第78話 映画館デート 前編
三人称と一人称の間のような書き方を目指しているのですが、難しいものですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
日曜日の朝。晴彦の家にて。
朝ごはんを食べた後、晴彦は雪との待ち合わせ場所に向かっていた。
「いやー、危なかったな」
いつものように朝ごはんを零音と一緒に食べていた晴彦。その後に出かけようとしたわけだが、それを零音が見逃すはずもない。
怪しむ零音をあれやこれやと無い頭を絞りながら必死に理由を作り出し、外出することに成功したのだ。
最終的には晴彦の事を信じて送り出してくれた零音に嘘をついている申し訳なさを感じつつも、無事に出てこれたことに晴彦は安堵していた。
「……そういえば、前の選択肢出てから零音の好感度上がったんだよな」
ふと、零音の横に見えていた好感度の数値のことを思い出す。
霞美と出会った後に現れた赤い選択肢。『手を繋ぐという』選択肢を選らんだ後、数分間の記憶がぼんやりとしか晴彦にはなかった。
まるで、自分ではない何かに体を操られたかのように、自分が動いているのを横から見ているように。晴彦の意思と関係なく体が動いていたのだ。
しかし零音の好感度は確かに上がっていたのだ。選択肢の前は『69』だった好感度が
『73』になっていた。
でも、まるでゲームでもしているかのようなあの感覚を晴彦は不気味に感じていた。
「……まぁ、今考えてもしょうがないか」
そこで晴彦は考えることを止めて、駅へと急いだ。
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花咲駅前、午前十時。
雪はすでにそこで待っていた。
日曜日の午前中という時間帯、雪の他にも待ち合わせをしている人や、ショッピングモールに向かう人。
色んな人で駅前は溢れかえっていた。
「ったく、晴彦の奴おせーんだよ」
イライラとしながら、駅前で待つ雪。
なぜイライラしているのかと言えば、
「ねぇそこの君、もしかして友達待ち? よかったらオレと——」
「あぁ?」
「ひぃ! なんでもないですぅ!」
ドスの効いた目で雪に睨まれ、脱兎のごとく逃げ出す男。
雪のイライラはこれが原因である。
今の男で通算十人目。
この場に着いてから約三十分、三分に一度のペースでナンパされ、雪のイライラは頂点に達しようとしていた。
「なんなんだよどいつもこいつも。玉潰すぞ」
この上なく物騒なことを呟く雪。
今ではもう『夕森雪』としての自分を保つ余裕もない。
最初の方はそれなりの対応をしていた雪だったが、三人、四人と増えていくにつれ、めんどくさくなったのだ。
「あの、」
そしてまた背後から掛けられる声。
またかと呆れつつ再び睨み振り返る。
「だからしつけぇ——あ……」
「お、おはよう雪さん」
なんと声を掛けてきたのは晴彦だった。これに焦るのは雪である。自分が今どんな表情をしているか、睨んでいる。誰を、晴彦を。
まずい、非常にまずいと雪はダラダラと冷や汗を流れるのを感じる。
(やっべぇ、どうしよう。晴彦だと思わなかったから睨んじまったじゃねぇか。こうなったら)
油断していた自分に苛立ちを覚えつつも、雪はこの場を誤魔化すための手段に出る。
「あ、おはよハルっち! 遅かったじゃん。待ってたよ♪」
その名も、力業。睨んでいた表情から一転、いつもの笑顔に戻った雪は何もなかったということにした。
「え、雪さん今のは……」
「待ってたよ♪」
「いや、だから」
「待ってたよ♪」
「……待たせてごめん」
笑顔で繰り返される言葉に、晴彦はそれ以上の追及を止めた。雪の力業の勝利である。
「いいよ、許してあげる。アタシ優しいから」
「ソウデスネ」
「それじゃまだ映画まで時間あるけど行こっか。混むといけないし」
貼り付けたような笑顔のままショッピングモールに向かう雪の後を晴彦は追っていった。
ショッピングモールも休日ということもあって人が多くいた。晴彦達の目的ある映画館も家族やカップル、友人同士など色んな人が来ていた。
「うわー、すごい人だね」
「さすがに休日だもんな。映画見に来るの久しぶりだけど、だいたいこんな感じだろ」
「チケット売り場も人が並んでるし……早めに来て正解だったね」
「そうだな」
少しづつ流れていく人についてきながら、雪と晴彦は他愛もない話をしながら順番を待っていた。
それから十分ほどして、雪と晴彦の順番が回ってきた。
「高校生二枚ください」
チケット売り場のお姉さんに雪が言う。
「あ、あとこれ使いたいんですけど」
すっと差し出したのは情報誌についていた。映画のカップル割引券。
「はい……って、あ」
それを受け取ったお姉さんの顔が一瞬固まる。そしてニコニコと笑う雪と、晴彦を見る。
「えぇと……いいんですか?」
「? どういうことですか?」
「こちら、カップル証明をしていただくことになっているのですが」
「証明?」
「はい。具体的には、その……」
受付のお姉さんの顔が少し赤くなる。
「その、キスをしていただくということに……なるんですが」
「えぇ!?」
「はぁ!?」
驚く雪と晴彦。晴彦はもちろん、雪もそんなことは聞いていなかった。
それはこの情報誌を雪に渡すタイミングで、鈴が意図的に隠したものである。
このチケット。ほとんどネタのように作られたもので、使う人はほとんどいなかった。それがまさか使われるとは受付のお姉さんも思ってなかったのだ。
「えーと……どうされますか?」
受付のお姉さんが恐る恐るといった様子で確認してくる。
「…………」
「雪さん、これはやっぱり」
「やります」
「え?」
「え!?」
予想外の雪さんの返答に、晴彦も受付のお姉さんも目を丸くする。
「キスすればいいんですよね」
「は、はい。そうですけど……でもホントにいいんですか?」
周りは映画を見に来た人たちで溢れている。さきほどから大きな声を出したりしていたということもあって、それなりに注目も集めてしまっている。そんな中でキスなど羞恥プレイ以外のなにものでもない。
「やります」
強く言う。雪だが、その顔は少し赤くなっている。内心、そんなに余裕はないのだ。
「雪さんそんな無理しなくても」
「いいから。ほらハルっち。目、つむって!」
「え、えぇ……」
断ろうにも、受付のお姉さんや、周囲にいる人たちの女の子に恥をかかせるなという視線のせいで、それもできない晴彦。
覚悟をして目をつむった晴彦にゆっくりと顔を近づける雪。
それまでざわざわとしていた周囲の人たちも、静かになる。
少しの静寂の隙間に、雪が晴彦の頬にキスをする。
目をつむってしまっているがゆえに、晴彦はその感触をより鮮明に感じてしまう。
「こ、これでいいんですか」
「は、はい! 結構です!」
最早隠し切れないほど顔を赤くする雪。晴彦もそれは同じだった。
受付のお姉さんはまで動揺してしまっている。
周囲の視線が集まっていることを感じた二人は、素早く会計をすませて、逃げるようにしてその場から去った。
零音「うーん……」
莉子「あら零音ちゃん、どうしたの?」
零音「なんか、胸がざわざわする。ハル君に何かあったような……」
莉子「女の勘ね。もしかしたら晴彦君に何かあったのかも。帰ってきたら聞いてみなさい」
零音「うん、そうするね」
家に帰ったあと、待ち受けることをこの時の晴彦はまだ知らなかった。
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次回投稿は11月15日21時を予定しています。