第68話 勉強会 前編
今日から11月です。今年も残り少なくなってきましたね。
今回は三人称で書いてます。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
日曜日。晴彦達が勉強会の約束をした日だ。
そして朝の十時、零音の家の前に雪とめぐみの姿があった。
「ここがレイちゃんの家だよね?」
「う、うん。そのはずだよ」
零音から教えられた住所にやって来た雪とめぐみ。
友人の家に来るのがほとんど初めてのめぐみは緊張していたが、雪の方はといえば人の家に行くことに慣れていたため、心の準備をしているめぐみを尻目にインターホンを押す。
『はーい』
「あ、ああああの、あさ、朝道さんのく、クラスメイトの井上です」
『はい?』
インターホンから聞こえてきた声に慌ててめぐみが対応する。緊張のあまり声が震えているうえに早口だったせいで零音の母、莉子は聞き取ることができなかった。
「メグちゃん緊張しすぎ。あのー、アタシ達零音さんの友達で、今日一緒に勉強する約束してるんですけど、零音さんいますか?」
『あぁ、聞いてるわ。どうぞ入って。玄関の鍵は開いてるから』
「ありがとうございまーす」
「あ、ありがとうございます」
莉子からの許可を得て二人は家に入る。
そんな二人をリビングから出てきた莉子が出迎える。
「いらっしゃい。よく来たわね……どうしたのかしら二人とも」
ぽかんとした様子で自分のことを見る雪とめぐみを莉子は不思議そうに見る。
二人が莉子のことを見つめていた理由はただ一つ。莉子があまりにも綺麗だったからだ。零音の姉と言われても不思議ではないほどに若々しく、零音が一人っ子であると知らなければ姉と勘違いしたかもしれない。
「いや綺麗だなーって思いまして。さすがレイちゃんのお母さんって感じです」
雪がそう言うと、隣でめぐみもうんうんと頷く。
「ふふ、ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないですよー」
「あ、あの、これつまらないものですが」
めぐみが持ってきていた手土産を莉子に渡す。
「あら、どうもご丁寧に。ありがとね」
「えぇ、メグちゃんそういうの持ってきてたの!? どうしよ、アタシ何も持ってきてないよ」
「いいのよ気にしなくて。さ、上がって。零音ちゃんも、それから晴彦君ももう来てるから」
「もう来てるんだ。それじゃ行こっかメグちゃん」
「うん」
零音の部屋へと向かって行く二人の様子を莉子は見ていた。
そして二人の姿が二階へ消えたのを確認してからポツリと呟く。
「ふふ、零音ちゃんも油断してられないわね」
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零音の部屋に来た雪とめぐみは、その扉をノックする。
「レイちゃーん、来たよー」
「入っていいよ」
零音からの許可を得て部屋に入る二人。
「いらっしゃい。ごめんね。出られなくて」
「ううん。気にしなくていいよー」
部屋に入ってきた雪は零音の部屋をキョロキョロと見渡す。
「? どうしたの?」
「ずいぶんと女の子らしい部屋だなぁって思って」
零音の部屋は薄いピンクを基調とした物で揃えられていて、棚にはぬいぐるみが並べられていたり、見れば見るほど女の子、といった様子の部屋になっている。
雪の部屋はこうはなっていない。質素で、物もそう多くは置いていない。女の子らしい部屋とは言えないだろう。それは雪の中にある元男としての意識が原因であるといえるのだが。
だからこそ雪には意外であったのだ。自分と同じ元男であるのに零音がこうした部屋を作りあげているということが。
「あんまり見ないでね。ちゃんと掃除できてないから」
「えー、すっごく綺麗だけど。さすがレイちゃんって感じ。アタシの部屋も掃除して欲しいなー」
「また機会があったらね。ほら、そんなことより始めるよ。座って」
「はーい」
「井上さんも遠慮しなくていいよ。好きなとこに座って」
「う、うん」
おずおずといった様子で座るめぐみ。
対照的に雪は気楽な様子で零音の部屋の本棚に並ぶ本を眺めている。
「あ、私飲み物取ってくるね。さきに勉強始めてて」
それだけ言って一度部屋から出ていく零音。
部屋に残されたのは晴彦と雪とめぐみの三人。
