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第85話 洋菓子店『カナリア』にて

やりたいことがドンドンと増えてきて、いくら時間があっても追い付かないのです。


誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。

 テストが終わった週の土曜日、晴彦は零音との約束を果たすためにケーキ屋の『カナリア』へと向かっていた。


「……あぁ、眠い」


 欠伸をかみ殺す晴彦。それもそのはず、時間はまだ午前八時前。普段の晴彦ならまだ布団でぐっすりと寝ている時間だ。

 なぜこの時間に『カナリア』に向かっているのかと言えば、そうしなければケーキを買うことができないからだ。

 この雨咲市で今一番と言ってもいい人気を誇る洋菓子店だ。そこで作られるケーキの美味しさはSNSを通じて雨咲市の外にまで届いている。作られる量も限られているということで、開店するよりも前から並ぶ必要があるのだ。


「カナリアのケーキ買いに行くのも久しぶりだなー」


 晴彦は以前にも『カナリア』のケーキを買いに行ったことがあった。それは中学生の時、まだここまでの人気ではなかった頃に零音に誘われて行ったのだ。


「確かに美味しかったし、人気になるのも無理ないか。ここまでとは思ってなかったけどさ」


 中学生の時に食べた『カナリア』のケーキの味を晴彦は今でも覚えていた。


「さっさと買って帰るか。買えるかどうかも怪しいけどさ」


 『カナリア』に近づくにつれてちらほらと見え始めた人の姿を見て、晴彦は歩く足を速める。

 そして案の定、店が見えてくる頃にはすでに行列が出来上がっていた。


「うわ、マジか。これ大丈夫かな」


 晴彦の前にはすでに四十人ほど並んでいた。

 ケーキの作られる数はその日の仕入れによるので、数が多い日もあれば、少ない日もある。四十人というのは微妙な人数だった。

 もっと早く来るべきだったかと若干後悔しながら晴彦も列に並ぶ。


「あー、せっかくならなんか暇つぶしになるようなもの持ってきたらよかった」


 店の開店時間は九時。まだ開店するまでに一時間以上ある。スマホを弄ろうにも、前の晩に充電するのを忘れていたせいでろくに使えそうもない。


「ま、大人しく待つか」


 そう思って晴彦が今日一日どう過ごすかを考えようとしていたその時だった。


「うわー、すごい並んでる。これちゃんと買えるかな」


 晴彦の耳に、聞き覚えのある声が届く。


「ん?」

「え?」


 晴彦が振り返ると、そこに立っていたのは桜木花音だった。

 当たり前だが、いつもと違って私服を着ている。学校ではツインテールにしている紅い髪も、今日は後ろで一本にまとめているだけだった。

 目と目が合う。空気が凍り付いたのは一瞬、その直後花音の体がワナワナと震え始める。


「あ、あ……あーーーーーーー!!! なんで日向……先輩がここに、むぐっ」

「ちょ、声が大きいって」


 晴彦を指さし、大声を上げる花音の口を晴彦は慌てて塞ぐ。

 いきなり大声を上げた花音のことを何事かという目で他の客が見ている。


「すいません、大丈夫、大丈夫ですから」

「ん、んーーー!!」


 必死に頭をペコペコと下げて、なんとかその場を収める。晴彦に口を塞がれていた花音も半ば無理やり晴彦に頭を下げさせられる。

 元からそこまで気にしていなかった他の客はそれで納得したのか、スマホを弄ったり友達と話したりと晴彦達から目を逸らす。


「ふぅ、危なかった」

「ん!!」

「あ、ごめん!」


 花音の口を塞いだままであるということに気付いた晴彦は慌てて口から手を放す。


「ぷはっ。もう、いきなりなんなの! です!」


 非難がましい目を晴彦に向ける花音。しかし、さっきの反省もあるのかその声は控えめだ。


「いやだって桜木さんが叫ぶから」

「それは……確かに私が悪かったけど。でもだからって口塞ぐ必要ないじゃない。です」


 一応敬語という体裁を保とうとしているのか語尾にだけ「です」をつける花音。それに気づいている晴彦は苦笑いするしかない。


「別に無理して敬語にしなくてもいいよ」

「え、ホントに! って、ダメ。それはダメ。一応あんたは先輩だもの。です」

「そう思うならもう少し敬って欲しいけど……まぁいいや。桜木さんもケーキ買いに来たの?」

「ふん、当たり前じゃない。ここにいるのにそれ以外のどんな理由があるっていうのよ。です」

「いや、まぁそうなんだけどね」


 相変わらず刺々しい花音の対応に、晴彦は困った顔をする。


(うーん……なんで俺こんなに嫌われてんだろ。この際思い切って聞いてみるか?)


