第79話 映画館デート 中編
この話書きながら、最近映画見に行ってないなーって思いました。特に見たい映画もないんですけどね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです
映画のチケット購入時の羞恥プレイから少しして、雪と晴彦は客席にやって来ていた。カップルチケットの購入者は二階のカップルシートへと案内されていた。
周囲に人はおらず、完全にカップル同士の個別の空間と言った装いだった。用意されているのは二人掛けのソファーだけだ。
「あー!! すっごい恥ずかしかった!!」
ソファに座るなり、雪が叫ぶ。
「だったらあんなことしなけりゃよかったのに」
「でもあそこで引くわけにもいかないじゃん。負けた気になるし」
「負けるって何にだよ」
「うーん、自分に?」
「なんだそれ」
「でもおかげで安く見れるんだからアタシの勝ちだよね」
「雪さんってホントに勝ち負け好きだよな」
「まぁね。それよりほら、ハルっちも座りなよ」
「うん、まぁそうなんだけど……」
さきほどから晴彦が立ったままなのには理由がある。その理由とは、二人掛けのソファーである。カップルシートであるのだから二人で座るということを前提にされているわけだが、妙に狭いのだ。座れば体が密着するであろうという狭さ。それが晴彦がなかなか座れない理由だった。
「あ、もしかして触っちゃうかもーとかって思ってる? 意識しちゃってるんだ」
「う、わ、悪いかよ」
さすがに先ほど頬とはいえ、キスまでされてしまった相手。意識するなと言う方が無理な話だった。
「そっかそっかー。アタシのこと意識しちゃってるんだー」
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「んー、それは秘密かな。ま、とにかく座りなってアタシは気にしないし。もう始まっちゃうよ。ハルっちが立ってたらアタシが映画に集中できないじゃん」
「……あぁもうわかった、わかったよ」
仕方なくソファに座る晴彦。案の定というべきか、雪と晴彦の体は密着する。
思った以上に近い雪の顔に、晴彦はさっきのことを思い出して顔が熱くなる。
「おやおや~、どうしたのかな、ハルっち~」
それに気づいている雪はニヤニヤと笑いながら晴彦に言う。
先ほどのキスは想定外だったが、その結果としてこうして晴彦に意識されるなら先ほど恥ずかしい思いをした甲斐があるというものだと雪は思った。
「何でもない」
「えー、ホントかなー。まぁでもハルっちがそう言うなら信じてあげるよ。でもさ、」
そこで雪がスッと晴彦に顔を近づける。予想もしていなかった動きに、晴彦は反応できなかった。
「これだけ近いと、またキスできちゃいそうだね」
囁くような雪の声。しかし、それは距離の近さゆえに晴彦に確実に届いていた。
それを聞いた晴彦は、意識しないように気を付けていたにも関わらず、思わず赤面し、雪の唇に目を向けてしまう。
「ふふ、なーんてね。ほら、始まるよ」
雪がそう言って晴彦から離れると同時、映画が始まった。
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夕森雪という人物は、映画を見る際に完全にその中に入り込んで楽しむタイプの人間だった。主人公がピンチに陥れば手に汗握り、危機を脱すれば我がことのように喜ぶ。元の世界にいた時からそれは変わらず、弟からもそのことについて度々からかわれたりしたこともある。
その結果として、今現在どういう状況になっているのかと言うと、
「——ッ! おぉ! うわっ」
映画の場面に合わせて動く動く。雪自身はまったく意図していないことだとはいえ、そのせいで晴彦に体が当たったりするせいで、晴彦は映画に全く集中できていなかった。
「全然集中できない……」
あまりに動く雪に気を取られて、映画の内容を追えていない晴彦は、ふと映画を楽しむ雪の顔を見る。
(……こんな顔もするんだな)
キラキラと目を輝かせて映画に入り込んでいる雪。それだけ見ていると、さきほどからかってきた人物と同じようには見えない。
