目覚め
『─すか?』
誰かの声が聞こえる。
『──大丈夫ですか?』
大丈夫? ああ、誰かが俺の事を心配してくれているようだ。ああ、天の助けとこの事だろうか。ありがたい。できれば、救急車を呼んでいただければ……。
「あの、大丈夫ですか?」
「──っ!」
あれ? 体が軽い。それに体の痛みが無い。確か俺、階段で足を踏み外して階下に落ちて……。
「こんな所で寝てたら、危ないですよ」
「こんな所で? ああ、すまな──っ!」
おかしい……俺は確かに会社に居た。だが、どうしたことだ。辺りを見渡しても草木や川など自然の風景しかない。
それだけじゃない。俺の服装や容姿もおかしい。俺は確かにスーツを着ていた。だが俺が今着ているのは、布の服とズボン。そして背中にはマントが。いかにもゲームに出てくる冒険者という感じの服装だ。
あと、ご丁寧に剣も腰にぶら下がってる。
体型も何か違和感がある。身体が縮んだというか手足が短くなった気がする。
「えっと……。申し訳ございませんが、ここは何処でしょうか?」
「えっ? 今いる場所が分からないんですか? ……ホントに大丈夫ですか?」
うん? ああ、そうか。彼女からしてみれば、俺はここまで歩いて来たが、何かあって倒れてしまった。と考えたのか。それが普通か。迂闊だった。今の発言で怪しまれたかもしれない。今後の返答次第では、不審者として警察とか呼ばれる可能性もあるな……ここに警察がいるのか分からないが。
「──あっ! もしかして記憶喪失とかですか?」
……どうやら、怪しむどころか勝手に勘違いしてくれたようだ。
しかし何故そういう考えに至ったのかは不明だが。まあ、これはこれで好都合だ。彼女に話を合わせておこう。
「ええ。実はそうなんです。俺は一体、ここまで来たのか……」
嘘は吐いていない。記憶喪失の事を除いて。
「やはり……。ここまで大変でしたね。とりあえずここは、危険ですから、街へ向かいましょう」
危険とは一体?
『グォォォォォォ!』
──っ! 何だこの叫びというか獣の咆哮みたいな叫び声は。
「いけません! 近くまで魔物が迫ってきてます。急いで西のアルクスへ向かいましょう!」
「は、はい……」
魔物だって!? とりあえず危険なのは分かった。これは彼女の指示に従うしかない。
◆
『グォォォォォォ!』
俺達の前に巨大な緑色の猿のような化け物が行方を立ち塞がっていた。この叫び声は、目覚めた場所で聞いたものだ。
あれだけ走ってもう追い付いた? 早すぎないか?
「やはり、アブゥ……」
「えっ、
「えっ、虻? あれは明らかに猿――」
猿のような見た目だし。ってか、デカッ!
「サルゥはアブゥの上級種です。あれはアブゥです。シッポが一つなのがその証拠です」
猿なのに虻とか、変わった名前だな。そして体長が3mくらいは、あるぞ。アレ。
「このままだと、私達は彼の餌になってしまいます!?」
「餌っ!?」
嫌だな……猿みたいな化け物の餌なんて。さて、どうするか。
彼女は明らかに武器持って戦うって感じはしない。つまり剣を持つ俺がなんとかしないといけないのか。
目が覚めて、いきなり大きい化け物と戦うとか……。これ、夢だよね? というか夢であってほしい。
『グォォォォ!』
あっ、これ駄目だ。無理。誰かが言ってたけど、女性を守るのは男の役目って。あれ、間違ってると思う。時と場合による。
命あっての物種ともいうし。
『グォォォォォォ!』
それになんか、あのアブとかいう化け物、興奮してるし。
ここは彼女を連れて、三十六計逃げるに如かずだな。
「アナタは逃げて下さい。私が時間を稼ぎます!」
「──へっ?」
いや、何言って──
◆
『──良いか? 悟よ。女子を守るのが男子の務めじゃ。決して女子を見捨てて逃げてはならぬぞ』
『えーっ! じいちゃん、いつの時代の人だよ。そんな古い考え方、今時誰もいないって──』
そうだった。あの言葉は、俺が幼い頃に亡き祖父に言われた言葉だった。当時は幼かったから笑い飛ばしていたけど、まさか今になってこの言葉が枷になるなんて……。
あー! もう、分かったよ!
はぁ……分かったよ。ここで逃げたら、天国のじいちゃんに何を言われるか分からないし、やれるだけのことはやるしかないか。
「悟、それが俺の名だ。それと君は逃げろ。逃げる時間は俺が時間を稼ぐから」
「サトル……さん? ──えっ?! ま、待って下さい、相手はアブゥです。アナタのレベルがどれくらいかは知りませんが、危険です!」
ああ、分かってる。だけど、もう後には引けない。
「心配は無用だ。あくまでも時間を稼ぐだけで、倒そうと思っている訳じゃないから。だから街へ向かって!」
「は、はい!」
よし、彼女は街へ向かったな。あとは、コイツからどう時間を稼ぐかだ。
『グォォォォォォ!』
「ホント、どう見ても猿にしか見えないのに虫みたいな名前で。紛らわしいな」
俺の言葉が気に障ったのか、アブゥは俺めがけて突進してきた。
「危なっ!」
うまく躱せたから良いが、当たったら死ぬ未来しか見えない。
ああ、逃げたい。でも、今逃げたら彼女の方へコイツは向かうだろう。




