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「何も知らない。」  作者: みょん
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はじまりの日 Ⅰ

「ヴィオラさん、ありがとう!」

 何がありがとう、だ。私はやるなんて一言も言ってないのに。

「助かったよ。図書館に用事があったんだろう?」

 用事があるなんて言ってない。しかし、そんな内心に反して私の顔は歪な笑顔を作る。この学校の"天才様"たちには敵わない。ここで変に反抗して敵を作る方が嫌だった。

「いやあ、この前の治癒魔法のテスト、ヴィオラさんの諦めない心に感動したよ。あんな小さな怪我でも丁寧に丁寧に時間をかけるんだなってね。治癒魔法は本当に大切な魔法だからなあ。なんたって怪我を治してくれるんだもんな」

「ふふふ、動作を丁寧にするのは淑女の嗜みですものね。それは遠い遠い村でも変わらないことで安心したわ」

 私はこの目がどういうものなのか、痛いくらいに知っている。相手よりも自分がはるかに優位だと感じて見下す目。私みたいな凡人は卑屈な笑顔を浮かべて流すことしかできない。


 けらけら、ふふふ。


 そんな笑い声と一緒に私の手の中にいくつもの本が残された。本をここに置いて行くわけには行かないし、この場でぼうっとしているのは既に震え出している腕が耐えられないだろう。ため息をついて、図書館の方向へと歩き出す。視界の端で二つに束ねられた大嫌いな鼠色の髪の毛がゆらゆらと揺れた。


 ――ここは、王立魔法学園。天才たちが集う場所。地獄みたいな田舎から出てきたと思った私が放り込まれた新たな地獄であった。腕に重くのしかかる本に書かれたのは「電気魔法入門」「火炎魔法術」「心理操作魔法の記述」――魔法、魔法、魔法。魔法ばかりの本。私たちが学ぶもの。選ばれた者にしか使えないもの。

 魔法を使える時点で私たちは天才だと称され、外部の人たちはここを天才しかいない場所であると認識しているようだ。ええ、確かにその認識は一部正しい。本当に才能がなければ魔法を使うことしかできないのだから。

 ――しかし、ここに集うものが皆同じくらいの天才だと、対等であるというわけではない。確かにここには格差がある。この格差は持たざる者には認識できないかもしれない。魔法を使えない者からしたら見ることのできないくらい遥か上に彼ら天才たちがいるのだろうけど、私たちには下手に見えてしまう分、劣等感は強く感じているかも。


 とにかく、天才の集う場所であるここには明確な上下関係があるのだ。そして、確実に下にいると分類されるだろう劣等生。それが私であった。


「はぁ……」


 やっとの思いで図書館について手にした分厚い本を棚に戻して行く。いつも大量の本を持って部屋に入ってくる私の顔を覚えたのだろうか。分厚いメガネの少年がこく、と小さくお辞儀をしたので私も同じく頭を下げておく。魔法学入門。"ま"の棚を探さなくちゃ。と足を踏み出したのとか細い声で声をかけられたのは同時だった。


「あ、あの……お手伝い、します!」


 ゆっくりとそう言って近づいてきた少年は、存外に背が高い。乱れた黒髪の隙間から黒ぶちの眼鏡と メガネのレンズに覆われた赤い瞳が見えた。


「お気に、なさらずに」

「い、いえ!そんなたくさん、大変そうですからっ…」

「え、ありがとうございます…?」


 ほとんどひったくるみたいに分厚い本を取られて驚くと共にこんな人助けをするような人がここにいたんだ、と我ながらおかしな驚きを感じる。背を丸めてはいるけれど高身長なことがよくわかる彼が迷いなく本を片付けていくのを私は一冊の本を持って立ち尽くしたまま思わず見入ってしまう。そういえば彼も面倒だろうにずっと図書館のカウンターに座っている人である。まさか本の配置まで覚えているのだろうか。圧倒的蔵書数を誇るこの館内の、全てとは言わずともあんなふうに迷いなく動けるのは間違いなく普通ではない。……本当にこの学校にはおかしな人しかいないな。劣等感がこんなところでも刺激されてしまった。


「そ、そちらの本は……!」


 驚いた。ふと物思いに耽っていただけなのに全部を棚に戻してしまったのか。どんなに焦ったのか頬を紅潮させている彼に私も現実に引き戻されて、慌てて頭を下げる。村の人からもらったベレー帽を落ちないように手に持って礼をすれば恐縮するように図書委員らしい彼が震えたのが見えた。


「いえ、流石にこれは私が戻します。ありがとうございます。……一人ではちょっと大変な量でしたので」

「い、いえ、そんな……!あの、ヴィオラさん、ですよね?」

「え、ああ……はい」


 どうやら目の前の彼は私のことを知っているらしい。きっと良い噂ではないだろう。女神くずれ?治癒魔法使いの劣等生?それとも身の程知らず?身構える私の様子に気がついていないのか。より頬を赤らめた彼がハッとした様子で頭を下げる。


「あ、ぼ、僕!ルピネ、と言います!前からよく来てくれますよね、ヴィオラさん……ふ、ふへ……」

「はい。確かに訪れることは多かったですね……?」


 驚いたことに彼に馬鹿にされることはなかった。落ち着きのない様子の彼はしきりに私に目線を送るけれど何を言いたいんだろう。何だか居心地が悪くなって目の前の棚に最後の一冊を戻す。その間も視線は背中に突き刺さっていた。


「今日は、ありがとうございました」

「あ、あの!」


 お礼を言って出ようとしたとき。私の目の前に何かが差し出される。それはドライフラワーのようなものだった。少年……ルピネは花を私に差し出して存外に綺麗な赤い瞳と負けないくらい赤らめた頬をこちらに向ける。


「これ、貴方に似合うと思って……ま、また、図書館に来てください!」


 それだけ言い残した彼は慌ただしく去っていった。私の手元に残されたのは淡い紫の花。花に詳しくない私にはこれが何の意味を持つのかはよくわからない。私が後から入手できた情報は、これはリナリアという花であるということだけだった。

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