「……どったのハルっち。さっきから黙ってるけど」
部屋に入って来てから机に突っ伏したまま動かない晴彦を見て雪がついに声を掛ける。
「あぁ、いや、単純に……疲れてるんだ」
「もう?」
「ホントなら俺も雪さん達が来るぐらいの時間にここに来ようと思ってたんだけど、零音がせっかくだからって俺だけ二時間早く呼ばれて、それからずっと勉強してて……さすがに疲れた。気のせいかもしれないけど、いつもより零音が厳しかった気がするし」
それか気のせいではなく、事実であった。せっかく二人で勉強できると思っていた所に邪魔者が入ったのである。雪だけならまだしも、めぐみのことを邪険に扱うことができない零音は半ば八つ当たり気味に晴彦に勉強を教えていたのだ。
雪はめぐみのことを邪険にできない零音の心情を読んでめぐみのことも誘ったわけだが、その結果として八つ当たりされている晴彦にさすがに若干同情した。
「そうなんだ……ゴメンね」
「なんで雪さんが謝るんだ?」
「何となくだよ何となく。あ、そうだ」
何かを思いついた雪が立ち上がる。
ニヤリと笑うその様子に晴彦もめぐみも嫌な予感がする。
「レイちゃんの下着でも見て元気だしたら?」
「ぶっ!?」
「な、なななに言ってるの!」
突拍子もない雪の言葉に晴彦とめぐみは狼狽する。
「まぁまぁ。二人とも落ち着いて。ハルっちも見たいでしょ、レイちゃんの下着」
「……別に見たくないって!」
一瞬の間が晴彦の本音を物語る。
「ふふふ、誤魔化しきれてないぞぉ」
「うぐっ」
「だ、ダメだよ。勝手にそんなことしちゃ!」
最後の良心であるめぐみが雪のことを止めようとする。
そんなめぐみのことを雪がいつになく真剣な表情で見つめる。
「あのねメグちゃん。初めて行く友達の家では下着を確認するのが最近の常識なんだよ」
「え。そうなの?」
「いやそんなわけ——むぐっ」
横やりを入れようとした晴彦の口を雪が早業で塞ぐ。
「友達に自分の持ってる下着を見せることで友情を確かめ合うの。アタシはあなたになら下着も見せれますよっていう信頼を示す行為でもあるんだから」
「そ、そうなんだ」
もちろん嘘である。しかし滅多にしない真剣な表情の雪と、友達と遊んだ経験がほとんどないということが災いして、めぐみは雪の言い分を信じてしまう。
「レイちゃんとメグちゃんは友達。だからいいんだよ、下着を見ても」
「下着を……見る」
「んー、んー!!」
雪に口を塞がれたままの晴彦が必死に騙されるなと叫ぶが、めぐみには届かない。
そしてそんな晴彦の耳元で、雪が囁く。
「いいのハルっち。今がチャンスなんだよ?」
「?」
「これから下着を見るのはアタシとメグちゃん。その時、もしかしたら、ハルっちの目にもレイちゃんの下着が見えるかもしれないけどそれは……不可抗力なんだよ」
雪は見抜いていた。晴彦が零音の下着を見たいという思いと、そんなのはダメだという思いの狭間で揺れていることを。
だからこそ使った魔のワード『不可抗力』。その一言に晴彦の心がぐらりと揺れる。
堕ちた。そう確信した雪は晴彦から手を離し、下着の入っていそうな場所を探す。
「あそこかなー」
一つのタンスに目をつけ、近づいていく雪。
最早止めれるものは誰もいない。雪がそっとタンスに手をかけた。
その瞬間、
「何してるのかな」
底冷えするような声が雪の耳に届く。
ギギギ、とゆっくり後ろを振り返ると、そこには——
「何してるのかな? 雪ちゃん」
般若がいた。否、それは零音であった。しかし般若と見まがうようなオーラを身にまとい、ジッと雪のことを見据えるその視線に、雪は背中に氷を差し込まれたような感覚に襲われる。
「えーと、これは、その」
「ちょっとこっちに来てもらえるかな」
「……はい」
飲み物を置いた零音は雪を連れて部屋から出ていく。
そして部屋を出る直前、晴彦を見て
「今日は覚悟しといてね、ハル君」
それだけ言い残して出ていった。
残された晴彦とめぐみ。
無事に生きて帰れますように。晴彦はこの後のことを考えてそう願った。
なぜ雪が零音の下着を見ようとしたか、そこに深い理由などありはしないのです。
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次回投稿は11月3日18時を予定しています。