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第21話 御破算

       -21-


 ハルの切っ先が迷いを見せるようにブレた次の瞬間だった。猿鬼の一軍が怒声を湧かせた。


 頭上から振り下ろされた大鉈、その攻撃を皮切りに次々と刃の雨が降る。

 数を頼みに入れ替わり立ち替わり襲い来る猿鬼。微塵の隙間もなく波状で押し寄せる攻撃。敵が絶えの間ない連携を見せた。


 ハルは歯を食いしばる。拙き撃剣でなんとか凌ぐ。

 正面の斬撃を鍔で受けて押し返す。薙ぐ刃を紙一重で躱し、足を払う攻撃は飛び退き避けた。ハルはこれらの動作を殆ど同時にこなした。それでも、苛烈な猛攻は止むことを知らず、光る刃の軌道と敵の動きをどうにか追って斬り返すも、交えた刃で火花を散らすことで精一杯。


 切羽詰まった調子のまま数合を打ち合う中で、飛びかかるように降らせてきた一太刀が気迫を乗せて加速した。その攻撃を構えて十字に受けるが圧力に戸惑う。相手の力量を測り違えたことを悔やんだ。押すも引くも出来ずまごつくうちに、どうにも堪えることが出来なくなる。ハルはとうとう地に片膝を突かされるまで追い込まれた。


 焦燥した。これは交渉の余地など無い殺し合い。ならば、相手を跪かせて終わることなどない。甘かったと自戒しながら、ハルの覚悟は、直ぐさま次の攻撃を予見した。


 脳裏に浮かぶ凄惨な光景。血を流す身体でないことは承知しているが、それでも惨たらしく屍を晒す我が身の姿を思い浮かべた。

 ――来る! と危機を察知すると同じくして、ハルの背中に激痛が走った。


「…………く、く」


 ギリと奥歯が鳴く。強烈な痛みに意識を飛ばされそうになりながら、転がるように横に逃げる。ハルは直ぐさま対峙する敵に向かって切っ先を返した。しかし、受け身の動作が大きな隙を作ってしまう。間隙を見つけた刃が斜め前から飛んできた。


 受けるも躱すもどうにもならない。もう間に合わないと悟りながら太刀を振るも、先回りした思考が既に手遅れであることを知らせる。敵の刃がハルの太刀を掻い潜り身に到達した。

 鉄の刃が肌に触れ、皮膚に食い込む。肉を切って骨を断つ。ハルの目はその様子をコマ送りの映像として見ていた。 


 ハルの腕は、太刀を握りしめたままポトリと地面に落とされた。

 衝撃よりも先に喪失感がきた。何か大事なものを床に落としてしまった時のような痛恨の念。ああ……と思わず声を漏らした後に。


「…………ぐ、がぁーーー!」

 ハルは切断された腕を押さえながらのたうち回った。


 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 止まれ! 止まれ! 止まれ!


 必死になって回復を念じる。だがしかし、腕を再生するどころか痛みを消し去ることさえ出来ない。ハルは己の力に問うた。腹の傷は、五秒と経たずに回復したのに何で。


 片膝を立てどうにか立ち上がろうとするも、痛みに支配された意識が邪魔をして上手く身体を扱うことが出来ない。焦りだけを募らせる。

 絶命の時が迫ってきた。武器を持ち上げた敵がにじり寄ってくる。鈍く光る刃がハルを囲んで終わりを告げた。初めての戦場は苦いものとなった。


「またか、また僕は……」

 ハルは毎度お決まりのように同じような失態を繰り返している愚かさを悔いた。

 遂に絶望しながら最後の時を待つと、脳裏に仙里の言葉が蘇る。


『救いたいと願うても、その義は己の主観と立ち位置によってころりと変わるものだ。是非は己が手前勝手に決めつけているにすぎない。お前は、何の為に、誰を救いたいのか。お前は何がしたいのだ』

 猿鬼に無益な死を与えたくなかった。――そうか、自分はただ、殺しを行いたくなかっただけなのかも知れない。

 戦場で無意味を行う。それは甘いことで譫言うわごとのようなものだったかもしれない。


「……本当にその通りだね、仙里さま」

 小夜を呪いから解放してあげたかった。緋花の願いも聞き遂げられず、人形のように眠る少女も攫われたままである。とどのつまりは、黒鬼事件が終結して以降も、何一つとして成し遂げられたことがない。ハルは死に際して始末を嗤った。  