今まで見てきたどの表情とも違う、そんな雪に気を取られているうちに、気付けば映画は終わっていた。
「んー、楽しかったね!」
「あ、あぁそうだな」
映画の終盤、ほとんど雪しか見ていなかった晴彦は顔を逸らしながら返事をする。
映画の内容に合わせて動く雪、それが想像以上に面白かったのだ。ここまで純粋に映画を楽しんでいる人物を、少なくとも晴彦は他に見たことがなかった。
「あぁ、満足だよー」
ぐぐーッと伸びをする雪。その際に胸が強調される。
周囲にいた人がその胸に目をとられて、柱にぶつかったり、隣にいた恋人と思しき人に抓られたりしている。
「なんか映画観終わったらお腹すいちゃった。お昼食べよーよハルっち」
言われて時間を見てみればちょうどお昼過ぎ。ご飯を食べるにはちょうど良い時間だった。
しかし、それはそれとして、晴彦には一つ言っておかなければならないことがあった。
「あぁ、それは全然いいんだけどさ。できれば」
「できれば?」
「カップルシートの無い店で頼む」
「……ぷっ、あはは! うん、わかった、わかったよ。そうするね」
今でも鮮明に思い出せる雪の体の柔らかさ。多くの男たちと同じように、晴彦もまたそれを意識しないというのは無理な話だった。
「それじゃ行こ」
「あぁ」
フードコートへと向かう晴彦と雪。
そんな二人を陰から見ている人影があった。
「あぁ、押しが弱いよー雪ちゃん。そこはもっと近づいて腕組まないと」
そう、白石鈴である。
雪のデートがどうなるか心配だった彼女は、雪のデートの様子を観察することにしたのだ。もう一つ、晴彦が獣となって雪に襲い掛かった際に止めれるようにという目的もある。
ずっと後をつけていた鈴はもちろん雪と晴彦がチケット売り場でキスするところもばっちり見ていた。
自分が仕組んだことであるとはいえ、雪が晴彦にキスするところを見て若干のモヤモヤを感じながらも、自らの計画通りに進んだことを喜んでいた。
しかし、
「ねぇママ、あのお姉ちゃん変だよー」
「シッ、見ちゃいけません」
「何あの子、暑くないのかな?」
「やっぱり休日だとどこでも変な奴っているんだな」
鈴はそろそろ暑くなってくる時期であるというのに、黒いロングコートを着て、サングラスとマスクをしていた。つまり簡単に言えば、もの凄く怪しい姿だったのだ。
人の後をつけるなんていう真似をしたことのない鈴は、どうしたらいいのかよくわからず、結局昔読んだ漫画の人の姿を参考にしたのだ。この場に追跡のプロともいえる零音がいたならば、鈴にノウハウを教えることもできただろうが、それは叶わない。
「よし、フードコートに行ったみたいだしわたしも……」
「あのー、君、ちょっといいかな」
「え?」
二人の後について行こうとした鈴に、声を掛ける人物が一人。
「さっき他のお客さんから怪しい人がいるって言われてね。特徴を聞く限りどうも君のことなんじゃないかなーと思ってね。よかったら事務所まで一緒に来てくれないかな」
言うまでもなく、警備員である。他の客により伝えられた特徴にぴったり合う姿をした鈴の元にやってきたのだ。
そこで初めて雪は自分が周囲からどんな目で見られているのかということに気付いた。
(あ、まずいかも)
ここでつかまったら、雪の後をつけることができなくなる。それに、もし学校のことを聞かれたり、親に連絡なんてことになったらと最悪だと雪は考えた。
「ひ、」
「ひ?」
「人違いです!」
「あ、ちょっと君、待ちなさい!」
言うなり鈴は警備員の横をすり抜けて逃げ出した。
「待っててね雪ちゃん。わたしがこのデートを成功させてあげるから!」
そうして鈴はしばらく警備員と追いかけっこすることになったのだった。
雪「くしゅん!」
晴彦「大丈夫?」
雪「うん、大丈夫だけど」
晴彦「だけど?」
雪「なんか今すっごく嫌な予感がした」
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次回投稿は11月17日18時を予定しています。