第二章:協力者
佳澄さんの遺体が発見された1時間後に私は電話で叩き起こされた。時刻を確認すると朝6時前。表示している名前は先輩……、嫌な予感しかしない。
目を擦りながら電話に出ると、なにやら佳澄さんが発見されたと大声で叫んでいる。現実を認識できないでいたが、起動途中の脳みそは先輩の一言で無理やり活性することになる。
「遺体が発見された」
朝から聞くには随分と乱暴なフレーズだ。
言葉が詰まるとはまさにこういうシチュエーションかもしれない。そう自分に言い聞かせ、先輩に尋ねる言葉を構築しながら、だんだん頭の中が鮮明になっていく。
「どこで発見されたのですか?」
「多摩川の河川敷だ。場所的には二子玉川駅の近くだ」
……二子玉川、私たちが捜していた場所と全然違っていた。確かに大井町線に乗れば電車で行けるけど……、分からない事だらけだ。
「何故、そんな場所に訪れたのでしょう?」
「わからん。それを調べる為にもこれから現場に向かうぞ」
「えっ? これからですか?」
「ああ、もうお前のマンションの前に車を止めてある。待っててやるから直ぐに降りてこいよ」
電話片手に窓辺まで近づいてから、少しだけカーテンを開けた隙間から覗いてみた。年代物のミニクーパーが停車してある。あの白い屋根と赤い車体は先輩の車で間違いないだろう。身体が大きい癖になんでそれを選んだのか一度だけ聞いた事があったが、ロマンだと一蹴された。私には理解出来ないが、品川のビュッフェを馬鹿にされたら似たようなセリフで一蹴するから同類かもしれない。
「分かりました。少しだけ待ってください」
慌てて髪をとかし、軽く化粧を済ませて下に降りたのは20分後だった。先輩は何も言わなかったが、待たせた後ろめたさが付きまとう。車に乗り込み重苦しい雰囲気を和らげたのは意外にも空腹による私のお腹の音だった。ぐうぅぅ……、突然響く音に無言だった先輩が笑いだした。私は恥ずかしくて咳払いで誤魔化そうと目論んだが不発に終わる。仕方なく自ら打ち明けることにした。
「先輩、お腹空きました。途中でドライブスルーかコンビニに寄ってもらえませんか?」
「そんなの予想の範疇だ。後ろの席に飯あるぞ」
その一言に脊髄反射の如く反応し、後部座席にあるビニール袋をガサガサと漁った。期待で胸がはずんでいたが、敢え無く撃沈する。健康・栄養食品で有名なゼリー飲料だった。贅沢を言うつもりはないけど味気ない朝食を無言ですませ、空腹はどうにか治まった。昼は絶対に見た目にも楽しめる食事を誓いながら、ぼーっと外を眺め続けた。
事故現場に辿りつくと朝が早いためか、河川敷の影響か分からないが野次馬の数は少なかった。私たちを含めて6人だった。それよりも警察官の数の方が圧倒的に多い。おなじみの立ち入り禁止の黄色いテープの周りには、警察官が等間隔で見張っているので中に入ることは叶う筈もない。作戦変更したのか先輩は警察官に食い下がっているマスコミらしいおじさんに声を掛けた。
「やっさん、朝から精がでるな。ちょっと、状況教えてよ」
その声に反応したやっさんは此方に振り向き、応対していた警察官は安堵の表情を浮かべている。
「おっ、哲っちゃんじゃんか、ここには芸能人なんていねえぞ」
「俺も出世してさ、芸能関連は卒業したのさ」
「へえ、出世かどうか分からねぇが、大した情報はないからな」
先輩がやっさんとやり取りしている間に、私は現場周りを観察することにした。佳澄さんは何を思い死ぬことを選択したのだろう。彼女と一緒に亡くなった若者達は知り合いだったのか。微々たる情報では何も解明出来ない。現場の空気に触れれば何か分かるかと期待したが無理な望みだった。自分の中で焦りだけが増えていき、安心感は擦り減っていく。絶望の闇に飲み込まれそうになりかけた時に引き止めたのは先輩だった。
「真冬ちゃん、ここは引き上げて帰ろう。そんな顔するな、ベテランの俺でも良く分からなのにお前が背負い込む必要はない。お前は俺の相棒なんだから、俺を頼って前に進めばいいんだよ」
「もう~、キザなセリフは似合いませんよ」
胸につっかえていた何かが剥がれ落ち、いささか楽になっていた。
一人ではシセンを解明出来ないかもしれない。でも二人なら……、自分に足りないものが沢山あるのは自覚している。今は先輩を信じて前に進もう。
私は先輩の車に乗り込み、自宅まで送ってもらった。
◇◇◇◇
