田舎娘、と言われるような存在ではないと思うよ。まあ君としては僕の評価は君という批評家の、その他大勢の評価の一つに過ぎないだろうけど」
「あ、あの、顔…」
「けど君の顔立ち、パーツの配置、色合い、を鑑みるに……」
「顔、近い、です」
「ああ、すまない。君の容姿を考えるにあたっては近くで観察するべきだと思ってね」
なんてことなさそうに離れていくプラタナス先輩とは裏腹にどくどくと私の心臓が高鳴る。私の頬は熱いというのに目の前の天才様の顔色は全く変わらない。もう、なんで、私ばっかり。
「まあとにかく。君に対する評価は君が目にしているものが全てはないことだ。その上で、如何なる場面でも否定的なものを正とするのは君の特性だけど」
何が言いたいのか全くわからない私をよそにまたプラタナス先輩は思考の海に沈み込んでいく。この後私の容姿についての考察――という名の無自覚褒め殺しによって私が黙りこくるしかなくなるのはそう遠くない頃だった。
それと、問題なく印刷されたランキングを見て私の方を見てくすくすと笑う人間が増えたことも追記しておこう。
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