1、空飛ぶ鯨−1
全部で4本です。最後まで読んでいただけると嬉しいです。
空を見上げる…空と表現するべきか?
私の住む街には上空に空飛ぶ鯨がいる。
空飛ぶ鯨とは実際は空挺船の事だ。空挺船の船底が鯨の腹のようでいつの頃か、そう呼ばれている。
だが空挺船も正しいのか分からない、何故なら私たちは海底都市に住んでいるからだ。
海底にバリアのようなものが張られその中で 地上と変わらない生活をしている。
空挺船と呼ばれるものは外部からの侵略から街を守るためのものだ。
海底都市『シャルドレ』
300年前の大戦で命からがら逃げ延びた者たちが行き着いたのが海の底だった。
現在の人口は5600名、最初は50名ほどで逃げてきたのだからだいぶ増えたと言える。
空挺船も有事の際は住民を運び脱出するための大切な足となる。
何故 海底にいられるのかと言えば、私たちの種族はそう言う能力を持っている人種だからだ。言ってみれば『超能力』『スペック』様々な能力を持っている者たちが集まっている。その存在は地上では稀有とされ大国だけではなく各国はそれらの能力者を欲しがった。
遠い先を見通す目、物を溶かす、物を動かす、未来視、結界を張る、考えている事が分かる、考えている事を書き換える、物体移動、転移、遠くの音を聞き取る、透明人間・・・大なり小なり能力の強弱があっても 様々な能力を持つ者たちを各国 喉から手が出る程欲しがった。
大国『バルドーナ国』は特に力を入れて『能力者』を発掘し捜索し城に囲い込んだ。
鎖をつけ逃げ出さないように、待遇は王族のように、それでいて自由のない生活。
広い塔に監禁…飼われているのだ。
各国は戦況が傾く程の能力者を求め奪い合う
最早 能力者を奪い合うための戦争と言ってもいいかもしれない。
敵国が最高ランクの能力者を有していると知れば もう安眠はできない。
密偵を出し情報を探り少しでも多く能力者を得るための 能力者狩りが各国で行われていた。
塔には小さな赤ん坊から干からびた年寄りまで住んでいる。
連れて来られる人間も年齢に規制はない、能力があれば良し。弱く役に立たずとも敵国が連れて行ったと思うと何か気づかなかった秘密があるのではと思い後悔に苛まれる……だから取り敢えず 見境なく捕獲する。
能力者には血縁による能力を受け継ぐ場合もあるが、稀に生まれる確率の方が高いようだ。
能力者の家族も監視対象に置かれ能力の有無を逐一チェックされている。
いきなり連れて行けば当然誘拐だ。
だが能力者は国に対し報告義務を課している。それをしないと言うことは義務違反で親や家族が処罰される対象となる。事前に報告し国に引き渡していれば金250枚が渡される。金250枚は普通の平民であれば一生食べていける金額だ。生活に困窮し引き渡す親も多い、引き渡さなければ愛情の表れでもあるが、逃亡生活を強いられる場合もある、そうなると家族は能力を持った子供を疎むようになり、結局は…引き渡すことが多かった。
まあ兎に角こうしてこの広い塔には沢山の能力者が集められて生活していた。
それがある時状況が変わる事態が起きたのだ、 オンバスは予知してしまった。
隣国『トルダーニュ国』が攻め込みこの『バルドーナ国』の街が火の海に飲み込まれ、この塔に囚われた能力者たちも逃げる術なく死んでしまう未来。
予知した未来を変える術はいくつかある、分岐点を間違わないことだ。
そこで塔に囚われている能力者たちは結束し逃げる事にした。
そして自分たちの能力を駆使して見つからない場所、海底に逃げ込んだのだ。
予知通りバルドーナの街は戦火の中 崩壊し『バルドーナ国』は滅亡した。
能力者たちにとって『バルドーナ国』が滅亡しても攻めてきた『トルダーニュ国』がとって代わり自分たちの所有者になるだけ、主人が変わるだけでやる事は変わらない。だが、自分たちが敵の脅威になると思われれば生き延びる術はなくなる……。
だから能力者たちはひっそりと生きる道を選んだ。
人と違う能力、それを他人に搾取されるだけの世界 それらから決別した。