自宅に着いた時に先輩から出社は午後からでいいと言ってきた。朝が早かったのでもう一度寝ようか悩んだが、気分がすぐれずに寝つけない。仕方なくベッドに腰かけた状態でリモコンを手に取るとテレビの電源を入れた。ニュース番組では佳澄さん達の事件を放送していたが、どれも先輩から聞いて知っている事ばかりだった。
ほとんどが二十代前半か十代後半の若者達。現段階では共通点は見つかっていない事や争っている点が見つからないため、集団自殺の可能性が高い。確かに川底は深くないし、流れも緩やかな方だろう。おかしな点は警察関係者が既に気づいていいるはず。入水自殺をするなら靴を脱いでから水に入るのが普通だと思うが、彼らは全員が靴を履いたままで入っていた。私にはそれが余計に不気味に思えた。
考えたらお腹が空いてきた。緊張感のない食欲旺盛な胃には困り者だけど、今は気持ちの切り替えが出来たので良かったのかもしれない。吸い寄せられるように台所に行くと、フライパンでベーコンを炒めてから卵を落とした。ベーコンエッグの完成だ。セットしていたトースターから食パンの焼けるいい匂いがしてきた。食パンの上にベーコンエッグを乗せてからリビングで食べることにした。
相変わらずニュースは同じ情報を繰り返している。すでに知っているのに番組を見ながらベーコンエッグトーストをぺろりと平らげて、コーヒーを一口飲みほっとする。
……彼女たちは何故自殺するのだろうか。マインドコントロールを疑っているけど、そこまで人の精神を乗っ取ることなんて可能だろうか。仮にシセンを通して第三者が指示していたとしても集団催眠なんて起こることは考えにくい。普通に考えると薬物と使った催眠だけど、それなら警察が発表していたもいいはず。
私はテーブルに置いてあるスマフォを手に取ると、梟のアイコンをタップしてシセンを起動した。その時に気づいてしまった。タイトルバーの背景の意味に。
……あれ? これって……、佳澄さんの入水自殺に関連している?
タイトルバーは水色の背景色に水滴模様が浮かび上がっている。その前は黒背景に炎みたいな模様だった。美鈴は焼死。
まさか、死を連想させている……。きっかけは占いなの? それとも……。
次々に人が死ぬシセンはまさに死を占うアプリ。……まさに死占だ。
自分の正義感なんて人並み程度だろう。いくらマスコミ関連の仕事をしていたとしても命を投げ出すなんて出来る人は極小。私は大多数と一緒で無難派。
時に人は思っている事と違う事をしてしまう時がある。まさに私がそうだった。占い画面を立ち上げて占いの開始ボタンをタップしてしまう。受話器を耳に当てて発せられる声に集中して聴いた。
「今日一番の運勢は金運です。外に出かけると運気アップします。ラッキーカラーは赤です」
何故か一瞬ヒリヒリした。占いを聞き終わってから後悔する。早まった真似をしたことを。自分で自分の行動を理解出来ない。シセンを落としてから二度と占いはしないと決めた。まだ死にたくないから。家に一人でいるとまた愚かな行為をする恐れがあったので、会社に行く準備を始めた。
テレビを消してから戸締りをして、ドアを開けた瞬間に手に持っていたスマフォがブルブルと振動する。思わず落としそうになったが、手を離すことはなかった。新着メッセージが来ていたので開いて見ると、さっきの行動を激しく後悔してしまう。
『真冬さん、最近、毎日夢で占いを見てしまいます。どうしたらいいですか? 連絡ください』
風香ちゃんからのメールに動揺が治まらなかった。まさか、夢にまで占いが出るなんて。
先輩と連絡を取ってから風香ちゃんを会社に呼ぶことにした。詳細を聞く必要はあるけど、これまでの事を振り返った方がいいのかもしれない。大森駅で風香ちゃんと待ち合わせてから私たちは会社に向う。彼女を一目見たときに顔が緊張で強張っているのが伝わった。
当然だよね……、死ぬかもしれないのに楽天的な表情なんて出来るわけないものね。私も気持ちを引き締めなおさねば彼女に失礼だわ。
エレベーターに乗り込んでから3階で止まるとドアが開く。私の職場は目の前。一度彼女を見てから扉の横に設置している入室用のカードリーダーにIC認証をかざしてからドアの施錠を解除した。我社は機密情報が多いのでアンチパスバックを導入している。
入室する際の認証の記録が無いと退室時の認証を許可しない仕組みで、導入している企業も多い。たとえ誰かの後ろについて入っても、出る際にも退出用のカードリーダーにIC認証しないとドアが解除されない。セキュリティとして安心なシステムといえる。入り口から見える光景は沢山の人たちがせわしなく動いていた。
