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第29話 花の使命

       -29-


 夢を見ている。

 緋花は幾百年の時間を遡っていた。


 自我など持ち得なかったあの頃は、種を保つためだけの意志のみを有していた。

 朱の花園で同類と共に咲き誇る。季節など無い彼の地では天寿以外の理由で枯れることはない。それでも種に輪廻はある。種子は土に落ち、芽を出しやがて花を付けて実を育てる。


 多くの実は、累々を維持するための糧となる。緋花の種子は花園に養分を与える役を担う。獲物をおびき寄せる行為、種子はいわば撒き餌のようなもの。


 招き寄せられた獲物は暫くの間、恍惚の表情を浮かべながら花園の中を彷徨い歩く。その内に花々は一斉に妖気を吸い取り糧にするのだ。


 獲物の血肉は不要だった。旨味だけを吸い取ると、花は抜け殻を花園の中心にある樹林まで誘導しそこで骸を朽ちさせた。


「――私はなぜ」


 今になって、異界での有様を思い出していることが不思議だった。

 記憶の中に広がる異界の景色。朱の花園の中心には山梨が群生していた。

 山梨は肥えた大地から養分を得る。そうして彼らも白い花を咲かせ実を付ける。

 遠い昔、この梨の果実が実に美味いのだと桂花に聞いたことがある。


 ――それと、


 この銀に輝く梨の果実にはもう一つ使い道がある。

 数多の化け物を喰らって実った果実には妖怪の養分を力として凝縮させた滋養の他に妖力を宿す依代になるという特性があった。


 緋花に備わる固有の能力。梨の果実に憑依した緋花は花園を出て餌を誘う。


 ――これが分離と依代の意味。そう、だったのか……。


 種の輪廻である朱の循環。これが本来の種が保持する性というものか。緋花の見ている夢は魂の中に眠る本能の記憶を呼び覚ました。今まで思い起こさなかったことが不思議であった。

 この時、緋花は理解した。何故に、桂花の子孫が短命であったのかを。


 勿論のこと、桂花の子は人間の血が混じる半妖であるので、その寿命は親よりも短いのだが、それにしても短すぎた。


 種を繋ぐために純血と掛け合わせ、年月の経過と共に鬼の血を濃くしていったのだが、そこは世代を経ても変わらず短いままだった。


 是非もないと溢し下を向く。緋花は己を呪いたくなった。

 自らの意志で茜の身体に乗り移ったことにより初めて己の業に気が付いた。自分達は元来、他者から妖力を吸い取る化け物であった。


 妖力を抜き取られた身体は、激しく生命を消耗させる。この茜の身体も例外ではない。維持させるために緋花が意識を移らせてはいるものの、これでは天寿を全うすることなどとても叶わぬだろう。

 里にいた姫達は、このようにして代々血を繋いできたのか。


 生まれて間もなく花によって妖力を分離され、空いた形骸には花の意識を宿らせる。なんと惨いことだろうか。


「私は呪い。私は穢れた者だ。数百年もの長きに渡って、隠れ里を朱に染めてきた私達は、黒の娘達にとって忌むべき者だった。私達は笙子様から精気を吸い取っていた化け物、いや、歴代の姫達から妖力を吸い上げてきた。私は毒であり、穢れであり、呪いだ」


 思い出す。黒の女に言われた言葉が深く胸に突き刺さった。緋花は罪咎を思った。

 長い間、悲嘆に暮れながら数多の女を見送ってきたが、そのことが如何に安直で愚かな行為であったかを思い知らされた。


 ――何故に桂花らはこのような無体を子孫に強いたのだろうか。

 生みの親の桂花に悪意はなかった。妹の黄櫨にも。


「そういえば、黄櫨様は黒を朱で隠してきたと言っていた……隠す……何者からか、黒の血筋を隠さねばならなかったということだろうか……。それはいったい何故」


 このとき緋花は蒼樹ハルが傷つけられたときのことを、彼を害した男の様子を思い出した。確か……男は、笙子を鍵と呼んでほくそ笑んでいた。


「笙子様は鍵、その鍵は奪われてしまった。黄櫨様はなぜ、みすみす笙子様を里から出したのだろう」 


 黒の者達は「鍵」を隠してきた。結論はそこに至ったのだが、黄櫨の行動の意味が今ひとつ理解できなかった。


 分からない。自分は何のために蒼樹ハルに会いに行ったのか。

 緋花は選ばれ体を与えられた。黄櫨は彼女に命じた、「雨様に会って助力を請え」と。

 あの時は黒の姫を救いたい一心であった。だが今は、与えられた責務も心の寄る辺を失ったままでは如何ともしがたく、まるで行く末が見通せない。


 自分は何のために生きているのだろうか。誰の為に生きているのだろうか。

 存在意義を問う。緋花は萎れるように項垂れた。積年のうちに死していった女達の無念を思うといたたまれない気持ちになった。勇んで里を出たはずなのに……。


 足を得て意のままに移動できることが痛快であった。数多咲く花の中から選ばれ重大な仕事を課せられたとなれば意気もひとしおに上がった。

 それは、見守り続けることしか出来なかった自分にようやく巡ってきた出番。死んでいった黒の女達の為に行動できる喜び。


 緋花にとって、与えられた使命は夢を掴み取ったことと同義であった。

 今、反転した希望。慚愧が胸を締め付ける。心細い、苦しい。

 何故、こんなことになったのだろう、緋花は生まれてきたことの意味を問うた。


「……私は、確かめなければならない。黄櫨様に真意を問わねばならない」


 小さな社の中で、鬼怒川茜の身体が静かに瞼を開く。

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