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ラグーン戦記  作者: 蘭学事始
1/1

竜姫、誕生

「おはよう、爺ちゃん」


丸長の墓石に、今朝摘んだばかりの花と、爺ちゃんが好きだったラム酒を供えて声を掛ける。


これが俺の毎朝の日課だ。


爺ちゃんが死んでだいぶ経つが一人でのこの山暮らしも、だいぶ慣れてきた気がする。


「あの……アーク様……?」


突然名前を呼ばれ振り返る。


するとそこには、エプロン姿の女性が一人立っていた。


胸の前で手を組み合わせ、まるで祈るように俺を見ている。


三十代くらいだろうか、その顔にはどこか見覚えがあった。


確か、山里の村で暮らす村人だった様な……。


「どうかされましたか?」


そう尋ねると女性は駆け寄って来て、俺の手を取って口を開いた


「五歳の息子が、昨夜からずっと熱を出していまして、今朝になっても熱が下がらないんです。村長に相談したらここを頼ってみろと……」


あの爺さん……村長とは古い付き合いだが、中々にくえない性格だという事は間違いない。


「なるほど……分かりました、ちょっと待ってくださいね」


そう言うと、俺はなるべく女性を安心させるため、努めて明るく振る舞いながら丸太小屋の家に戻った。


俺の爺ちゃんは生前、薬剤師をしていた。


爺ちゃんの作る薬はかなり高価なものらしく、必要最低限の薬をここで生成していた。

そしてそれを街からやってくる行商人と、これまた必要な分の食料と物々交換しながら、生計を立てていた。


小さい頃から爺ちゃんのその姿を見てきた俺は、爺ちゃんの薬剤師としての腕を受け継ぎ、今もこうして薬の生成を続けている。


「あった、これだ」


棚に並べられた小瓶の中から一つだけ手にすると、再び外で待つ女性の元へと向かった。


「ありましたよ、解熱剤。これを飲ませてあげれは、明日には熱も引くはずです」


そう言って、先程手にした小瓶を女性に渡した。


「あ、あの、お代は……?手持ちもそこまでなくて……足りない分は必ず……!」


「ああ、いいってそんなの。昔から爺ちゃんに必要な分だけあればいいってしつこく言われててさ、幸いにも今は食べる物にも困ってないし、良かったら持ってってよ」


「そ、そんな!村長から聞きました。アーク様の作るお薬は世界中でも手に入らない程の秘薬だと、そんな物をただでなんて……」


「んな大袈裟な、じゃあ今度山里に降りた時に、何か作物でも分けてよ、最近野菜取ってないから、死んだ爺ちゃんにそろそろ化けて叱られそうでさ」


「アーク様……なんと、何とお礼を申し上げれば……ううっ」


「だからいいって、ほら、息子君に早く届けてあげなよ、泣いてる顔何か見せたら息子君心配するからね?病人には笑顔が一番だからさ」


そう言って、中々引き下がらない女性を、俺は敷地の外まで見送った。


それでも去っていく最中、女性は何度も此方を振り返り頭を下げて行った。


「はは……」


やがて女性の姿が見えなくなると、俺は大きく背伸びをして、山の空気をめいっぱい吸い込んだ。


竜に愛され、その加護を受けた世界、ドラグニティ。


その昔、この世界では人と竜が共に手を取り合い生きていたという。


しかし、一人の覇王、ロンバルディア皇帝の誕生により、世界の安寧は崩壊した。


悪しき力を手にした皇帝は、神として崇拝されていた竜達を、滅ぼそうとしたのだ。


己が欲望を満たすために竜を殺す皇帝に、いや、人に失望した竜達は遂に、人々の前から姿を消したのだった。


今、この世界は紛争の真っ只中にある。


皇帝に仇なす者、紛争に紛れ世界の覇権を狙う者。

戦いの中でしか生を見いだせない者など、かつての平和な世界ドラグニティは、混迷の一途を辿っていた……。


「戦争か……爺ちゃん言ってたな……誰が正しいとか関係ない、自分が正しい事をやれって……」


何のつもりで俺にそんな事を言ったのかは分からない。


けれど、今の生活を変える気は俺にはない。


爺ちゃんが眠るこの地で、俺はこれからも……。


──ガサガサ


「ん?」


突如、草むらが揺れ動いた。


「イノシシか?」


草むらにゆっくりと近づく。

もしそうなら今夜はご馳走だ。


「捕まえた!」


言いながら飛びかかった時だった。


「う、うわぁ!」


手に伝わる柔らかな感触に、俺は思わず驚いた。


「な、何だ……これ?」


そのまま柔らかい何かを掴んだまま、草むらからそれを引っ張り出す。


「えっええっ!?」


それは、女だった。