「ここが私の職場だよ」
「なんか場違いな感じですね。空気がひりついているというか、なんかその……」
「ここは忙しくて仕事に追われた人が多いから、みんなピリピリしているのよ。でも大丈夫よ。あっちの会議室に行きましょう」
「あっ、はい」
彼女を誘導して予約済みの会議室に連れて行く。電気をつけてから椅子に腰掛けていると、入り口からいかにも飲み物が入ってそうなビニール袋を片手に持っている先輩が姿を現した。
「おう、風香ちゃんここまでご足労だったね。これでも飲んで一息ついてよ」
「ありがとうございます」
彼は風香ちゃんに片手を上げて軽く挨拶をすると、全員に飲み物を配った。
いつもの自販機で買う紙コップではなくペットボトルのお茶だった。今日は長丁場になるかもしれないことを予想しての行動なのか。気が利くのは素晴らしいが、ちょっと抜けているのは私が苦手なお茶を把握していない事だ。せっかく貰って申し訳ないけど飲めないものは仕方がない。前に同じ物を貰ったときに苦手と伝えたのに忘れているなんて。落胆している私の前に缶コーヒーが置かれた。
「真冬ちゃんはこっちのが良かったな。確かそれは苦手だったよね」
「ええ、覚えていたんですか?」
「正直なところ、今さっき思い出した。念のためにコーヒーも買っておいたんだ。気が利く男って希少価値高いぜ。ぜったい自慢の旦那になると思うけどな」
ドヤ顔の先輩を軽くスルーしたけど、向かいに座っていた風香ちゃんはその一言に凄く反応して目を輝かせてこちらを見ている。
「真冬さんと長谷川さんは付き合っているの? でも、お似合いですよ。いいなあ、私にも素敵な男性が現れないかな」
女子高生だからなのか、彼女は恋バナが好きみたいだ。このまま勘違いさせるのも申し訳ないのですぐに否定しておく。
「ううん、付き合ってもないし、恋愛感情なんて1ミリも持ち合わせていないのよ。先輩の悪ふざけだから気にしないでね」
「そうなんですか。分かりました。勘違いしてすいません」
「分かってくれて嬉しいわ」
シュンとした風香ちゃんを微笑んでから、先輩を睨みつける。大柄な先輩が反省したのか頭を垂れていたので許すことにする。場の空気が和らいだところで、風香ちゃんの夢の話を詳しく尋ねてみた。
「ところで風香ちゃん、夢に占いが出る話を詳しく教えてもらえる?」
いきなり話を振られてびっくりしたのか、彼女の体がピクッと反応していた。考えを頭の中でまとめているのか、直ぐには喋らなかった。私たちも焦らせる必要はないのでそのまま待つ。カップ麺が出来上がるくらい待ち続けると、真剣なまなざしをした彼女が重い口を開いた。
「始めて見たのは正確には分かりません。夢って、起きてからしばらくすると忘れるじゃないですか? それもあって最初は気にしてなかったのかもしれませんが、二日前から自分が死ぬ占いを見ました。それは凄くインパクトが大きくて、頭にこびりついて忘れたくても覚えていました。すると、昨晩も同じように自分が死ぬ夢を見ました。これって偶然じゃないと思います。私、死ぬんですか?」
彼女は自分の運命を悲観している。切羽詰まって私に訴えているが、回答が難しい。下手な事は言えないし、必ず助けると誓えない。まだ何も分かっていないから。言葉を発しようと意気込んでいたら、先輩が先に答えた
。
「俺たちは君を必ず助けたい。努力を惜しまないで、一秒でも早く解決したいので協力して欲しい。今必要なのはシセンを解明するための知識だ。これが紐解ければ君を救い出せるかも知れない」
「……分かりました。知っていることは全て話しますので質問してください」
「私も全力で協力するから」
「はい。真冬さんもよろしくお願いします」
気丈に立ち振る舞う彼女を見ていると涙腺が緩みそうになる。……この娘は本当に強いわね、当り散らす事もせずに恐怖と戦っている。
早く真相解明するために彼女に夢の内容を聞く必要がある。
「夢で見た占いを教えてもらえないかしら? たしか自分が死ぬ占いなのよね?」
「ええ、顔がない人が現れて私に言うんです。お前の死因を占ったら首吊り自殺すると出ているよって、それを聞いたら怖くて夜中に起きました」
「顔が無い人か……、それに首吊り自殺。まったく嫌な夢よね。先輩はどう思われますか?」
