牛頭の怪物
[ナトゥーラの洞窟最奥]
剣術、魔法の基礎訓練を終えて奥まで来た俺達だが、道中冒険者達と思われる死体が見受けられた。スライムに消化されかけた者、顔面を棍棒のような物で殴打されて潰されている者。その他に、人間同士で争いが起きた形跡も見受けられた。なるほどな、ギルドで出会った三人はその生き残りという感じなのだろう。
「そろそろ目的地へ到着だな」
「ああ、だから気を付けて。この奥にはキミのレベルでは勝てない魔物がいるということを」
分かってるさ。だが、進まないといけない。
『グォォォォォォォ!』
なんつう馬鹿でかい声だよ! これは咆哮だな。
誰かが戦っているのか。急ごう。
最奥地に着いてみると、女性と少女がおよそ3メートル程度の牛頭の魔物と戦っていた。
正確には1人が戦い、もう1人が援護している感じだ。
「あれは、ミノタウロス!?」
「まさかCランクの魔物がこんな所にいるなんて……」
ミノタウロス。神話に出てくる魔物の名だ。有名だが、こんな所で見るとは。
「くっ! この木偶の坊! 大きいくせに素早い!」
「──っ! 危ない!」
ミノタウロスと戦っていた女性が悪態を吐いていると、少女が危険を呼びかけるも時既に遅く、ミノタウロスの攻撃を受け吹き飛ばされた。
「──クハッ!」
血を吐き、倒れた。大丈夫だろうか?
「短剣使いの冒険者と治癒師でミノタウロスと戦うなんて無謀過ぎる! ここは、僕らが引き受けるから逃げるんだ」
ヘストの言葉に少女は、倒れた仲間の方へ向かった。
「今、助けます。《神よ、かの者の傷を癒やし給え……ヒール!》」
治癒師の少女が詠唱を唱え終わると、女性の傷がみるみるうちに消えていく。
これが治癒師の力か。
「──っ! 助かったよ」
「ここは逃げましょう」
少女が女性に逃げるよう提案する。それが良い。命あっての物種だ。
「尻尾巻いて逃げるなんてゴメンだよ。アンタだけ逃げな」
「でも!」
女性に断られ、食い下がる少女。そりゃそうだ。今度こそ死ぬかもしれない。
「援護を! 僕1人では抑えるのがやっとだ」
抑えているだけでも凄いと思うけど。
「援護、行くよ。《旋風よ、我らを仇なす者を切り裂け。ウインドスラッシャー!》」
刃状の風がミノタウロスの頑丈な体を切り裂く。
「グォォォォォォォッ!」
これは咆哮ではなく、悲鳴だ。ダメージを負ってる。
「追撃だ。くらえ!」
ヘストはジャンプ斬りでミノタウロスの左腕を切り裂いた。
「グガッ!」
流石に片腕を斬られたら、苦悶の表情になるわな。
「グォォォォォォォ!」
うわっ! あの牛、俺の方へ来たぞ。
「──っ! サトル、逃げるんだ!」
いや、今から逃げるには近すぎだ! これは、俺死ぬかも……。
《神よ、かの者を守護する盾を与えよ……プロテクション!!》
「うわっ───」
凄い衝撃だ! やばい……なんか分からないが死ぬのは免れた。だが、激痛で体が動かない。
「サトルさん、大丈夫ですか!?」
「うぅ……君は」
ああ、あの少女か。
「喋らないでください! そこまで怪我は大したことありませんね……今、治します」
さっき見た魔法みたいなものか。ありがたい。
「《神よ、かの者の傷を癒やし給え……ヒール!》」
「──っ! 体が軽い」
回復薬を飲んだときより治りが早い。これが治癒師の力か。
「また助けられたな。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。あの時に助けられたお礼が遅れて、ごめんなさい……」
そんなのお互い様なのに健気な子だな。
「大丈夫だ。お互い事情があったんだ。俺はもう大丈夫。さあ、キミは逃げてくれ」
「駄目です! 逃げるなら、今度こそ皆で逃げないと!」
足が震えてるじゃないか。怖いなら、逃げても良いのに。気丈な子だ。
「とりあえずキミは遮蔽物に隠れながら援護してくれ。あの魔物が、いつキミに襲い掛かるか分からない」
「分かりました。サトルさんも気を付けて」
当然だ。あんなのにもう一度攻撃されたくない。
「ラルム、奴の脚を封じる。援護を!」
「もうやってるよ♪」
ヘストとラルムのコンビネーションは凄いという一言で締めくくれた。
ヘストがミノタウロスを攪乱しながら、ラルムの魔法で魔物の脚を穿つ。
脚を穿たれた魔物は、悲鳴を上げながら、地面に崩れ落ちる。だが、まだやられていない。脚は封じられたが、膝をつき、残った片腕で必死に大振りの斧を振っていた。
「足下がお留守だよ」
「グガッ? ──ッ!」
何が起こったのか、斧を地面に落とした後、腹を押さえて苦しみだした。よく見ると、脇腹から血を出している魔物を目に捉えることが出来た。
「その邪魔な腕は斬り落とす」
「グォォォォォォォッ!」
満身創痍の魔物。これじゃあ、逃げることもままならないだろう。
だが、倒すしかない。被害が出る前に。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
この剣でとどめを……刺す!
「援護します! 《神よ、かの者に魔を退ける力を授けん……ストライクパワー!》」
「力が……漲る! とどめだぁぁぁぁ!」
これで倒せなきゃカッコ悪い。
「グガッ? グォォォォォォォ!」
なにっ!? 最後の力を出して立ちあがった!? これ、ヤバい!?
「《炎の柱よ、魔を焼き尽くす轟炎と化せ! フレアウォール!》」
「グォォォォォォォ!」
火柱がミノタウロスを包み込み、意識を一時的に遮断させた。
「倒れろぉぉぉぉ!」
俺は力の限り、剣を振り抜いた。ミノタウロスは振り抜かれた剣に首を絶たれ、倒れる。
首を斬られては流石に生きてはいないよな?
「ミノタウロス、討伐完了だね、サトル♪」
「見事でした、サトルさん」
ラルムと少女に褒められるなんて、ちょっとこそばゆい。
「驚いたよ。あの化け物を倒すなんて」
「まさかサトルが倒してしまうとは、思ってなかったよ。レベルも低いから、傷一つ程度かも思っていた。すまない」
冒険者の女性には、驚かれるのはわかる。ヘスト……それは、褒めているのか貶しているのかどっちなんだ?
「まあ、ミノタウロスを討伐と冒険者救出の依頼も完遂したし。ひとまず街へ戻ろう」
無視された。とりあえず俺達はアルクスの街へ戻っていった。