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第43話 竜の墓場

       -43-


 念じて小夜に話しかけた。声に応じて百足の体がピクリと震える。


 ――小夜、よく聞いて……、


 ハルは頼んだよといった後に、よし、と頷いて戦いに意識を戻した。

 向かい合ったまま押し黙る大蜘蛛。藤十郎は腕を組み様子を眺めていた。そんな動きを止めた戦場に偲化の声が降る。


「棕櫚よ! 邪なる輩を討つのです。善行を積むのです」

 号令に大蜘蛛がハッとして首を持ち上げた。戸惑う眼がハルに向けられる。

 その眼差しを笑みで迎えて大刀を持ち上げ切っ先を向けた。


「引けぬならばもう迷うな、時間はない。戦いが長引けばあなたの大事なものも死ぬ」


「雨……いや、猿太郎だったな」

 大蜘蛛が眼に光を取り戻した。応じてハルは飛び出した。


 袈裟懸けに振り下ろした切っ先を追うようにして光の線が走る。

 受けた大蜘蛛の鋏角が鈍い音を鳴らした。呻き声を聞く。敵の武器に亀裂が入っているのを見てハルはフンと鼻を鳴らした。


 構えも取らず悠々と歩み寄り、大蜘蛛の目先まで間合いを詰めると、その場で刀身を肩に担ぎ空いた左手を突き出す。ハルは本気で来いといって手招きをした。


 鋭く睨み付けながら敵の戦意を伺った。挑発をうけた大蜘蛛が吠える。

 そうだ、それでいい、これで流れは掌握できた。

 手数を繰り出す互いの武器、戦いはより一層の土煙を巻き上げて膠着する。絶え間なく降らせた雷が戦いの音を消す。ハルは差しの戦場を周囲から隔絶させた。

 これで思い通り、場が整えられた。


「シュロさん、あなたの大切な者を僕は必ず救ってみせます。だから、竜の墓場について知っていることを教えて下さい」

 鍔で相手の武器を押し込みながら、ハルは話しかけた。


「……? お前」


「どうしても知りたいのです。大百足の謎を、竜の墓場の意味するところを」


「…………」


「僕は、僕の名は蒼樹ハル、縁あって白龍の娘、小夜と出会ったものです」


「雨、やはり」


「やはり? いいえ違います。雨などではありません」


「クッ、ククク」


「何故笑うんです」


「……義経記、勧進帳を模した猿芝居、見るものが見れば容易に見分けられるというものよ」


「そうでしょうか? 裏の裏は表、その表が真だと誰にわかるというのでしょう。田原藤十郎にも、偲化にも冨夜にも、僕の真意は、天にさえ見抜けない」

 打ち鳴らされる剣戟の音、頭上に喚ばれた黒雲は絶えず轟きを響かせる。

 激闘を演じる最中に蜘蛛の鋏角を回復させると、棕櫚が笑った。


「お前、天意を試す気か?」


「天意? そんなものはありませんよ。仮にあっても信じない」

 ハルが不満を口にする。ふっふと鼻を鳴らして蜘蛛が笑みを堪えた。


「いいだろう、俺の知っていることは話してやろう」


 ――その昔、それは白龍に恋着した愚かな竜の話。偲化は天誅を受け天に還されてなお諦めきれず過ちを犯す。竜王の御宝を盗み地上に舞い戻る偲化だが、ついに望みは叶わなかった。繰り返された愚行と重ねられた敗北はついに竜を化け物の身に堕とした。