「俺か? そうだな……、風香ちゃんはシセンの占いはしょちゅう聞いているの?」
先輩の質問に彼女はキョトンとした顔で少し離れた位置に座っている先輩を見ている。そんなに的外れな質問でもないかもしれないけど。私もそれに関しては気になっていたので続けて質問する。
「前に佳澄さんと一緒にあった時に無意識に占い聞いていたけど、覚えている?」
「いえ、覚えていません。わたし占いしていました?」
「ええ、二人して占いをしていたわよ」
私の質問に二人とも絶句していた。そういえば先輩にこの事を伝えるの忘れていた。こんな時に自分のミスが発覚するとは情けない。もっと私より優秀な先輩を頼らないと解決出来ないのに。
戒めのために自分の右頬に平手打ちした。静まり返ったした室内にバシンという音が響く。何が起きたのか理解出来ない彼女らに説明させずに先輩に問いただした。
「先輩前にシセンをネットで調べてましたよね?」
「ああ、色々調べたけど大した情報は手に入らなかったぜ」
「シセンの作者についてはどうでしょうか?」
「あまり分からなかったけど、シセンはRENという人物が作り出した事は分かっている。アプリのヘルプにあるバージョン情報に載っている名前だな。SNSの類はやってなくて検索してもヒットしなかった」
作者と接触出来れば事件の解明に繋がると思ったが簡単ではないようだ。ネットに情報が載っていないならお手上げか。殺人事件を立証出来れば警察も動けるのに。もどかしさを噛み締めながら、ふと疑問に思う。作者はどうやってアプリを配布したのだろうか。ダイレクトインストールだけでここまで広まるのか。
「何故シセンはネットからダウンロード出来ないのでしょう」
「俺もその点が納得出来ずにかなり調べたら、一時的に出来たらしいぞ。ブログで便利なアプリを自慢している奴がいてな。そのアプリがシセンだった。でもそいつのコメントに対する書き込みがダウンロード出来ないとか、検索しても見つからないという内容だった」
ネットから手に入れた人がいたのか。新たな情報に胸が躍ったが、すぐにその人物の安否が気になる。
「それで、その人は生きているんですか?」
「それは分からない。更新は止まっているが死んでいるかまでは分からない」
苦虫をかみ殺したかのように渋い表情で彼が悔しがっている。普通に考えれば死亡していると思う。でも生きているなら接触してみたい。
「生存を確認する方法はないでしょうか?」
「無いことはない。蛇の道は蛇だ。変わった奴だけど知り合いにプロフェッショナルがいる。そいつに頼めばなんとかなるだろう」
「誰ですかその人は?」
「俺の同級生でカツって男だ」
なんか道が開けてきたかもしれない。風香ちゃんは今日一番の嬉そうな表情をしていた。私も希望が出てきたことで早くカツさんに会いたくなった。浮かない表情の先輩を不思議に思った。会いたくないのだろうか。
「先輩はカツさんに会いたくないのですか?」
「そんなことないけど、お前に会わせたくない」
「どうしてですか? 私が粗相して協力してもらえないとか考えているなら、絶対にしないので連れてって下さい」
「奴は俺より、……男前だからだ」
彼の言っている意味が分からなかったが、私よりも風香ちゃんの理解が早かった。好奇心旺盛で先輩に話し掛けている。
「長谷川さん、ヤキモチを妬いているのですか? 可愛いです」
恋バナが好きな風香ちゃんはウットリしているが、巻き込まれたこっちは被害者だ。先輩も真剣な表情で言うことではないでしょうよ。風香ちゃんに言われて照れた顔しても可愛くないし、頭をポリポリ掻くのはやめて欲しい。
「すいません、そういうのはいいので早く会いに行きましょうよ」
「分かった。最後に一つだけいうけど、奴は異端児だからな」
意味深なセリフに心が戸惑っていた。本当に会っても問題ない人物なのだろうか。でもここで留まる訳にはいかない。どんな人物だろうがあってやる。
先輩の発言はすぐに理解する事になる。彼は本当に異端児だったから。
「カツに会いに行く前に情報を整理しておきたい。風香ちゃん問題ないかい?」
先輩はホワイトボードに近づいてから専用のマーカーを手に取った。
「ええ、何が聞きたいのですか?」
椅子から立ち上がっていた彼女は出発する気でいたのだろう。先輩からのいきなりの質問に若干の戸惑いが見てとれるが、しっかり受け答えしている。
