第77話 デートのお誘い
前回から引き続き雪さん回です。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
次の日の昼休み、雪はジッとタイミングを見計らっていた。
晴彦を、映画デートに誘うタイミングを。
望ましいのは零音のいない瞬間、しかし、そうしてタイミングを計っていると零音が予想以上に晴彦の傍から離れていないということに気付く。
朝からずっと機会を狙っていたのに、昼休みにまで長引いてしまったのはそのためだ。
晴彦の傍から離れない零音に若干イライラしつつも、二人の様子を観察する。
見ていれば見ているほど、零音が晴彦の事を本当に好きだということがわかる。晴彦もそれとなく零音のことを気遣っているということがわかる。相思相愛であるというのに、そのことに気付いていないということにある種の滑稽さすら雪は感じる。
零音が近くにいる現状でデートに誘うわけにもいかない。晴彦も素直に頷かないだろうし、何より零音が邪魔をしてくるはずなのだ。もし誘えたとしても零音がついてくることになるかもしれない。
しかし、雪としてもいつまでも観察してるわけにはいかない。昼休みももう半分が過ぎている。そこで雪は一つの手段を講じることにした。
目の前に広げていた本に隠しながらスマホを操作し、とある人に連絡する。
それからほどなくして、
「すいませーん、朝道さんっていますかー?」
「? はい、私ですけど」
「あ、ちょっと用事があるからさ、一緒に来て欲しいなって」
「え、あの……」
教室に入ってきた少女に、半ば無理やり零音が連れ去られていく。
その少女とはそう、鈴である。雪からの相談を受け、零音を晴彦から引き離す手段として用意していたのだ。
教室を出る直前、鈴がちらりと雪に視線を送り、雪はしっかりと頷く。
半ば強引ではあるが、晴彦を一人にすることはできたのである。
ちなみに、めぐみは図書委員の仕事を、友澤は他のクラスメイトと談笑。山城は自分の席で昼ご飯を食べた後に眠っている。
一人になった晴彦のもとに、すかさず雪が近づいていく。
「やぁやぁハルっち、一人みたいだね」
「ん、雪さんか」
「なんだよー反応薄いなー」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「こんな美少女が声かけてあげてるんだからもっと敬ってくれたっていいと思うんだよ」
「ははー。ありがとうございます雪様―」
「全然心こもってないじゃん!」
雪と晴彦も出会ってもうすぐ二か月。こういうやり取りができる程度には仲良くなっていた。
「はは、ごめんごめん。それで、どうかしたの?」
「用事無いと話しかけちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないけど」
「まぁ今回は用事があるんだけどね」
「どっちだよ!」
「まぁいいじゃん」
「……それで、用事って?」
「こちらをご覧くださいな」
「ん? 本?」
「そう、情報誌。美味しいご飯のお店とか、映画とか、イベントとか色んな情報が載ってるやつ」
正確には、少し前の情報誌だ。今回、晴彦を誘うために鈴が部屋に眠っていた情報誌を引っ張り出してきたのだ。
「これがどうかしたのか?」
「アタシさ、この映画を見に行きたいんだよね」
そう言って雪が指さしたのは、海外で流行っているファンタジー小説の実写映画。日本でも少し前に公開されている非常に人気が高い映画だ。
「あぁこれか。俺も知ってるよ。ちょっと興味あったけど、結局見てないんだよな」
色んなバラエティー番組やCMで宣伝されていたので、晴彦もこの映画のことは知っていた。
「それで?」
「一緒に見に行こっ!」
「はい?」
「だから、この映画一緒に見に行こ。今週末に」
「いやいや、今週末って。来週からテストだぞ」
「いいじゃん。どうせアタシ勉強は一夜漬けだし……ハルっちもあれから勉強してないでしょ」
