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「何も知らない。」  作者: みょん
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はじまりの日 Ⅳ

まだ物語は動きません

「わ、わっ……!」



 ぱしん。視界が真っ白になって私の思考は霧散した。呼吸が苦しくなって、何かが顔に張り付いたことを理解する。


……紙?


下手なことをして因縁をつけられても困るし、となるべく丁寧にそれを顔から剥がす。そこに描いてあるのは学校の正式な書類とは思えないくらいの明るいポップな字体と、順位のようなものと、いくつかの人名。私の知っている名前がある。その中に"ヴィオラ"と言う文字を見つけて私はまじまじと紙を見つめた。そして、すぐに後悔することになる。


「……ランキング?」


 それは、非公式ランキング。学園で一番お嫁さんにしたい人ランキングのような、その手の悪ふざけの産物である。


 私のよく知っている名前――プラタナスは学園の王子様ランキングやらの頂点に鎮座している。まあ綺麗な顔をしているし天才だし、あのゴミまみれの部屋を見ていなければ王子という名にふさわしいだろう。


 後は、リリアンはいいお母さんになりそうランキングにランクインしていた。学生の身分でいいお母さんとは、と思ったが見ればいいお父さんランキングの方も合わせて学園でも面倒見のいい人気者の名前が連なっている。治癒魔法の使い手が多いのはやっぱり治癒行為にはそのような印象を与えるのだろうか。


 そして、私の名前が乗っている田舎者ランキング、という文字を見て私はすぐに目を逸らした。

 ――非公式とはいえこれを配布するつもりなのか、もう配布されているのか。

 まさかこんなところでも。コメントとして添えられた故郷を思い出すね、という文字すらも皮肉に見える。あなたたちの故郷は田舎ではないでしょうに。偽りの郷愁に浸らないでほしい。


 いっそのこと捨ててしまいたかったがそんなことはできない。記事の隅には新聞部という記述がなされている。ご丁寧に学園非公認という文字すらも。印刷を許可する印が押されていないところを見るにまだ交付されていないのは幸いか。いや、結局のところは学園中にばら撒かれるのは変わらないけど……


「あ!ごめんなさい!」

「あ……」


 上履きの音、軽やかに揺れる若草色の髪。モデルもかくやという長身に細身の女性はボブショートを軽く手で押さえたその人は笑った。どこか悪戯っぽい初夏の風のような笑顔だった。


「ごめんなさい、原稿のチェック中だったのだけれど…風に煽られてしまって」


 そう笑って頭を下げる人は、この学園の有名人。カノン先輩である。新聞部の副部長にして死霊魔法主席。死霊魔法について私はあまり詳しくないが魂や幽霊を操る魔法、らしい。詳しいことは知らないけれど倫理的な問題からあまり好まれるとは言い難い魔法を操り、その才能で文句を言う周囲を黙らせてきた――先輩。

 経歴だけ聞けば恐ろしい先輩に見えるその人は人懐っこい、けれど掴み難い猫のような笑顔を浮かべて私から非公認のチラシを受け取った。


「ありがとうございます。ふふ、中身見えちゃいましたか?」

「え、ああ、まあ……」

「後輩たちが面白がって作ったんです。不快になってたらごめんなさいね?」


 ――とても、不快になりました。

 そんな言葉を飲み込んで曖昧に笑む。人懐っこい笑顔なのになんだか寒気がして目を逸らす。東洋の国の髪飾りを長い指でいじりながら淡い緑の瞳が私に向かって細められた。


「とにかく、ありがとう。承認されるかはわからないけれど一応は先生にお見せするものだからなるべく汚れは無い方がいいから、貴女が丁寧に扱ってくれて助かりました」

「い、いえ……こちらこそ、よかったです」


 上手く口が回らない。なんだか、この人は、怖い。私の様子を知ってか知らずか、またボブを揺らしたカノン先輩が丁寧に頭を下げて私に手を振った。


「それでは。……あ、そういえば。お礼代わりになんですが」

「はい……?」


 プライドの高い生徒が多く通っているせいか、お礼、というこの学園では割と聞き馴染みの無い言葉に目を白黒させながら私も一応はカノン先輩に目を向ける。淡い緑の髪と瞳が私の視界で煌めく。きゅ、と猫のように目を細めた先輩が、私の手に指を絡めた。


 ――あれ、いつの間に、近くに。


 指と指が絡んで体温がじんわりと伝わってくる。体を離したいのに離せない。カノン先輩の持つ独特な圧のようなものが私に身動きを許さない。


「最近は物騒ですから。暗くなったら裏庭には近づかないでくださいね?



 ヴィオラさん」

「……!」


 まるで猫のように気ままに指を離した先輩が私を放って歩いていく。私といえば全身に鳥肌が立ったような、なんとも言えない不安感に襲われてポンチョを握ることしかできなかった。

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