私も立ち上がっていたが、座りなおした。それを見た彼女も同じように座る。先輩は軽く息を吐き出し、思いつめたような瞳で彼女を見ていた。
「友達の死を整理したい。気分が落ち込むかもしれないが、必要なことなんだ。シセンと彼女たちの関連性があるか、今一度見直しておきたいんだ」
先輩の事件を解決するんだという思いがヒシヒシと伝わる。遠慮していたら、いつまで経っても問題はクリアにならない。彼の覚悟が私の意識まで変えていくようだ。風香ちゃんもそれを感じ取ったのか、頭をこくんと下げて頷いている。
「分かりました。彼女たちの死を踏み越えないと解決出来ないですもんね。何でも聞いて下さい。私に遠慮は不要ですから」
自分なら彼女と同じように出来るだろうか。苦しんでいる心に塩を塗りたくる行為に耐えられるのか分からない。自然と年下の彼女を尊敬している。私も強くなりたい。先輩に全てを任せるのは申し訳ない。私もちゃんと参加しよう。
「彼女達の死亡タイミングとシセンの占いを聞いた時期を教えてもらえるかしら? 名前を順番に書いていきましょう。先輩、記載お願いします」
先輩に向きなおして軽く頭を下げた。
「おお!」
それに反応するように先輩はホワイトボードに向いて書き込む準備をしている。
「えとですね、最初は蓮美、それから結衣、美鈴と彼氏、最後に佳澄の順ですね。蓮美と結衣はいつから占いを聞いたか正確にはわかりませんが、後3人の美鈴と佳澄と私は同じタイミングで聞いています。その後で私達はシセンをインストールしてもらったので。美鈴の彼氏が聞いたタイミングも分かりませんね」
彼女は時折言葉を詰まらせていたが、全て話してくれた。説明を聞いてみて自分が考えていた予想と違っていた。私は占いを聞いてから一定の時期に死亡するとふんでいたが、そんな事はなかった。足りないピースが分からない。ここはさらに集中力を上げる必要があるので、コーヒーを一口飲み込んだ。
気休めかもしれないが、やらないよりも、やっておいたほうがいい筈だ。今は最善だと思う手は全て試した方がいいだろう。肘を机に置いた状態で額に手を当てて考えを巡らせる。シセンがきっかけは間違いないと思う。因果関係は分からないけど、ここまで自殺した人たちがシセンを持っているのは不自然だから。
先輩は書き終えると、ホワイトボードのUSB端子にフラッシュメモリを挿していた。どうやらデータに保存しておくようだ。一応私もスマフォのカメラで撮影しておいた。
「整理してみると、全然わかりませんね。やはり作者と接触する方が早そうですね」
「あたしもそう思います」
私に同調するように風香ちゃんも賛同してくれた。先輩は書いた文字を消してからフラッシュメモリを引き抜いてポケットにしまっていた。
「仕方ねえから、カツのとこに行こう」
「じゃあ、準備してきますね」
私は風香ちゃんを残して、出発する準備をしにデスクに戻った。ボイスレコーダーと手帳は持っていく必要がありそうだ。私が机を漁っていると後ろから声が聞こえた。
「駅前のタクシー乗り場で待っているから」
振り返ると先輩と風香ちゃんが出口に向かっている。彼女は私に一礼してから先輩について行く。私も慌てて彼女達の後に続いた。
会社を出ると冷たい風が吹き込んでくる。背筋がブルッと震えた。3月といえまだ寒い。花粉症だから春は嫌いだけど、寒いのはもっと嫌だ。先輩を風除け代わりに利用するために後ろを歩いた。風香ちゃんは私の様子をみてクスっと笑っている。彼女にはもっと笑顔が必要だと思う。わたしの仕方のない行動で笑ってくれるなら一石二鳥だろう。
「先輩、どうして車で行かないのですか?」
「ああ、これから行くところは近くに駐車場がないからタクシーの方が便利なんだよ。それにここから近いから歩いても行けるけど、寒いからな」
どこに住んでいても問題はないが、寒い中を歩いていくのは賛成できないので、タクシー案には賛同したい。自分ひとりだったら節約の為に歩いていくが、今日は先輩と一緒だから心強い。
タクシー乗り場に着くと予想通り先輩が助手席で、私達は後部座席だった。一番安全な運転席の後ろは風香ちゃんに譲って、私は先輩の後ろに座った。車内でほとんど会話する余裕がないほど、あっという間についた。正味五分も乗っていないかもしれない。第一京浜沿いにあるマンションの前に停車した。場所的には京浜急行線の大森海岸駅が近いのかもしれない。