 日照り干魃、疫病の蔓延、神使の虐殺、偲化は悪行の限りを尽くす。

 しかし、無敵の外殻と不死の魂をもつ大妖怪もついに討たれるときが来る。

 偲化が討たれたその場所が竜の墓場なのだという。


「竜の墓場が、偲化の死地を意味するところだと理解は出来ました。それで――」


「違うぞ、その意ではない」


「え?」


「偲化を封じるには、あの無敵の外骨格から本体を追い出さねばならなかった。その役を担ったのが竜の守人であった。守人は偲化に喰われることで入れ替わりを果たした」


「喰われることで? では娘が大百足になったわけとは……」


「喰われたのだ。あの娘は父に喰われた。竜王の御宝、銀の梨は神力を宿す依代となる。竜王より授かったその銀の梨を使い父を救おうとして白龍の娘は死んだ」


「そう、だったのか……」 

 藤十郎がハルの身体を娘に喰わせたことに思い至った。やはり理由があった。

 だが、どうしてだろうか。どうして自分と小夜は入れ替わらなかったのだろうか。


「娘は喰われた。流された血より朱の花が生まれ、食い散らかされた骸を養分として銀の梨は根付く。これが竜の墓場の謂われである」


「謂われ。緋花は、小夜の血から生まれたのか」

 ハルは知った。藤十郎と小夜にとっての忌み地、それが竜の墓場である。


「朱の花は妖から妖気を吸い取る。残された体は梨の木の養分となる。それが朱の花園、俺が知っていることはここまでだ。さあ約束である。見せてもらおう」


「分かりました。では、一度死んで頂きます」


「なに!」


「あ、ああ、違います。ごめんなさい、芝居です。今からあなたを炎で燃やします」


「はあ?」


「いえいえ、それは焼き尽くすというのではなく、その、たぶん少しくらいは熱くなりますが我慢して頂いて……」

 身振り手振りで伝えようとした。繰り出す炎、紫色の炎は、自分の意のままに対象物だけを燃やすのだと説き、軽く実戦してみせる。


「面白い。蒼樹ハル、いいや猿太郎だったな。まあいいだろう。お前の治癒の力はもう分かっている。話に乗ってやろう。死んだふりをすればよいのだな」


「それでお願いします。向こうには既に小夜に待機をしてもらっています。それでは」

 いって風を呼ぶ。舞う砂塵が一瞬にして消し飛んだ。上空に飛んだハルは間髪を入れず棕櫚に雷を打ち込み、神器に声を掛ける。


「綺羅!」と名を呼ぶと、速やかに応じる「――心得ました」の声に併せて雄叫びを上げ棕櫚の頭部に太刀を突き立てた。断末魔の声を上げた棕櫚が地に伏す。ガクリと首が落ちた。

 すかさず、傍らに無数の紫炎を呼び出すと、指さすように投げ捨てて棕櫚を燃やす。


 ハルはニタリと笑いながら偲化を挑発した。顎を突き出して見下す。さあ手詰まりだぞ、どうする? と問いかけた。


 呆然と見やる偲化。その立ち直りを待つまでもない。 

 今度は半死の女に向けて言う。


「あなたの大事な男は死んだ。後を追いたかろう、送ってやる。恨み言は、あの世にいった後に連れ合いと、もうすぐ始末される偲化に言え」


 いうなり、ハルは紫炎を投げつけた。偲化の頭上から降り注ぐ紫の炎、その一つが女に燃え移ると、堪らずに偲化が手を放した。――ここでたたみ掛ける。


「小夜!」


「キュッ!」

 偲化の足下で巨大化する大百足。小夜は素早く女を咥えて岩を下った。


 百足から女を受け取ったハルは直ぐさま治癒の為に手を翳した。

 脳裏に浮かび上がった呪詛の言の葉を読み解く、掌が穢れを感じ取る。目を閉じ集中し「去れ」と気を吐くと、傷から黒い煙のようなものが立ち上る。女の身体に食い込んでいた矢が消え失せた。


 これでよし、言ってハルは女の具合を確認する。布きれの下から覗かせる白肌が血色を戻していた。胸元が動き出すと呼吸が戻る。女の口から嗚呼と掠れた声が漏れ出た。


「猿太郎よ、感謝する。土蜘蛛を束ねる者として誓おう、この恩は消して忘れぬ」


「気にしないで下さい。僕はただ、誰も死なせたくないだけ」 


 ここからが勝負だと話して偲化の方を向く。睨みを受けて敵がニヤリと口角を上げた。大刀を構え直した。これで敵の目論見を一つ潰したがそれで終わりということはないだろう。


 次の手は何だ。前後左右に張り巡らされた気を一気に遠くへと広げた。

 倍速再生で脳裏に映し出される景色の中には岩、木々、異界の生き物に、蜘蛛と猿の姿が見えた。ハルは更に細心の注意を払って戦場を観察した。敵は強敵、油断は出来ない。どこかに不審な気配がないかと探っていくと……なんだ? 


 何かの気配を感知した。――棕櫚のすぐ側に銀の粉が漂っていた。その銀の軌跡を追うと、木立の後ろに何者かが潜んでいた。どこか見覚えのある黒蝶が舞う、その付近には覚えのある少女の顔があった。あれは確か……、名前を思い出そうとした時だった。偲化の気配が動く。


 ――来たか! ハルは素早く次の事態に備えた。


「皆、動くな!」


 声を張り上げて見上げる。空から降り注ぐ無数の矢を察知した。

 左から右、眼は戦場を隈無く捉える。振り出す腕が的確に命を守る盾を配す。蜘蛛の頭上に展開される円の盾に弾かれる矢。乾いた音が屋根を打つ雨音のように聞こえた。


「皆さん、まだ気を抜いてはいけません!」

 ハルは蜘蛛を一カ所に集めた。斜面を上がり、切り立つ山肌を背にして戦場を見渡す。


「お、おい、猿太郎よ、これは」

 ハルの後ろで群れを率いる棕櫚の声が俄に張り詰める。


「どうやら一人たりとも逃す気はないようです」

 地に突き刺す矢を墓標の如くその者らは現れた。


 地中から盛り上がる土。そこから這い出る死人の群れ。所々に損傷の見える武具を着込んだ死人の軍勢は、腐った肉片を下げる者から骸骨のものまで様々。 

 敵は、周囲を囲む樹海の中だけでなく、渡ってきた川の河川敷にも溢れ出た。いったいどれくらいの数がいるのか。ハルは数えきれぬ気配に焦燥する。


「――くっ、どうやっても血であがなわねばならぬと言うことか」

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