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第44話 妖気と依代

      -44-


 次々と屍の軍勢に飲み込まれていく蜘蛛と猿。


「まだだ、まだ間に合う!」

 ハルは味方の劣勢に焦燥を抱きながら、群れなす敵に突っ込んだ。


 行かなければ、助けなければ。

 必死になって前へ、前へと駆ける。

 一体めを蹴り倒し、二体めと切り結ぶ。三体めは薙ぎ倒した。


 脳裏には無邪気な小猿の姿が浮かんでいた。

 己を奮い立たせた。敵は死人であると割り切った。ハルに躊躇はなかった。

 それでも、怒濤の勢いで群れを切り裂くように進んだものの、切り捨てても直ぐに息を吹き返す敵は始末に負えなかった。いつしかハルは軍勢のど真ん中で孤立していた。


 取り囲む死人の群れが数に物を言わせて一斉に襲い来る。

 これは死ぬかも知れない、敵の殺気が肌をヒリつかせる。背骨の上を戦慄が走った。 

 もう何度目になるだろうか、このようにして死線を眺めるのは。

 死の汀で感じる既視感、ハルは歯を食いしばって大刀を振った。気を込めて相手を武器ごと打ち砕いた。


 四方から囲むように敵が来る。――チッ、よくもまあ、これ程の大軍で。

 動きを止めてはいけない。立ち止まっては身動きが取れなくなる。正面から来る斬撃を払う。体をずらし横から来る敵を薙ぐ。次いで踵を返して後方に刀を突き立てた。一連の攻防は思考に基づく動きではない。それはもはや反射といっていい。


「くそっ! キリが無い」


『ハル様』

 綺羅から声が掛かる。意図を受け取ったハルは襲撃の間隙を縫うようにして位置を取りその場で切っ先を後方に下げた。


 瞬時に足下を確認して態勢を低くする。

 吸い込んだ息を止めると、刀身が青白い雷を纏った。

 おお! 声とともに気を吐き、横一線に空間を払う。

 青い雷を伴った竜巻が戦場を蹂躙する。取り囲む敵が消滅した。


「……やったか」

 地面に片膝をつき肩で息をする。この時、今までに感じたことのない疲労感を味わっていた。


『ハル様、大事はございませんか?』


「あ、ああ、なんとかね」


 応じながら眉根を寄せた。ハルは自分の力が無尽蔵では無かったことを知った。歯がゆさに顔をしかめる。それはそうかと納得も出来るがしかし、今この時に力が枯渇するなど間が悪いにも程がある。


『随分と、ご無理を重ねて来られましたから』


「……そうだね」

 綺羅の労りの声を聞きながらハルは身に起きた変化を見ていた。持ち上げた手が少しばかり透過していた。あとどれくらいの力が残されているのだろうか。 


『ハル様、もう少し加減を――』


「大丈夫だよ、綺羅。まだいける。彼らを助けなきゃ」

 透ける掌を元に戻し立ち上がった。ひとまず大刀を鞘に収めて目標を見定めた。


 ――しかし!


 込められた力により奥歯がギリギリと音を鳴らした。握った拳が怒りに震えた。

 見ていたのは地獄絵図。愕然としながらハルはその場に立ち尽くした。どれくらい生き残りがいるのだろうか……、手からこぼれ落ちていった命を思い、嘆く。

 流血により赤く染まった川、臨む景色の中におびただしい数の骸が転がっていた。


『ハル様!』

 再びの声。綺羅が危険を知らせた。


「猿太郎! 気を抜くな、死ぬぞ」

 新手の出現。敵を払いのけた棕櫚が駆けつけ話しかける。


「棕櫚さん、僕は、また……」


「よくやってくれたと礼を言う。元は我らが起こしたことだ。だからもう案ずるな。始末は付ける。下へは我らが向かう。生き残った者を救うと約束する」


「キュキュッ!」


 小夜も駆けつけてきたその時だった。ハルは、え? と疑義の声を漏らしてしまう。小夜から目が離せなくなった。勘違いではないのかと、ノイズが掛かった目をこすった。何故、白蛇の体が歪んで見えるのか。


『ハル様、次が来ます』


「ああ、うん。分かってる」


 励ましの声に応えて動こうとするも、重く固まる四肢に力が入らなかった。


 ――なんだ? この妙な感覚は。ザワつく胸に息苦しさを感じた。


「キュッキュッ」

 再び巨大化して敵に向かう小夜の後ろ姿を見送る。


 得体の知れない予感に戸惑う心。なにかが起きようとしているのだろうか。

 小夜の腹の中には自分の身体がある。小夜とは魂を繋げるリンクがある。見たところ彼女の外見に変化は見えないが……。


『ハル様! 気を』


「危ない!!」


 砂煙の向こうで戦う小夜を眺めていたハルの耳に、聞いたことのある声が届く。

 ハッとして上を向くと頭上から振り下ろされる刃が見えた。刹那、透明な障壁がハルを守った。何が起こったのか。辺りを見回すと傍らに旋風つむじかぜが吹いた。


「君は……」


「猿太郎殿、ご無事ですか」


「え?」

 仮初めの名前を呼ばれたことにも驚いたが、あの少女が突然目の前に現れたことにも驚いた。しかも全裸である。


「加勢します」

 一言いうと、少女はハルを背に守って太刀を構えた。


「小烏丸? 確か……そんな名前だったような」呟くと、少女の背中がピクリと動いた。続いて、名を呼んでみる「もしかして、君、鬼屋敷笛さん?」言葉の途中で振り向いた笛が、目を丸くして固まった。