タクシーを降りるとバイクが走っている轟音が響いていた。辺りを見渡してもバイクはない。不可解な現象に頭を傾げていると、私の様子に感づいた先輩が教えてくれた。
「この音はバイクじゃないぞ。競艇の音だ」
競艇と聞いてもぴんとこない風香ちゃんはさらに悩んでいる。
「競艇ってなんですか?」
風香ちゃんは先輩に素直に尋ねた。
「そうだな。風香ちゃんは競馬を知っているか?」
「はい。賭け事する馬のレースですよね」
「ああ、競艇も競馬と同じ公営競技の一つでモーターボートのレースだ。目の前のマンションの奥に平和島競艇場があるんだ。今日はレースしているから音が聞こえるんだろう」
納得したのか風香ちゃんから戸惑いの様子は消えていた。私も競艇の存在は知っていたけど、こんな近くに競艇場があったことに驚いた。自分には職場の周りの知識は飲食店しか持っていない。そういえば京急の平和島駅周辺に美味しいラーメン屋があるらしい。今度先輩の奢り行ってみようかな。地域の情報を把握するのも記者の務めだから。
私が作戦を企てている間に先輩と風香ちゃんはマンションのエントランスに入っていった。遅れをとった私も後に続く。先輩がカツさんとインターフォーンで連絡を取り合い自動ドアを開けてもらうと、すぐさま私達は中に入ってからエレベーターに乗り込んだ。
先輩が最上階のボタンを押したときに、私はカツさんがお金持ちなのかと邪な想像してしまう。イケメンでお金持ちなら先輩なんか相手にならないのは頷ける。早く会いたくて気持ちが焦る。点灯している階数表示を見つめ、早く到着してほしいと願った。
エレベーターが停止して軽快な音と共にドアが開くと一番に出て行きたかったけど、場所が分からない。しぶしぶ先輩の後について行く。一番奥の角部屋の前で先輩はチャイムと鳴らした。
ドキドキしながらドアが開くのを待っていると、ドアの隙間から色白の男性が顔を出した。確かにイケメンだけど不健康そうな顔色。元気がなさそうな、病弱のイメージだった。勝手に期待しといて、簡単に幻滅してしまった。恋にも発展せずに終わった気持ちは誰にも悟らせないで溶けて消え失せた。これから協力してもらうのだからこれでよかったのかもしれない。彼の顔色とは正反対の元気の良い声で先輩が挨拶をする
「カツ、久しぶりだな。連絡した件を改めてお願いしたい。中に入ってもいいか?」
そういいながら、扉に手を掛けた先輩は入る気満々なのだろう。彼も嫌な顔はしていなかった。友達だから当たり前かもしれない。
「どうせ入るくせに。まあ、汚いのでよければどうぞ。そちらのお嬢さん達も入っていいよ」
「はい」
私より先に風香ちゃんは返事をしていた。親御さんの教育の賜物だろう。本当にしっかりしている。私も後に続いて彼に挨拶をしておいた。
「こんにちわ、お邪魔しますね」
部屋に入ると、家の中を疑ってしまう光景だった。リビングと思わしき部屋には沢山のPCと見たことも無い装置が並べてあった。科学者の部屋と錯覚してしまうほどに機械類が辺り一面に置いてある。呆気に取られて声も出なかった。先輩が言っていた異端児を少し分かった気がした。
彼女と二人して落ち着かない様子でいると、先輩がどこからか椅子を2つ持ってきてくれた。まるで自分の部屋のように振舞っている様子に先輩が何回も来たことが証明出来る
カツさんは私たちに気にしないでベランダの外を見ていた。気になり傍に行くと、ボートレースが見えた。彼が真剣に見ているのでボートが好きなのかと思っていると、先輩が笑っていた。
「ははは、コイツ、働いてないから。競艇でお金稼いで生活しているからな」
先輩の嫌味を気にも留めないで彼はボードの勝敗を見守っていた。確かに異端児だった。本当に彼を頼っても問題ないか心配になってしまう。
「真冬さん、この人、信頼出来ますか?」
風香ちゃんが小声で耳打ちしてきた。私もそれについては同感だと思う。彼のことは競艇好きでギャンブル狂の残念な中年男性という評価が妥当だろう。
「風香ちゃん、疑わしいけど、先輩を信じてみましょうね」
本音とは違う意見だけど、彼女を心配させるわけにもいけない。
「はい。真冬さんも疑っていて良かったです。自分だけなら失礼ですもんね」
風香ちゃんは舌をペロっと出している。私は彼の行動にやきもきしていたら、突然お腹が空いてきた。この空気の読めない胃袋がとても憎い。どうにかして空腹を沈めるようと、お腹を擦ってみる。効果は無さそうだ。継続して擦り続けていた時に、視線を感じて隣を見ると、カツさんが此方を見ていた。