シルクのローブを、頭からすっぽり身にまとった女性だ。


しかも柔らかい謎の物体の正体はその女性の……。


「うぅっ……」


女性のくぐもった様な声に、思わず俺は両手を胸から離した。


「わあっ!ご、ごごごめんなさい!!」


だが、


「えっ?」


胸から手を離した瞬間、女性の体は物理法則を無視するかのように、俺の方に倒れてきたのだ。


慌ててその体を抱き支える。


「な、何なんだ……一体?」


どうやら意識を失っているらしく、俺は仕方なく女性を抱き抱えると、山小屋へと戻った。




部屋に戻り、俺は女性をベッドに寝かせるため、身にまとっていたローブを脱がせた。


艶やかな銀髪と共に、人形の様な美しい顔があらわになる。


その美貌に、思わず息を飲む。


切れ長の目に、すうっと通った鼻筋。


柔らかそうな淡いピンクの唇は、大人びた印象を受ける。


歳は17~18といったところだろうか。


身にまとっている服装もそうだが、どこからどう見ても、そこらの村人では無いのは確か。


だいぶ疲弊しているみたいだ……。


頬にも痩けた様な影がある気がする。


恐らくここ何日かはろくなものを食べていないのだろう。


目にもクマの後がある事から、恐らく睡眠も取れていない。


体に若干の熱を感じる。


脱水症状を起こしかけているのかもしれない。


俺は水袋を用意すると、少女の口元に運ぼうとした、が……。


「しまった……ど、どうやって飲ませよう……」


思わず頭を抱えてしまう。


スプーンで?


でもそれじゃ喉に通るか?


う~ん……。


「く、口移し……?ああいやいやいやダメだダメだダメだ!」


「おい……!」


「えっ?」


突然の声に振り向こうとする瞬間、俺の喉元に冷たく堅く尖った物が当てられた。


顔は動かさず目だけでそれを確認する。


刃物だ。

短刀と言うべきか。


宝石をあしらった儀式様の物みたいだ。


これもまた普通の一般市民が持つには、少しばかり不相応だ。


「死にたくなければ不埒な真似はやめる事だな……喉を掻っ切るぐらいな……あっ!?」


少女が口を開いてる間に、俺は半身を僅かに逸らししゃがみ込んだ。


虚をつかれた少女の手は宙をさ迷い、俺はその手を手首から掴み取った。


手に握られた短刀が床に落ち、乾いた音を立てる。


「あのな……助けてやろうとしてる奴にそりゃないだろ」


「くっ離せ!」


キッとした顔で少女がこちらを睨みつけてくる。


「分かった分かった……ほら」


俺は掴んだ少女の手を放り投げるようにし、壁際のベッドへと押しやった。


少女はどうやら立つのもやっとのようで、軽く押しただけなのに、そのままフラフラとベッドに座り込むようにして倒れた。


「お、おい、大丈夫か?ちょっと待ってろ……」


少女は何も応えず、ただ黙ったまま俯いている。


もはや口を聞くのもきついのだろう。


そっとしておく事にし、俺は今朝の朝食の残りと飲み物を用意しに、一度台所へと向かった。


暫くして寝室に戻ると、少女は大人しくベッドに座り、上半身だけを起こして、窓から見える外の風景にじっと目を傾けていた。


やはり何度見ても綺麗な顔だ。

だが、その横顔にはどこか物悲しげな印象を受ける。


何か訳ありのようだな……。


こちらに気が付かない少女に、俺は扉を軽くノックして見せた。


「お待ちどうさま。余り物で悪いけど、どうぞ」


ベッド脇のテーブルに、シチューとパン、それとミルクを注いだコップを置いた。


「こ、これは……?」


こちらに振り向き、驚いた顔で俺を見上げる少女。


「別に、み、見りゃ分かるだろ、早く冷めないうちに食べろよ……」


「よ、よいのか?」


口を半開きにさせしつこく聞いてくる少女。


先程のキリッとした顔とは違って、何だか年相応に見えて愛らしく見える。


なぜか思わず照れくさくなった。


らしくないな俺……。


後ろ頭をかきながら、俺は黙って少女に頷く。


すると少女は目を輝かせたかと思うと、テーブルにかぶりつくようにしてシチューとパンを口に運び始めた。


「は、はは」


その勢いと姿に、思わず苦笑いをこぼす。


とりあえず、良かった。


「お代わりもあるから、慌てなくていいぞ」


俺の言葉に頷きながらも、少女は一心不乱に食事の手を休めない。


こりゃ聞こえてないな、やれやれ……。


俺は窓際の椅子に腰掛けると、少女の食事が済むまで、ゆっくりと待つ事にした。

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