「猿面の……」


「笛さん、なんで君が?」


「やはり、あなた……」

 いって笛が何かを考えるようにして下を向いた。


「あ、いいや、その、僕は」


 慌てて取り繕う。束の間、笛に見取れていたハルは首を強く振り頭を冷やした。

 緊張感を失わせてはいけない。事態は目まぐるしく動いている。情況を把握せねばならない。

 図らずも戦いの最中に黒鬼衆が現れた。これにより流れが大きく変わるかも知れない。

 

「話は後よ、今はこいつらを何とかしないと」

 笛はハルを背にして太刀を構えた。どうやら本気で助けてくれるようだ。


「ちょっと待って」

 敵に向かって飛び出そうとする笛の手を掴んだ。


 何か? と笛は首を傾げた。ハルは少女の身体から伝わってくる気を読み取って確信を深めた。何故そうなったのか理由は分からないが、笛は自分と同じように妖気体となっている。


「鬼屋敷笛、君はまだその身体を使いこなせていない。それに太刀の方も、それでは力を振るえない」

 ハルは手を差し伸べた。何を、と不思議がる笛に手を出すように促す。


 恐る恐る伸ばされた手に手を重ね、戸惑うように乱れた気を読み取り、気の流れを整える。目をしばたたかせる笛の手から太刀が落ちた。「あっ」と小さく声を漏らすと同時に少女の身体が震える。その直後、笛は色を取り戻した。


「これは……私が着ていた」


 セーラー服を着た少女が姿を現した。碧眼に鋭い光が宿る。黒の短髪が踊った。

 足下に落ちた太刀を拾い上げてハルはいった。


「黒の宝重だっけ? これはきっと驟雨の手により生み出された太刀だね。神器と同じ気配を感じる。だけど、この太刀には意志がない」


「――意志?」


「器といった方がいいだろうか、それ、今は中身が入っていない状態だ」


「器……」


「おそらくその太刀は、中に何かが入ってこそ、その真価を発揮させられるものだと思う」


「真の価値……何かが足りない。もしかして」


 笛は言った。この太刀は翠雨宮の最深部にある封印を解く鍵と対になるものではなかろうか。その言葉にハルは同意した。あのグラウンドで耳にしたことと矛盾しなかったからだ。確かにあのとき、偲化は小烏丸を値踏みしていた。 


「鍵……、黒の姫、笙子」


「そのことなんだけど、どうやらあれが私の本当の身体だという話なんだけど」


「身体? ならば君は……」


「私は生まれて直ぐ、緋花によって身体から離された心。今は依代を失ってしまい、それを取り戻すために朱の花園に向かっている。その花園の奥には妖力を宿らせる銀の梨があるのだと、雨声に聞いて」


 笛の口からもたらされた新事実。ハルは思考を加速させた。

 繋がろうとしている。緋花と銀の梨を通じて白龍の話と雨の話が。

 緋花が妖力を抜き取る力を持つこと。

 笛が依代として銀の梨を使っていたこと。

 いま聞いた話が本当だとすると、この話は黒の長、黄櫨にも通じる。緋花は黄櫨の命を受けていた。きっと黄櫨は緋花と銀の梨を操ることが出来るのだろう。


 ――竜の墓場と朱の花。


 藤十郎がハルを連れて向かっているのも朱の花園である。その目的は朱の花を使って妖気体であるハルの存在を消し去ることか、もしくは小夜の血肉と黒百足に関することか。銀の梨と緋花……いずれにしても依代と妖気との関係が鍵を握るのではなかろうか。 


「ところで、ウセイとかいうそれは?」

 どちらのことを言うのか、蛙か、それとも蝶の方か。


「蛙の物の怪だ。雨の声、読んで字の如く本人は雨様の眷属を名乗っている」


「それでは、あの蝶は?」


「あの方は揚羽様、遙か昔に討たれた黒鬼の長、月桂様の娘」


「……なるほどね」 

 あの蝶には見覚えがある。紫陽と仙里が姿を消して間もなく、蝶はハルの前に姿を見せていた。自分が偲化に殺されかけた時にも。


 雨の眷属を名乗る者が揚羽に付き従って行動している。黒の姫である笛を伴って銀の梨を目指している。その目的は一つしかない。――翠雨宮、そこに雨の後嗣に纏わる何かがある。


 俄に目の前の景色が開けたように感じた。

 あと少し、もう少しだ。ハルは決め手を求めた。


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