「うぐっ」
「ほら、やっぱり図星じゃん」
図星だった。あの勉強会以降、零音には勉強はそれなりにしてると言っているのだが、実際はほとんどしていない。
雪と同様、一夜漬けでなんとかしようと考えていたのだ。
「いや、でもなんで今週末なんだよ」
「だってほら、見てよ」
「映画の上映……今週末までなのか」
「そういうこと。だから行こうぜハルっち!」
「うーん、でもなー」
輝くような笑顔で言う雪。並大抵の男子であったならばコロッと絆されていたことだろう。しかし、晴彦はそうではなかった。零音という、雪と同じレベルの美少女と長年一緒にいたことで、知らず知らずのうちに美少女に対する耐性がついていたのだ。その結果、晴彦は雪の笑顔にほだされるということがなかったのだ。
しかし、それで諦める雪ではない。雪はさらなる手を打つ。
「ほらハルっち、これ見てよ」
そう言って雪が見せたのは、情報誌についてる映画の割引券。対象の映画館で使用することができるものだ。
しかし、その割引券はただの割引券ではなかった。
「カップル割引券?」
「そう、この割引券カップルじゃないと使えないの。せっかく安く見れるならその方がいいじゃん」
「雪さんなら彼氏役したい人くらいいくらでも見つかるだろ」
「……ハルっち、その冗談は面白くないよ」
「いや別に冗談じゃ……」
「じゃあなおさら悪い! いくらアタシでも怒るよ!」
もう怒ってんじゃん、と言いたかったが、零音と今まで過ごしてきた経験からこういう時に口答えをしても良いことなど無いのだということを晴彦は知っている。
「ご、ごめん」
「もー、そういうとこのデリカシーって大事だよ。アタシだって誰でもいいわけじゃないんだから」
「次からは気を付けます」
「……ホントに?」
「もちろんです」
「ん。じゃあ許す! けどその代わり映画は一緒に来てね」
「それとこれは別じゃ……」
それでもなお首を縦に振らない晴彦に、雪がさらなる手段を使う。
「ハルっち、考え方を変えるんだよ」
「考え方?」
「アタシと映画に行くのは、いつかレイちゃんと映画デートをする時の練習だと思えばいいのさ」
「練習……ってなんで俺が零音とデートするんだよ! 俺は別に……」
「あー、いいからいいから」
まだ零音が好きだという事実が他の人にバレてないと思ってる晴彦は雪の言葉をとっさに否定しようとするが、雪はそれを相手にもしない。
「アタシは映画を安く見れる。ハルっちはレイちゃんとのデートの練習ができる。両方とも得しかないでしょ」
「そう言われると……そうなのか?」
「よし! じゃあ決まりだね!」
晴彦が勢いに呑まれているうちに雪が一気に畳み込む。
「日曜の朝十時に花咲駅前に集合ね!」
花咲駅は、以前晴彦と雪が放課後に行ったショッピングモールに一番近い駅である。
「え、あ、うん。わかった」
「よしよし。あ、あとレイちゃんには秘密ね」
「え、なんでだ?」
「テスト前に映画なんて言ったら怒られるよ? もしかしたら前みたいに勉強させられるかも」
「うっ、それは……嫌だな」
「でしょ。だから、秘密ね」
もちろんこれは雪が零音に邪魔されないための嘘である。もし零音が雪のデート計画を知ったならどうするか。確実に邪魔してくると雪は確信している。だからこそ、零音には秘密にするようにと言っているのだ。
「ふふ、それじゃ楽しみにしてるねハルっち!」
ビシッと晴彦に向けて親指を突き出す雪。
その拍子にプルンと揺れた胸に目を吸い寄せられた晴彦は頷くことしかできなかった。
零音「それで、用事ってなんですか?」
鈴「やばー、全然考えてなかったよ……」
零音「あの……」
鈴「あー、うん、用事、用事……そう! シャンプーとか何使ってますか?」
零音「……はい?」
何とも言えない空気が、二人の間に流れた。
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次回投稿は11月14日21時を予定しています。