第84話 零音と霞美
今回の話は、前から書きたかった話の一つです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
目の前にいる少女、霞美の存在感に零音は呑まれていた。
「よ、よそ者って……どういうこと」
「それは君が一番よくわかってるでしょう?」
確かに、零音はこの世界においてよそ者と言えるかもしれない。ここでは無い世界で生きてきた記憶があって、そして元の世界へ帰りたいという思いを持っている。
「ふふっ」
明らかに動揺している零音の様子を感じた霞美はクスリと笑い、ゆっくりと零音に近づいてきて、そして——
「あっ」
「え?」
足元にあった空き缶に気付かずに思いっきり踏んで、盛大にこけた。それはもう派手にこけた。思わず零音が心配してしまうほどに。
「え、えっと……大丈夫?」
「う~~~~~~~」
転んだ際に顔を打ったのか、赤くなった鼻頭を手で抑えながら霞美は立ち上がる。
「せっかく零音の前に初登場だからカッコつけようと思ったのに……なんで、なんでこんなところに空き缶が……この、この!」
恨み言を呟きながら空き缶を踏む霞美。さっきまであった緊張感は雲散霧消しており、霞美の作り出そうとしていた雰囲気は台無しになっていた。
「あ、あのー」
「あ、ご、ごほん!」
零音に見られているということを思い出した霞美は空き缶を蹴り飛ばし、あたかも何もなかったかのように装う。
「今の……見なかったことにできない?」
「それは無理」
「だよねー」
零音に否定されると、もはや霞美は取り繕うことを諦める。
地面に座り込み、いじいじと指で地面を弄る。
「あーもー、失敗したー」
「え、あなた何なの?」
「え、私? だから霞美。夜野霞美だって」
「そういうことじゃなくて、なんで私のこと知ってるの」
「それはずっとストーカーしてたからだけど」
「え、なにそれ怖い」
「いやあなたには言われたくないんだけど」
方や零音達のことを知るためにずっとその後を付け回していた少女。方や想い人である晴彦の事を知るために常に傍にいて、さらにその食生活まで支配している少女。言うなればどっちもどっちである。
「いや、まぁそれは置いといて。どこまで知ってるのか教えて」
「うーん……まぁいっか。私が知ってるのは、あなた達三人。朝道零音、昼ヶ谷雫、夕森雪の三人がこことは別の世界から来てるってことだよ。なんでそうなったのかは知らないけど、どうせあの享楽主義の神様の仕業でしょう」
「あの神様のこと知ってるの!?」
「知ってるよ。だって私もあの神様の手でこの世界に来たんだから」
「そんな……私達以外にもいたなんて。それじゃあ、あなたも元の世界に帰るのが望みなの?」
「元の世界? ふん、そんなわけないでしょ」
心底くだらない、と言った様子で吐き捨てるように言う霞美。
「じゃあ、いったいあなたは何のために」
「何のためって……そんなの決まってるじゃない」
スッと立ち上がって霞美は零音に目を合わせる。
その瞳の奥には何かに対する怒りや悲しみといった負の感情がこもっていた。ドロドロとしていて、見ているだけで人に恐怖を与える、そんな瞳。
その目を見た零音は背中に氷を差し込まれたような感覚に襲われて動けなくなる。
「楽しむため」
「た、楽しむ?」
「言ったでしょ。ここは私の、私の為の世界なの。私はここで完成させるの。私の『物語』を」
「あなたは……いったい……」
「あー、これ以上はダメダメ。話しすぎちゃった。普通に人と話すの久しぶり過ぎて口が軽くなりすぎだね。本題に入ろう」
「本題?」
「なんであなたの前に私が来たのか」
今まで姿を現さなかったというのに、なぜ今になって零音の前に姿を現したのか。
それまでとまとう雰囲気の変わった霞美が零音に近づく。
「零音、あなた気付いてるんでしょう」
「……何に?」
「朝道零音には何もない」
「っ!?」
ピクリと、零音に方が震える。
そんな零音の反応を見た霞美は、薄く笑って言う。
「日向晴彦の幼なじみ、ただそれだけ。朝道零音——あなたは弱い」
ただの一言で、零音の胸を激しく抉る。
「……ッ!」
思わず唇を強く噛む零音。噛みしめた唇から血が流れる。
「その弱さのせいで、あなたは他の二人には勝てない。絶対に」
「……黙れ」
「何もないから、弱いから、あなたは恐れている」
「黙れ」
「日向晴彦に見限られること、自分ではない誰かを見ることを恐れている」
「黙れ!!」
霞美の言葉を振り払うように、零音は強く叫ぶ。
しかし霞美は全く気にせずに続ける、
「昼ヶ谷雫には周りを導くカリスマ性がある。それを支える知識がある」
事実をただ淡々と告げる。
「夕森雪には力がある。何者にも負けず、他の全てを圧倒する力が」
零音が聞きたくないことを、霞美は話す。
「そして何より、彼女達には覚悟がある。自分の望みの為に他を切り捨てる覚悟が」
それは零音にもわかっていたことだった。雪と雫の二人にあって、零音にないもの。
「朝道零音には、何もない。晴彦の隣にいる? 隣は譲らない? 違う。あなたにはそれしかできない。ただ隣にいることしか」
「うるさい! うるさい、うるさい!! それがあなたに何の関係があるって言うの!!」
癇癪を起した子供のように零音が喚き散らす。
そんな零音に一転して霞美は優しく手を伸ばす。
「可哀想だと思ったの」
「……え?」
「あなたはとてもとても日向晴彦のことを愛しているのに、それが報われないなんて可哀想じゃない」
そう言う霞美の表情は、それだけ見れば誰もが彼女に見惚れるであろう、慈母のような笑み。
「あなたが望むならば、私がその願いを叶えてあげる」
「あなた……いったい何なの?」
「それを決めるのは零音だよ。さぁ」
私の手を取れと、霞美は零音を誘う。
その手を零音はジッと見つめる。
「…………」
「私が晴彦の『愛』を手に入れるための手伝いをしてあげる」
「私は……私……は」
そして零音は選択する。
果たして彼女は気付いただろうか。
『愛』と言った霞美の表情には、嘲りが混じっていたことに。
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夕方。
すっかり日が暮れてきた頃に、零音が晴彦の家にやって来た。
「あ、零音。おかえり。遅かったんだな。雪さんとの用事そんなにかかったのか?」
「あ……うん、ちょっとね。ただいま」
「? どうかしたのか。何か変だぞ」
「えっ、そ、そんなことないよ。私はいつも通りだって」
「そうか?」
「ちょっと夜ご飯のことについて考えてただけだよ。ハル君テスト頑張ってたから、今日はちょっと奮発しちゃうね」
「お、マジか! やったぜ」
喜ぶ晴彦。その姿を見ながら零音はキッチンへと向かう。
「すぐ作っちゃうね」
スーパーで買ってきた荷物を冷蔵庫にしまいながら、零音は夜ご飯の準備を始める。
「本当に……なにも、なかったから……」
呟く零音の声は、晴彦には届かなかった。
霞美「第一印象はカッコよくいきたいなー。晴彦相手には上手くいってるんだし、零音が相手でも大丈夫なはず。頑張れ私、できるぞ私!」
気合いを入れて零音の元へ向かう霞美。この後、空き缶によってこの願いが叶わなくなることをこの時の霞美は知らなかった。
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次回投稿は11月25日18時を予定しています。