「なんだ、ハラ減ったのか? 安納芋のスイートポテトあるけど食べるか?」
「……っ! は、はい。食べます、食べたいです」
腹が減るとは、女性に対して失礼な発言だと思ったが、その後の魅力的なフレーズにヨダレが出そうになる。こういう時に遠慮してはいけない。食べ物で遠慮するのは逆に失礼にあたると親から教えられて育った。彼がキッチンに向かっている時に自分だけでは悪いので、風香ちゃんにも確認しておこう。
「もちろん、風香ちゃんも食べるでしょ?」
「ええ、私、安納芋食べたことないです。あれは甘くて美味しいって評判ですもんね」
どことなく嬉しそうだ。彼女とは気が合いそう。今回の件が片付いたらスイーツバイキングにでも誘いたいな。それにカツさんもいい人だとわかった。食べ物を無償でくれる人に悪人はいない。しばらく待っていると電子レンジから温め完了の音が聴こえた。これはこれから私を幸せで包んでくれるための合図だ。
カツさんが扉をあけると部屋中にあま~い匂いが充満してくる。装置の鉄臭さと埃臭さを緩和しているようだ。先輩が散らかっていたテーブルを片付けるとスイートポテトが入ったお皿が置かれた。カツさんがキッチンに戻って行った瞬間に、先輩は爪楊枝が刺さっていたスイートポテトを手に取り口に含んだ。
「あっつ、あっつ」
電子レンジで熱々に温められたのだから熱くて当たり前。それよりも彼の軽率な行動が許せない。
「先輩、食べるって言っていませんよね? それは私たちのお芋ちゃんです。火傷して当然の行動ですからね。もうひとかけらも食べないで下さいね。見るのも禁止です」
熱さで苦しんでいる先輩にむけて怒鳴った。
「それはないぜ、真冬ちゃん。苦しんでいる俺に冷たい飲み物とか持ってきてよ」
先輩は怒られてションボリしているが、ずうずうしい要求もしてきた。視界の隅で何かが揺れている。見ると風香ちゃんの体が小刻み震えていた。
「あはは、真冬さん厳し過ぎますよ。仲良く食べましょうよ」
彼女は大人だった。この部屋で一番年下なのに大人だ。私も普段は冷静を心がけているが、食べ物が絡むと理性が崩壊してしまう。気をつけないと……。私達の騒ぎを余所にカツさんはペットボトルお茶を持ってきてくれた。
「哲平がいると騒がしいな。要求通り冷たい飲み物だぞ」
「おお、サンキュー」
先輩は受け取るなり素早くフタを取り除き、ごくごくと飲んでいた。カツさんは私たちにもお茶を渡してくれた。
「お嬢さん達もどうぞ」
「ありがとうございます」
私は笑顔で受け取った。一瞬私の後ろに隠れた風香ちゃんもおずおずと手を伸ばして受け取る。
「あ、ありがとうございます」
どうやら彼の事が怖いのかもしれない。カツさんは先輩程ではないが、結構な高身長だ。イケメンとはいえ、未成年が就職もしていない競艇好きなオジサンを不気味に思っても不思議はない。私は先輩と同じ轍を踏まないように、一度お茶を飲んで口を冷やしてからスイートポテトを食べた。
「おいしい。とても美味しい」
口の中に広がる安納芋の甘さが堪らない。続けてもう一つ口に放り込んだ。風香ちゃんも堪え切れなくて食べていた。
「あっ、本当に美味しい」
彼女と顔を見合わせて笑ってしまった。美味しいと自然と笑顔になってしまう。本当に罪な芋だわ。私は彼女に耳打ちしてみた。
「カツさんは信用出来る人ね。この人に任せたら大丈夫よ」
言い終わると彼女が私を見ていたが、ちょっと幻滅した表情をしている。どうやら私の言動が原因しているらしい。
「真冬さん、単純過ぎませんか? お芋とシセンは無関係ですからね」
彼女の言い分は正論だけど、どこで人を信頼するかは其々だ。私は彼を信用出来ると思っているのは訂正しない。いつか彼女も分かってくれる。
オジサン二人に見守られながらスイートポテトを完食すると、カツさんが咳払いをしていた。
「食べて満足したら、そろそろ自己紹介してもらえないかな? 私は影宮駆という、そこにいる哲平と高校時代の同級生だ」
「……って、お前、そこは親友って言えよ」
知り合いって聞いていたけど、高校からの友達だったのね。どおりで先輩が人の家で寛いでいると思ったわ。影宮さんというお名前だったのね。
「あの……、カツさんってあだ名ですか?」
私は失礼かもしれないと思ったが、気になって仕方がなかった。カツさんは嫌な顔もせずに先輩を指差した。