「な、なぁ」

「何よ。です」

「なんでそんなに俺のこと嫌いなの?」

「はぁ?」


 いきなりの質問に花音はわけがわからないという顔をする。


「別に嫌いじゃないけど。です」

「え、そうなの?」

「うん。嫌いじゃなくて大嫌いだから。です」

「……そっかー」


 より望みの無い回答をされ、晴彦は軽く落ち込む。


(ま、まぁ今が底ならこれ以上嫌われる心配はないか。そう考えよう。前向きにいこう)


 そこで会話が途切れ、しばらく気まずい空気のまま晴彦は開店時間を大人しく待つ。

 そして晴彦にとってある意味地獄のような時間が流れ、開店時間を迎える。

 ぞろぞろと客が店内へと入っていき、少しづつ列が消化されていく。


「お、ギリギリ買えそう……って、あ」


 店に入った晴彦はケーキの数を数えて、それが自分でちょうど終わるということに気付く。

 つまり、晴彦の後ろにいる花音は買えないということになるのだ。

 ふと後ろを見ると、花音も同じくケーキの数を数えて自分が買えないということに気付いたのか、これ以上ないくらいに落ち込んでいる。


「テスト頑張ったご褒美に買いに来たのに……」


 トボトボと店から出ていく花音。

 晴彦はその背に声を掛けることもできない。


(譲るべきだったか? いや、でもこれは零音に買いに来たわけだし……)

 

 そのまま無事にケーキを買うことができた晴彦はそのケーキを持って家に帰ろうとする。

 しかし、


「…………」


 思い浮かぶのは落ち込んで帰って行く花音の姿。

 そして考えるのは、零音ならこんな時どうするかということ。

 答えは簡単だった。


「後輩落ち込ませたまま帰らせるわけにもいかないよな」


 きっと零音なら花音に譲るはずだと思った晴彦は、来た道を戻って花音のことを探す。


「まだそんな遠くには行ってないはず」


 ケーキを崩さないように気を付けながら走る晴彦。

 すると、駅へ向かう途中の道でトボトボと歩いている花音の姿を見つける。


「桜木さん!」

「……先輩? 何、買えなかった私のこと笑いにきたの? です」

「いやそんなことしないから。はい、これ」


 手に持っていたケーキを花音に差し出す。


「え?」

「食べたかったんでしょ、ケーキ」

「で、でもそれは先輩の」

「いいから。俺ならまた買うからさ」


 花音は少し迷ったような顔をしたが、やがておずおずと晴彦の持つケーキへと手を伸ばし、受け取る。


「な、何が目的なの。です」

「いや、目的なんかないって。ただ桜木さん落ち込んでるみたいだったからさ」

「……ありがとう、です」


 蚊の鳴くような声でお礼を言う花音。

 それでもそれは確かに晴彦の耳に届いた。


「どういたしまして」

「~~~~~っ、でも! これでいい気にならないでよね。私は日向先輩のこと大、大、大嫌いなんだから~~~~~!! です!!」


 タタターっと、驚くような速さで晴彦から離れていく花音。その姿はあっという間に見えなくなる。


「あはは、まぁ元気になったみたいだからいっか。それよりも……帰ったら零音になんて言おう」


 家でケーキを待っているであろう零音になんて言うべきか。頭を悩ませながら晴彦は家へと帰っていった。





□■□■□■□■□■□■□■□■


「あ、ケーキのお金渡すの忘れてた」


 晴彦から逃げるようにして去って行った後、花音はふとそのことを思い出した。

 しかし、今からもどってお金を渡すのはなんとなく気まずい。


「お金は……また今度にしよう。でも、なんで私にケーキを……」


 譲ってくれたこと自体は花音としても嬉しかった。

 しかし、花音は自分が決して晴彦にとって印象の良い後輩でないということは自覚している。それでもあんな態度を取り続けるのは晴彦から嫌われてもいいと思っているからだ。

 だからこそ、晴彦の行動が理解できない。こんな自分になぜケーキを譲るのかということが花音にはわからなかった。

 

「でも……でも、お礼はちゃんとしないとダメだよね」


 手に持つケーキの箱を見つめながら、花音は一人呟いた。


 



中間テストの順位。一学年全体で400人です。


零音・28位

雪・167位

晴彦・183位

めぐみ・37位

山城・65位

友澤・294位


 ちなみに、雫は入学以来ずっと1位です。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

ブックマーク&コメントをしていただけると私の励みになります!

それではまた次回もよろしくお願いします!


次回投稿は11月26日21時を予定しています。

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