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第36話 昔話

      -36-

 

 疾走する二つの影は、草原を抜け森の中に入ってもその速度を緩めることはなかった。胸は高鳴っていた。もはや、生存の可能性など測ってはいない。予感を確信とするのは愚か者のすることだろう、しかし茜は心の底から信じていた。


「待ってて、ハルちゃん」

 独りでに決意を漏らす。心中で断言し誓った。生存を諦めず、必ず助けると。


「八百年前の戦、そもそもは何が原因だったの?」

 颯爽と木を避け、枝を躱す。茜は質問を風に乗せた。


「発端は何処にでもあるような跡目争いです」

 つかず離れずの後方から接近する破笠。さらりと返る言葉。抑揚のない声はどこか重苦しさを滲ませていた。


「でもさ、潮は俗世間においてちゃんと世継ぎを育てていたわけだし、月桂も弁えて前に出なかったんでしょ?」


「仰るとおりです。お二人は幼き頃よりの朋友、御方様も月桂も過分にものを申すことはございませんでした」


「破笠、その言い方には何やら含みがありますね」

 茜の言葉に好奇心が混じる。名を逃し実を得た女と名を得て実を損ねた女。恋争いの結果としては痛み分けのようにも思うが。


「私が見たところでは、両名とも健やかに暮らしておったと。しかしながら、それぞれの心の内側までは分かりかねます。私には、女心というものがどうにも難しくて。なので、これ、ということは申せぬのですが……」


「二人の胸中に何かを感じることはあった、ということ?」


「い、いえ。私は、特には何も。ですが気になることはあります」


「気になること?」


「これは聞いたところによる話なのですが、黄櫨が申すのには――」


「黄櫨? 黄櫨って、いま、仙狸と紫陽を捕らえているという」


「いかにも。現在の黒鬼衆のおさ、黄櫨は月桂の妹。その黄櫨は秋霖様が初めて降伏こうぶくした妖怪でもあります。とは申してもそれは、両者がともに童の頃の話であるからして、あれを退魔と申して良いのかどうか」 


 彼は遠くを見つめるような目で話した。昔を懐かしむその様子からは憎しみなどの負の感情は受け取れなかった。むしろ、親しい身内の話を聞かされているように茜は感じていた。


 雨の陰陽師と取り巻く眷属らの話。伝承に出てくる者達の童の頃とはいかにも古い話だが、恋だの、姉妹だの、幼馴染みだのと聞けば、彼らの行いが如何にも人間くさく思えてくる。古めかしい伝承にも親近感がもてた。


 やがて恋に落ちる妖怪と人。秋霖と黒鬼姉妹の幼き頃に何があったのか。


 ――雨の陰陽師と三人の女。


 秋霖と月桂、そして潮。三人の恋愛模様に甘酸っぱさを感じ取ると、茜の胸は更に好奇心を掻き立てられてキュンとした。


「それで? その二人の出会いから先はどうなるのです?」


 胸躍らせて尋ねた。だが、問われた破笠は困り顔に空笑いを浮かべる。茜は直ぐに己を正し、品のないことでしたと詫びる。破笠は一言「いえ」とだけ答えた。

 茜は強面に愛くるしさを見て微笑む。見事な体躯に威厳を保つ赤鬼衆の頭は、既に老齢の影を纏っているが今も尚、堂々とした偉丈夫だ。タイプは違うが、彼は父と比肩しても遜色のない強者である。そんな、色事に縁遠きを匂わせる武道家に色恋の話をさせるのは酷というものだろう――。


 少しの気まずさを後ろに残して二人は進む。

 道々に破笠から聞かされた昔話は特に悲哀も含まず、英雄譚として聞くに十分楽しめる痛快なものだった。


 ――まるでお伽噺を聞くようだな。


 赤鬼と力比べした話。悪戯狐を懲らしめた話。呪いからどこぞの姫を助けた話など。次々と語られていく逸話は、その全てが悪を懲らしめることを主題にした物語のようで、そこには仄暗さなど微塵もなかった。


 ある日のこと、都で悪さをしていた黒鬼のやんちゃ娘は、生誕より稀代の陰陽師と謳われた秋霖に懲らしめられた。その出来事を切欠に少年陰陽師とやんちゃ娘は心を通わせる。やがて、二人の子供が結んだ縁を起点にして残る二人の少女が繋がっていく。


 麗らかな心持ちで先を行く。恋の話にドキドキし、英雄譚に心を躍らせる。胸には希望を抱き、足取りは軽かった。破笠は相変わらず淡々と棒読みのように話を続けていたが、その味気なさもかえって想像力を掻き立てるようで楽しめた。


 破笠の語りが俄に暗さを帯び始めたのは、調子づいた茜が渡る枝から足を滑らせた時だった。


「茜殿、油断が過ぎますぞ」


「あはは、面目ない。ついつい」

 いって茜は、顔や頭に絡みついた塵を払おうとした。


「うわぁ、なんだよこれ」

 手に絡みつくような粘着性のあるそれは、蜘蛛の巣だった。


「大丈夫でござりますか?」


「あ、平気、平気。ただの蜘蛛の巣。微弱な妖気は感じるけど、その程度です。どうやらこれは異界の虫のもので妖怪のものではないみたい。特に刺激もないし身体に異常もない。ということで毒の類いもまぁ無いでしょう」


「左様で……」

 破笠はホッと息を吐いて肩から力を抜いた。気苦労を強いることに申し訳ない気持ち半分、呆れる気持ち半分の心境になる。どうもこの保護者は心配性が過ぎるな、と茜は鬼面の下で微笑んだ。


「破笠、あなたも人のことを言えないですよ」

 破笠の肩から流れる蜘蛛の糸を見つけた。どうやらここは虫が多く生息する場所らしい。深い森の中、周囲に立ち込める木々を眺めて合点がいく。


 破笠の肩に張り付く一本の蜘蛛の糸が、日暮れの斜光を受けてキラキラと光っていた。それをサッと手で払いのけると、軽い糸は風に流されるまま消えていった。


「そろそろ日も落ちます。今日はここまでにして夜を凌ぎましょう」


「そうですね」


「森の中は見通しが利きづらい。ゆめゆめ油断を召されませんように」


「大丈夫ですよ」

 鬼面の頬を撫でながら、心配ご無用、と軽口で応じる。父から借り受けた神器は持てる力を増幅してくれている。先の虫が仮に化け物であったとしても今の自分ならば訳なく片付けられるだろう。それが奢りでないと言えるほど力は漲っていた。


 破笠が野営の準備を始めた。周囲に結界を張り、中央に篝火をたく。やれやれ、今夜の寝床は土の上か、茜は肩を落とす。妖気体なので食事は必要としないがそろそろ口寂しくなってきている。そう言えば、風呂にも入っていない。これは年頃の女子のすることではないなと独りごち、腕を組んでウムと唸る。


「茜殿、なにか?」


「あ、いえいえ、なんでも」

 慌てて首を振った。両手を振って誤魔化すあたりが白々しいと自分でも思う。


「気を引き締め直してくだされ、茜殿」

 破笠の注意が浮ついた心にドンと重しを掛けた。


「はい」

 厳しい眼差しを向ける破笠。――どうやら話が核心に移るらしい。茜は息を呑んだ。


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