「こいつが付けたんだ。苗字と名前に『か』が2つあるからカツなんだとよ。カツって哲平しか呼ばない言い方だ」
「お前友達いないもんな」
先輩はカツさんを茶化すようにしている。
「ふん、あだ名に日本語と英語を混ぜるなんてセンスがないコイツらしい」
カツさんも先輩に応戦している。彼らは腐れ縁って感じかしら。大丈夫だと思うけど喧嘩に発展する前に自己紹介しておこう。
「私は蜷川真冬です。お芋美味しかったです」
「それは良かった。鉄平の部下と聞いていたが、大変だろ?」
「ご察しの通りです。仕事は優秀ですけど」
私の苦労を想像してか、哀れみの表情をされた。先ほどの彼らのやり取りからカツさんも苦労しているので分かるのだろう。先輩も悪い人ではないが、うっとうしい時が面倒くさい。私たちの会話が終わるのを見計らったのか、風香ちゃんも自己紹介を始めた。
「神城風香です。よろしくお願いします」
風香ちゃんは私に話す時よりも小声で話していた。外だったなら聞こえたが微妙な声量だったけど、カツさんには届いたようだ。
「……君がマインドコントロールされている少女か。早速調べてみようか」
カツさんの発言に風香ちゃんの顔は引きつっている。どうにかして彼女を安心させたいがどうしたらいいのか。こういう時に頼りになる先輩を見ると、彼も気づいたようだ。
「風香ちゃん、カツは天才なんだよ」
「天才ですか?」
「ああ、こいつは東大理Ⅲを一発合格しているんだぜ。日本で一番難しい大学受験だ。本当は理科一類の理学部に入りたかったらしいが、当時の同級生にビビッているのかと挑発されて興味もない理Ⅲを受けたんだよ。まあ、結局辞めちまったけどな……」
先輩の説明を聞いただけで、カツさんが凄いのは分かるけど。風香ちゃんはまだ信用していない感じがする。案の定、先輩の発言に食いついている。
「どうして辞めたんですか? 勿体ないですよ」
彼女の発言に対して先輩ではなくカツさんが答えてくれた。
「理Ⅲは医学部しかないんだ。俺は医者に興味なかったからな。こっそり理学部の授業も受けたが大した内容を教えていなかった。そこで悟ったんだよ、奴らに教わる事がない事実に。だから辞めたのさ。それからは一人で研究している」
凡人の私は教わることばかりなので、カツさんが凄いと思う。彼に感心していると、先輩がさらに付け加えてきた。
「コイツはな、たまに企業の研究に協力しているんだよ。特許が取れる内容とかも思いついているのに全て提供している。名誉とかに興味ないんだよな」
「ふん、くだらない虚栄心まみれの学者連中が嫌いなだけだ」
彼は首を振り否定している。過去に嫌な思いをした事があるのだろうか。風香ちゃんの様子が気になり顔を見ると真剣な表情になっていた。たぶんもう大丈夫だろう。
「時間も勿体無いので、風香ちゃんの状態を見てあげて下さい。風香ちゃんもいいよね?」
風香ちゃんに振り向いて確認してみた。
「――はいっ!」
彼女は力強く返事したけど、不安そうだ。カツさんを信用したと思うけど、体を調べられるのは怖いよね。私は再びカツさんに振り向く。
「それから私もカツさんって呼んでいいですか? 私のことは好きに呼んでください」
私もそう呼びたくてお願いしてみた。お願いだけじゃなくて自分の事も好きに呼んでいいと言ったので不公平ではないはず。何故か空気の読まない先輩が呟く。
「真冬」
彼のドヤ顔を見ると精神的にイラっとしてしまう。
「呼び捨ては辞めて下さい。節度ある対応してくださいね。大人なんだから」
「……はい。すいません」
ションボリした顔しても許さない。高級寿司の奢りは忘れていませんからね。食べ放題の如く貪り食べてやるんだから。一瞬静寂な時が流れたが直ぐに賑やかになる。カツさんと風香ちゃんが笑っていたからだ。
「ははは、哲平のそんな顔が見られるとはな。俺の事は好きに呼ぶといい。俺も君を真冬君と呼ぶとしよう」
笑っているカツさんはイケメンなだけあって被写体として申し分ない。写真を撮る事はしないが目の保養になる。先輩はカツさんが私の名前を呼ぶのが気に入らないのか、彼を睨んでいた。本当にこの人は器が小さい。私がため息をつくと、それに気づいた彼は頭をポリポリ掻いている。へんな空気になりそうだったけど、カツさんが場を引き締めなおしてくれる。
「それじゃ、風香ちゃんでいいかな? 脳波を調べてみようか?」
本格的な調査が始まりそうだった。