「キュキュッ!」

 止めどなく湧く痛覚の中で小夜の声を聞いた。


 周囲の敵が弾き飛ばされる様を見ると、辺りが暗がりに覆われた。

 ハルの身体は、いつの間にか大百足の巨体に守られていた。

 彼女の内側で澄んだ金属音を聞く。それは鐘の音などではない。群がる敵の得物が小夜の黒鉄を打っているのだ。


 思わず大型昆虫に群がる蟻を思い浮かべる。この時ハルは全身に不快を感じていた。


 ――この感じは、何だ? ……これは彼女が受けている痛みなのか。


 小夜が感じていたのは、敵から受ける強い怨嗟と怒りの感情だった。

 武器が外骨格を打つ度に衝撃は苦痛となって彼女を苦しめていた。


 ――酷い、こんなことって……。


 小夜に掛けられた呪いの一端を知覚する。ハルは悍ましさに憤慨した。

 不快に苛立つ百足が鋭利な咆哮を上げて敵を威嚇した。直後、徐に囲いを解いた小夜は黒鉄の巨体をうねらせて無数の敵を払いのけた。


 猿どもが、箒で掃かれた小石のように爆ぜ飛ぶと、巻き上げられた砂塵の向こうで数多の呻き声が上がった。


「小夜、ダメだ……」

 反撃に転じようとする小夜を止めた。もうこれ以上、小夜に辛い思いをさせたくない。


 ハルは小夜の痛みを共感していた。この同調については思い当たる節がある。一つは彼女に甘噛みを受けたあの時に起こった魂の直結というべき繋がり。もう一つは小夜の腹の中にある自分の肉体の存在。恐らく、それら二つのことが相乗してこのような同調を起こしているのではないだろうか。

 ここでハルは目を瞑り、呪いの根源に迫ろうとした。


 漆黒の夢想。虚ろの中で光る文字の羅列を眺めた。

 あの時はダウンロードされた情報をディスプレイの中を流れていく意味不明のプログラミング言語の様に見ていたが、今はそれが何であるかを理解し始めている。


 魂が文字列を解析していくような感覚、言の葉が次々とハルの中に刻まれていく。小夜の呪いの正体は ――どうやら黒鉄の体は無敵の象徴ではないらしい。


 小夜は外骨格越しに痛みを感じていた。それにしても、どこまでも悪辣な趣向である。小夜に掛けられた呪いは、完璧に攻撃を防ぎながら、苦痛だけを小夜に与えている。

 彼女は何故、このような罰を受け続けなければならないのだろうか。それ程に彼女の犯した罪は重いのか。呪いの全容を理解したハルの内側に怒りと覚しき感情が湧き起こった。激しい思いがハルの心に火を付ける。


「ハキュッ、キュキュウ」

 ハルの身を案じる小夜の声。彼女は再びハルの名前を音にしていた。


「君も感じているんだね。でも大丈夫、君が我慢強いおかげで、僕に伝わってくる痛みは然程のものでもないよ。それよりも、僕の痛みの方が幾分も大きく君に伝わっているようだ」

 

 ハルは目を開き苦笑を返した。

 摩訶不思議な現象を目の当たりにして今更ながらに現状を自覚する。人の身体を認識していた為に、人間の限界を制約として課してしまっていた。

 気付くと同時に心に纏っていた常識がはらりと脱げ落ちる。


「小夜、どうやら僕は、人としての五感に振り回されていたようだ」


「キュキュッ?」


「切り落とされた腕の即時修復など不可能。そういう人としての概念が僕を縛っていた。だけど、今の僕は人ではない。ならば」


「キュッキュキュッ?」


「分からないかい? なら見せてあげるよ」

 いってハルは失った腕に意識を向ける。


 切り口の周囲に光る言の葉が浮かび上がると、それらが帯となり輪を作って高速で回転し始める。見る間に腕が蘇生されていく。


「よし! 上手く出来るようだ」

 再生した腕に拳を握る。次にハルは衣服を想像するようにして腕に防具を顕現させた。


「キュッ! キュッ!」

 はしゃぐように小夜が話した。

 ハルが腕に見せたものは、小夜の外骨格に似せた黒鉄の甲冑だった。


「小夜、心配掛けてゴメンね。もう大丈夫だから、下がってもいいよ」


「キュキュキュキュ!」


「心配ないから、ね」


「キュキュウ……」


 小夜が離れたことを確認してから敵を眺めた。

 大百足の攻勢に怯んだ敵は明らかに動揺をみせていた。

 そこに時間的猶予をみてハルは目を閉じる。

 額が熱を帯びると、一本の光の道筋が示された。ハルの首に付けられた印。そこから放たれどこかに繋がっている光と先に待つ者。それが誰であるかはもう確かめるべくもない。


「――騒速!」


 確信を持ってその名を告げると、ハルの前に稲妻が落ちた。


「やれやれでございますよ、ハル様」

 ふわりと金糸の髪が煌めいて舞う。振り向き様に白黒の虎柄を翻し細い目が笑んだ。


「何のための先読みだよ、この事態、ちょっと厳しすぎるのではないの」


「甘やかしたでは、独り立ちも出来ぬでしょう」


「分からないでもないけど。でもさ、そんなんじゃ、一人前になる前に死んじゃってるよ」

 独りでに笑みがこぼれていた。


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