どうせなら自分たちのためにその能力を使いたい、そんな気持ちで海底に飛び込んだ。
現在の『シャルドレ』には能力者も能力者じゃない者もいる。まあ大半が能力者ではあるが能力を持っていない者を迫害することも馬鹿にすることもなかった ここにいる者は等しく能力者から生まれた逃げてきた人間なのだ、 みんなその痛みが分かる だから平和に人々が生活を営んでいる。
海底でありながら空には擬似 太陽もあり、若干の風も吹いている。
街並みも実際の海辺の街の風景で、朝日も登れば夜もやってくる。まるで絵本の中の世界のように美しい世界だ、空には船が浮いている以外は地上の世界と変わらなかった。
エマは現在5歳 同年代の子供たちと毎日 楽しく生きていた。
少し入り組んだ路地を子供たちと一緒に駆け回る。鬼ごっこや缶蹴りそれに隠れんぼ、毎日 同じ遊びを同じように楽しんで夕方になればそれぞれに家に帰って行く。
エマは空を見上げる。
空には5隻の船が浮かんでいる。
いつもと変わらぬ風景が300年間 今日もそこにある。
エマは鬼ごっこでも隠れんぼでも捕まった事がない、ちょっとした遊びの天才だ。
皆には気付かれない場所を知っているのだ、あー明日も沢山遊ぼう、明日が楽しみだ。
エマの友達は5人、ドーマ、タニー、イヴァン、カレン、メリル。
ドーマは6歳のぽっちゃり大きな男の子。ぽっちゃりなのに案外機敏な動きをする。このグループのリーダー的存在、大きな声で皆をいつも元気にする楽しい冗談を言うムードメーカー。美味しい物を食べる事が大好きでいつも豪快なお兄ちゃん、でも本当は泣き虫。
タニーはエマと同じ5歳、本を読むのが大好きで思ったことをすぐに口に出してしまうドーマのフォローをしている、少し高圧的なドーマとのクッション材みたいなものだ。憧れているのはこのシャルドレの英雄 オンバス、彼の物語を何度も読み返して心の中では自分がリーダーとなって活躍する夢を見ている。
イヴァンは『トンガリ』とあだ名がつくほど痩せて細長い5歳、気弱で丸メガネの奥でいつもオドオドしている。若干 ドーマの腰巾着の感がある。強い者には流されやすい 足は遅いが案外ジャンプ力があって、高いところのものを何度かとってもらった事がある。
怖がりでいつも胸の前で何かを抱えているイメージがある。
カレンは6歳のお姉さん的女の子。ドーマが好き勝手決めてしまった事を論破してちゃんと皆の意見を取り入れるしっかり者。対決している時はちょっと髪の毛がメデューサかっていうくらい逆立って怖いけどなんだかんだ世話焼きで頼りになる…でも4歳年上のコォウルが好きで彼の前だと別人みたいにしおらしい。
メリルは5歳の女の子。いつも人形を持っていてみんなの妹的存在。ほわぁ〜っとしてて、柔らかく微笑むその姿はマジ天使!男の子たちが喧嘩しててもメリルが泣きながら『ケンカしないでぇ〜』と言うと、フンガフンガ鼻息荒くしていたドーマも取り敢えずケンカを止めてメリルを見て、目いっぱいに溜めた涙を拭ってやる……メリルに泣かれるのは皆弱いのだ。甘えん坊のメリルを皆甘やかしている。
メリルが皆をイメージして動物のぬいぐるみを持ってきてくれた事があった。
ドーマがサイ、タニーがヒョウ、イヴァンがキリン、カレンが特別な七色の羊、メリルはピンクのもこもこの毛のウサギ、因みに私エマはユニコーンだ。
毎日が楽しくてみんな大好きだ、こうして皆と遊べる今が一番楽しい。
「ねえ、あの鯨は何で1隻だけ古臭いの? 他のは古くなると交換されるのに…1隻だけ汚れてる。交換しないの?」
「ああ、『ウィッシュ』の事か……はは あれは200年も前から浮いている英雄船だ。あれがこの海底都市を支えているんだと。英雄オンバスの死後上空に昇ったらしい、それから休まず働いてくれている働き者の有難い船だ。だが流石にボロくなったから交換するらしいぞ? 今 新しい船を造っているとかって話しだ。」
「そうなんだー、ボロいけど凄いんだねあの船。」
「ああ、200年も昇ったきりってんだからすげーよ。」
