3話~三人だけの晩餐
ようこそお越し下さいました。
ささ、本日のお席はこちらで御座いますれば……どうぞ、お楽しみいただければ幸いでございます。
恐るべき集中力をもってその日の夕刻には課題を全て終わらせたマルス。おかげさまで進学早々に恥をさらす事態は避けられたものの、家族で集まりながら食べる夕食の時間には間に合いませんでした。
「……も、もう……マルスさんのお腹はぺこぺこですよぉ~~……」
「自業自得の中お疲れ様でした、マルス様――おや?」
さらに追い打ちをかけるルシエルの言葉が終わる前に部屋の扉がノックされました。
規則正しく三回のノックの後、ルシエルが音もたてずにそろそろと扉に近づき問い返します。
「何用でしょうか?」
『ご夕食の時間にマルス様がいらっしゃらないので、奥方様からお早く食卓へと来るようにとの言伝を預かってまいりました』
「畏まりました。すぐにマルス様にお伝えいたします」
年を重ねた老紳士の声でマルスを夕食に呼びに来たと言伝をした後、静かに扉の前から離れていくのを確認したルシエル。
未だ机でへたっているマルスを復活――もとい、夕食の席へと向かわせるために彼女はもろもろの準備を済ませました。
「マルス様、ご夕食のおじか――」
「うっひょ~ひょひょ! 待ってましたよ、その言葉! ……さぁ、さっそく向かいましょうルシエル!」
「――んですので、さっそく参りましょうぽっちゃり野郎様…………ほんとにもう」
るんるんとスキップを踏みしめながら扉をあけ放ち駆け出していくマルス。その後を毎度のことながら食事と聞くと元気を取り戻す姿にため息と苦笑(ぴくりともしない表情筋)&ジト目で追いかけるルシエルが続く。
なんとも軽い足取りのマルスを見てちょっと嬉しそうなルシエルであった。
やはり自業自得な所があるとはいえ、マルスが本当に苦しそうな姿を見るのは忍びないルシエル。困った顔や悔しがる顔にはほんわかする彼女ですが、やはり根は優しい少女なのでした。
◆
「ごっはん~、ごっはん~! ルシエル、今日の夕食は何でしょう?」
「ふとっちょ野郎マルス様、ナイフとフォークでチンチンとお遊びになるのはおやめ下さいませ」
既に家族は夕食を済ませ、外もとっぷりと日が落ちろうそくの明かりが室内を照らす中料理を待つ二人。
しかし、ただのろうそくにしては大きな貴族の屋敷内を照らすには光量が足りないはずなのに、室内はまるで真昼と変わらず明るい。何故でしょう?
実はこのろうそくは光の魔力を含んだ魔石を元に作られておりまして、たった1本でろうそく10本分の明るさがあるのです。これも昔からあるろうそくなのですが、この屋敷で使われているのは庶民に流通しているものをマルスが暇つぶしに改良した一品。
魔石の分量から配合までミリ単位で調整をした結果生み出されたスペシャルな光の魔蠟燭なのです!
「マルスちゃ~ん!やっと来たわねぇ!」
「うぼほっ!?」
ナイフとフォークでタップダンスを踊っているマルスに背後から忍び寄る影が覆いかぶさる。貴族の屋敷にふさわしい豪奢な椅子の背もたれを華麗にかわし、直接マルスの背中に飛びついた影は――女性であった。
「あんまり姿を見せないものだから心配ちゃったわ!」
「うひょ!? ……は、母上様!?」
少し青味が掛かった黒髪を|黄金色の装飾が付いたヘアカフスで髷の様に束ね、一般的な貴族のご婦人にしても質素ともいえる最低限度の装飾のみを身に着けたドレスに身を包む。
その身体は到底6人もの子供を授かった女性とはお思えぬほどにめりはりがきき、尚且つ肌艶良好で血色もよくすらりとした一本の抜き身の刀を思わせるいで立ちだ。
愛嬌も抜群なほんわか笑顔でてへりん!と愛らしくマルスにウィンクをかました女性はなんと! 何を隠そうマルスの母親フェルリス・リベット・アルムース公爵夫人その人なのです!
「……フェルリス様、スカートの裾がめくれております。はしたないのでおやめ下さい」
「あら、私ったら……ありがとねルシエルちゃん」
一ミリもスカートの裾などめくれていないのをどちらも承知の上、暗黙の了解でマルスの背中から身を離すフェルリス。
ルシエルはルシエルで、両の指の間に挟んだナイフ6本をメイド服の袖にしまい直しながら、さらっと席に座りなおして居ります。その姿はなんとも図太い精神を感じさせる堂々としたものでした。
そのままフェルリスはマルスたちの対面の席へと座り直し、小間使いの者へアリバ茶を持ってくるように指示を出すとにこやかに話を始めました。
「マルスちゃん、いよいよ来週――正確には五日後に学園に旅立つ事になるわね……公爵家としてのふるまいを保ちつつ精一杯頑張ってらっしゃい!」
ふんすふんす!と鼻息荒くガッツポーズをかます母親を前に若干引きつりながらもうなずき返すマルス。さすがの天才ぽっちゃり少年も一端の思春期少年、この押しの強い感じにタジタジであるようだ。
「――は、はい、母上様!このマルスさん、ジャ・ヴァリアス学園にて持てる力もってして勉学に励んで参ります所存です!」
「その意気!」
威勢の良い息子の返事に笑みを深めるフェルリスは満足気に頷くと、小間使いから差し出されたアリバ茶で口を湿らせつつルシエルへと視線を移します。
泰然自若とばかりにアリバ茶を飲んでいたルシエルは、フェルリスの視線を受け止めつつ静かにティーカップをソーサーに置きました。
「ルシエルちゃん、私の息子のことを頼んだからね……一杯楽しんできなさいな!」
「もとよりその心算でおります、フェルリス様……」
こちらも鼻息荒くガッツポーズを送る彼女に、同じくジト目ながらも少し鼻を膨らませて頷き返すルシエル。仲間内の使用人からも愛想が無いと言われる彼女も、新しく始まる学園生活に心はときめいている様である。ただ見えないだけ、周囲に全くその心を感じさせないだけである……惜しい。
良い返事にうんうんと頷き返したところで厨房からマルスとルシエルの晩餐の料理が運ばれてくる。大貴族に数えられる武闘貴族の公爵家としてはやはり質素にも思える品数の料理。ですが、すべては身体をいかに作っていくかに焦点が合わせられた栄養満点の料理がマルスの鼻をくすぐるのでした。
「うっひょ~ひょひょ!! 待っていましたよ、デルム鳥の香草丸焼き! 今宵もマルスさんに微笑んでますねぇ!」
「……食いしん坊マルス様、豊穣の女神ダタリス神へお祈りを捧げてからです……じゅるり」
もはや辛抱たまらんとよだれを垂らす二人が食と豊穣を司ると言われるダタリス神へと祈りを捧げる。きっかり一分間のお祈りの後、凄まじい速度で行儀よく綺麗にお皿の料理が二人の胃袋へと片付けられる中優しく微笑むフェルリス。
今宵の公爵邸では実に温かい時間が流れていくのでありました……。
「あ、そうだルシエルちゃん! 在学中にあっちのほうも頑張っていいのからね~」
「ぶほっ!? ――げほっ、げほっ!?」
「ル、ルシエル!? 真顔で食べ物を吹き出すのはやめ、やめなさ――うひょ~!?」
さてさて、あっちのほうとは何のことやら……その続きはまた今度。
お疲れ様でございます。
どうぞ、また次回もお会いできますことを心より願っております。