2話~おやつの時間
ようこそお越し下さいました。
ささ、お席はこちらで御座いますれば……どうぞ、本日もお楽しみいただければ幸いでございます。
◆ おやつタイム
「……アリバ茶のお替りです」
「ん~、甘いトゥケチャの後はやっぱり濃いめのアリバ茶がよく合う」
マルスに用意されたおやつの名はトゥケチャと申しまして、アルムス王国の貴族間では一般的な焼き菓子にございます。
ふわっとした口当たりのパン生地に、ケチャという花の蜜を練りこんだものを石かまどで焼き上げたスコーンの様なお菓子。彼はこのお菓子を幼少のころから欠かさず食べているのです。
そして、アリバ茶と申しますのはいわゆる紅茶の一種でして。蒸らした茶葉を濃度によってお湯で割り、個々人で様々なトッピングやフレーバーを追加することができる万能な飲み物となっております。
彼はこのお茶を毎日欠かさず飲み続けています。
「まるでアリバ茶を飲めば太らないとでも言いたげですね。さすがはマルス様、トゥケチャを五つも平らげた上の発言感服いたします」
「うひょっ!? ま、マルスさんまたそんなに食べてました……か?」
ルシエルがしっかりとと頷くと同時に誤魔化すような苦笑いがぴきっと固まるマルス。そうなんです、一応自分の体型を少しは気にしているマルスはおやつもご飯も制限をしている……つもりなのです。
横でアリバ茶の入ったティーポットをワゴンに片づけ、マルスとともにおやつを頂いていたルシエルが固まっているマルスの分も片づけだす。
すべてをワゴンに片づけ終わるころにはマルスも再起動を果たし、深いふか~いため息を一つ吐いて今起こった事実をゴミ箱へと投げ捨てた。
人それを現実逃避という!
「……あ~、ルシエルが焼いてくれたトゥケチャが毎回美味しいですからね!仕方ない――」
「訳無いで御座いましょう……このぽっちゃり野郎様」
「うぐぅ!?」
即座に鋭い突っ込みで返すルシエルにたじたじなマルス。ぐうの音も出ない様子にジト目を向けつつ、心なしか嬉しそうな雰囲気を出している彼女にマルスは気付かない。
ですが、気付かないというのも無理のない話なのです。なぜなら雰囲気だけだから、表情筋はピクリともせずジト目も変わらず……。声色ですら冷静なままの彼女から愛想を感じ取れる者は屋敷内でも一人二人いる……のかも定かではありません。
とにかく、彼女は愛想というものが皆無なのです。
部屋の隅にワゴンをころころと押していくルシエルから目を離し、マルスは先ほどの新型魔動力炉の構想に思考を費やす。
そんなマルスをチラ見しつつ、ルシエルは先ほどの新型魔動力炉の姿に自身の感想を心でつぶやいた。
(……王都で、聖マドリアヌ大聖堂で見かけた代物はマルス様の魔動力炉と比べてその一割も性能を引き出せていなかった。やはりマルス様はすごいお方です)
マルスを震撼させた事実を心中でさらっとひっくり返すルシエル。口に出しさえすれば、ぽっちゃり少年は全身の肉を震わせて歓喜するはずなのですが……それを口にしないのは愛想が無いと言われる所以でしょうか?
(そもそも、このような成人にも満たない年齢で現行の魔動力炉を十倍にも引き出せることが異常というもの……。多少ぽっちゃり野郎なのは仕方がないとして、口にも出したくないあの呼び名で卑下されるお方では決して――)
ジト目のままマルスを見つめつつ、突如負のオーラを噴き出し始めた彼女の様子に件のぽっちゃり少年は冷や汗だらだら。
おやつを食べ過ぎた事で怒っているのか、はたまた新型魔動力炉という名前で開発したにもかかわらず既に市場に出回っていたという事実に怒っているのか、と妄想は止まらない。
まさかまるで逆な事柄を元に魔王もかくやというオーラを溢れさせているなど露知らず……。なるべく視線を合わせないように目をつむり考えてるふりをしてやり過ごすのでした。
「……マルス様」
「うひょ!? な、なななななんでしょうか……?」
「?……来週から春休みが明け、ジャ・ヴァリアス学園での生活が再開となります。本年からは無事高等部に進学となりますが、あちらに行かれるご準備はもう済まされましたか?」
挙動不審な様子に?を浮かべながらもさらっと流して要件を伝えるルシエル。実はこの二人、レムレス王国の王都カカリスに居を構える巨大学園ジャ・ヴァリアス学園に幼い頃から通っているのです。
何せこの学園、いわゆる小中高一貫の学び舎でして……。王国内外からその知識と力を磨くために様々な人種の生徒が通う巨大なエリアを有しているのです。
その大きさと言ったらもう、王都カカリスの五分の一を占める割合なのですよ!
二人はその中でも昨年中等部を卒業し、今年の春から晴れて進学となっている身。高等部の入学生としての生活が鼻先まで来ているというお話。
「ひょ? 何をおっしゃいますかルシエル。このマルスさんが準備を怠るなど、そんな珍事を犯すわけが――」
「ここ一週間何をなさっていましたか?な・に・をなさっておいででしたか、ぽっちゃり野郎マルス様?」
「うひょひょ……あれ、マルスさん何をしていたんでしたっけ? ひょ――っ!?」
哀れマルス。自身の研究に熱を入れすぎたことを今更になって自覚した瞬間、声にならない叫びをあげつつ慌てて机の引き出しにしまい込んでいた課題を取り出し始めた。
そう、残念ながら課題を済ませている途中で息抜きで始めた研究に閃きが舞い降りた結果の自業自得なのであった……。
とはいうものの、14歳で新型魔動力炉の開発などをできてしまうマルスさんは中々に秀才・天才・大天才。
肉食獣に追い込まれた小動物がごとく凄まじい集中力でもって次々に課題を済ませていくのでした。
「……ほんとにもう、初めからその意気で済ませば1日で終わったでしょうに」
「うひゅひひょ~ッ!?」
やる気が出ないからと菓子をつまみ、腹がすいたからとご飯を食べる……。武闘貴族の日常である武技の鍛錬をすることもなく、自身の気の向くままに魔動力炉の研究をする。
まさにぽっちゃり少年ここに極まれり!
「マルスさんてば去年も同じことやらかしてますぅぅ~~ああ~~!?」
(…………ほんとうに、マルス様の悔しがっている姿は胸がキュンとします)
お疲れ様でございます。
どうぞ、次回もお会いできますことを願っております。