「オンバスと同じあの船も英雄だね。」
「ああ そうだな。 もうすぐ飯だからあまり遅くなるなよ!」
「はーい!」
子供たちは空挺船『ウィッシュ』の事をあれやこれやと話しをした。
5隻の船の内 4隻は何度か修理や交換を行なっているのに一番ボロい船が今なお現役で動いている事に心が躍った、まさに英雄船の名に相応しい。
「本に書いてあったけど、あの英雄船にあるシステムでこの海底に街が存在してられるんだって。」
「マジで!? すげーな!!」
「船が浮いているのもすごいのに、こうやって海の中で空気を吸って太陽や風や夜や雨があるのも『ウィッシュ』のお陰だって書いてあった!」
「へぇ〜本当に凄い! 200年も休まず動いているなんて造った人は天才ね!」
「誰が造ったんだろうなぁ〜?」
「ええ?」
「だって、英雄オンバスは有名だし、英雄船って呼ばれて200年も動いている船を造った人の名前が出て来ない事が不思議だなって思ったんだ。」
「ああ、確かにそうね。」
「うん、普通なら英雄船を造った人も有名人だよね?」
「謙虚なんだな、俺なら俺が造ったー!って言いふらしたいよ。」
「あははは、やりそうだよね。」
「何だと! コノヤロー!」
「何でだヨォー自分で言っといて理不尽だ!」
「今度 マーロお爺さんにでも聞いてみようか?」
「何をだよ?」
「あん、もう! 英雄船を造った人の事よ!」
「ああ そっか。マーロ爺さんなら知っていそうだな。」
「あー でも耳が遠くてなかなか伝わんねーんだよなー。」
「言えてる くすくす。」
「おっと、そろそろ帰るわ、またなー!」
その後マーロ爺さんに聞いてみたけど、やっぱり船を造った人やシステムを作った人の事は誰も知らなかった。
シャルドレの街では一つの議題が上がっていた。
それは若者たちだけではなくある一定数の人間が地上に出てみたいと言うものだった。
「このシャルドレが海底都市に移り住む事になった戦争は300年も経てばさすがに終わっておるでしょう。地上が現状どんな様子か見に行きたいと思うのです。」
「ですが能力者の迫害がどうなっているかは分かりませんぞ?」
「極力 力は使わず様子だけ確認すればいいのでは?」
「そうです。ここは何もかも揃っていて素晴らしい街です。ですが、ライハン殿もお分かりの通り始祖の50名から新たな血を入れない我らは血が近すぎて年々寿命が短くなっているのです。」
「そうです。我々は罪人ではない!これではまるでこの地に監禁されているようなものだ!」
「ライハン殿、一度見に行ってまだ争いを続けているようであれば またこの地で嵐が去るのを待っていればいいのです。数名の者だけ偵察に出て様子を見に行くだけです。
ご理解いただけませんか!!」
何故こんなにも皆がライハンに気を遣うかと言えば、ライハンは英雄オンバスと共に監禁された塔から脱出し 仲間を救った中心人物の1人の末裔だからだ。
300年前の脱出劇にはオンバス、ライハン、サーシャ、タンジン、アーロンがいた。
それぞれが能力者。
オンバスは未来予知の能力者、
ライハンは完全記憶の能力者、
サーシャは瞬間移動の能力者、
タンジンは怪力・瞬発力の能力者、
アーロンは物体創造の能力者。
能力は遺伝性のモノもあればいきなり発現する場合もある。
だが最初にここに来た50人は全員が能力者だった事もあり、その子孫も様々な能力が発現する事が多かった。その中でライハンの能力は遺伝性であったので一子相伝で記憶の伝承が行われていた。ライハンの中には過去500年分位の記憶が完璧な形で残っていた。
積み重なる記憶は良い記憶だけではなかった、寧ろ忘れてしまいたい事の方が多い。
だが300年間この海底都市シャルドレは平和であった、最近の寿命は平均65歳位。
ここにいる全員が売られ密告され捕獲され塔に囚われていた過去を覚えてはいない。
この平和な海底都市の中で様々な夢を持ち 憧れを持ち始めた。
最早ライハンに止める手立てはなかった。
選ばれた30名が300年ぶりに地上へと向かった。