第60話 校外学習編26 キャンプファイヤー 前編
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「みんな、レクリエーションお疲れ様。この機会に、あなた達一人一人の仲が少しでも深まっていたならこのイベントを開いた意味があるというものよ」
決勝戦終了後、優勝チームである俺達が表彰してもらったりした。優勝チームの班長としてコメントを求められた時には恥ずかしかったけどな。
今はその表彰が終わって、雫先輩が壇上で話している。
「さて、この後は最後のイベント、キャンプファイヤーよ。全員で楽しく踊りましょう」
そして、全員で外にある広場に移動する。もうすでにキャンプファイヤーの火は焚かれていて、激しく燃えながら夜空を照らしている。
「準備はいいかしら」
さすがに一度に全員で踊るのは無理だということで半分ずつに分かれてフォークダンスを踊るみたいだ。
特に厳しい縛りはないから自由に踊れという形式らしい。
「さぁ踊りましょう……と言いたいけれど、その前に一人紹介させてもらうわ」
雫先輩がそう言うと、その隣に人が立つ。それも、よく見覚えのある人物が。
え、あれって——
「零音!?」
雫先輩の隣にいたのは零音だった。
しかし、その恰好はいつもと全然違っていた。
「彼女は一年生の朝道零音さんよ。今回のイベントのシンボルとしての役割を担ってもらったわ。ちなみに、この衣装は裁縫部の人が天女をイメージして作ってくれたものよ」
白を基本としたその衣装。絹とレースをあしらわれたその衣装は和をイメージして作られているようだ。下の方は踊るということ意識してか、膝上の丈のスカートになっている。空に煌々と輝く月の光に当てられてキラキラと輝くその衣装は、まさしく天女といった雰囲気を醸し出している。
その場にいる全員が、零音に見惚れていた。かく言う俺もそうだ。友澤や山城、雪さんでさえ零音のことをジッと見ている。井上さんにいたっては目をキラキラと輝かせて、まるでお姫様を見る子供のようだ。
多くの視線が集まって、さすがに恥ずかしいのか、零音は俯いている。
「さて、そんな彼女と踊ってもらうのは同じく一年生の日向晴彦君よ。前に来てもらえるかしら」
「っ!?」
この状況で俺に前に行けって言うのか。逃げるわけにもいかないし……えぇい! 腹をくくれ、俺!
意を決して零音のいるところへと向かう。
そして零音の前に立った時、俺は呼吸を忘れた。自分が緊張していたことすら忘れて、ただただ零音という存在に見入っていた。
遠くから見ていても綺麗だということはわかっていた。しかし、近くで見るのはその比じゃない。
薄く化粧の施されたその美貌は、かつて傾国と言われたと言われた美姫にも負けていないだろうと思わせる。
「……ハル君?」
聞きなれたはずのその声すら、まったく違って聞こえる。
心臓が激しく脈打つ。
「どうしたの? 大丈夫?」
俺が喋らないことを疑問に思ったのか、零音がのぞき込むように俺のことを見てくる。
俺はほとんど無意識に呟いていた。
「……綺麗だ」
「へっ!?」
俺が呟いたことが予想外だったのか、零音が顔を真っ赤にする。
「あ、わ、悪い! つい」
「別にいいけど、その、いきなりは恥ずかしいよ」
そんな零音の様子を見て、少し安心する。いつもの零音だと。
「…………」
「…………」
俺達二人ともが黙ってしまって、沈黙が満ちる。
周りの生徒も、俺達の様子を黙って見ている。
そんな中、雫先輩だけが俺の方に近づいて来て、耳元に口を寄せて言う。
「何をしてるのかしら。早くしてちょうだい。私達はあなた達のイチャイチャを見るためにここにいるわけじゃないわ」
「は、早くって……どうしたらいいんですか」
「言ったはずよ。あなたはダンス相手に選ばれたの。なら、言うべきことがあるでしょう?」
雫先輩や、同じくその場にいた双葉先輩、田所先輩、そして一ノ瀬先輩達に目で促されて、俺は零音の前にもう一度立つ。
正直こういうのは柄じゃないけど……俺を選んでくれた零音の気持ちを無下にはしたくないから。
「俺と……俺と、踊ってくれますか?」
正しい言葉なんてわからない。だから、ただ簡単に、まっすぐに伝える。
零音に向かって手を差し出す。
「……はい!」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って零音が言う。
そして俺が差し出した手を握る。
それと同時、
「さぁ始まりよ! みんな、自由に踊りなさい!」
雫先輩の言葉で、音楽が流れだす。
周りにいた生徒達も、音楽に合わせて踊りだす。
「私達も行こ、ハル君!」
零音に手を引かれ、広場の中心へ向かう。
俺達は別に踊りに詳しいわけじゃない。だからただ音楽に合わせて体を動かしているだけの不格好なものだったかもしれない。でも、それでも、俺にとって零音と二人で踊った時間はかけがえのないものになった。
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それからしばらくの間踊り続けて、俺と零音はダンスの輪から離れていた。
「ふぅ、ちょっと疲れたね」
「あぁ、そうだな」
さすがにさっきまでのレクリエーションの疲れもあるから、踊り続けるのはしんどいな。
「そういえば結局さ、なんで零音はそんな恰好してるんだ?」
「これ? 私もわかんないよ。昼ヶ谷先輩に用があるって言われて、連れていかれたらその先に裁縫部の人たちがいて……こうなっちゃった」
「なっちゃったって……まぁ、雫先輩の考えてることだしな」
「私達にはわかんないね」
「そうだな」
「あ、私ね、ハル君達が二人三脚を頑張ってるの見てたよ」
「え、見てたのか?」
「うん。この衣装のこととか秘密にしないといけなかったから出れなかったけど、裏から見てたの」
「そうだったのか」
「だから、ハル君が雪ちゃんとか井上さんとの三人四脚で鼻の下伸ばしてるのもしっかり見てました」
「伸ばしてねーよ!」
「えぇ、ホントに? ハル君はスケベさんだからなー」
怪しい、といった目で見てくる零音。
「ドキドキしたりとか、嬉しかったりとか……しなかったの?」
「うぐっ」
確かに、二人に挟まれてドキドキもしたし、多少は嬉しかったりもしたけど……でもだからってスケベって言われたらたまったもんじゃない。あの二人に挟まれたら誰だってそう思うだろうし。
「まぁでも、二人とも可愛いし。しょうがないよね。私は……ただの幼なじみだし」
少し悲しそうな顔で零音が言う。
その顔を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるような感覚がする。
「……違う」
「え?」
「ただの幼なじみなんかじゃない」
昨日からずっと考えてた。自分にとって零音がどういう存在かということを。
今までの人生で、零音はずっと俺の隣にいた。だから、これからもそれは当たり前に続くことだと思ってた。そんな根拠なんてないのに。
俺の隣に零音がいない未来……それを想像したら、胸が苦しくなった。
だから、簡単な話だ。
俺は零音のことが——好きなんだ。
だから、零音に悲しい顔をしてほしくない。笑っていて欲しい。そう思ってる。
「俺にとって零音は、ただの幼なじみなんかじゃない」
「……じゃあ、何? ハル君にとって私は……どんな存在なの?」
不安そうな、でもどこか期待したような目で、零音が俺のことを見てくる。
「俺は、俺にとって零音は——」
すっごく中途半端ですがここまでです。
次回は零音視点で書く予定です。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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それではまた次回もよろしくお願いします!
次回投稿は10月22日21時を予定しています。