第54話 校外学習編20 雫の提案
校外学習編が想定以上に長くなっているという……書きたいことってどんどん増えますよね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
なんのつもりなんだ一体、というのがさっきの夕森の行動に対する私の思いだ。
夕森が晴彦に積極的に迫る理由はわかってる、だけど、いくらなんでもさっきのはやり過ぎだ。二人きりの状況ならまだしも……いや、二人きりでもあんなことされるわけにはいかないけどさ。とにかく、私達以外にも一ノ瀬先輩達や、井上さん達の目もあったというのに、あの迫り方はない。
ちらりと夕森の方に視線を向けると、部屋から出ていくところだった。まぁ、作業もほとんど終わってるみたいだけど。晴彦はさっきのことが尾を引いてるのか、ジッと座ったまま動かない。
「ふふ、災難だったわね」
チラチラと晴彦の方を見ながら作業を進めていると、横から昼ヶ谷先輩が声を掛けてくる。
「さっきのことですか?」
「えぇ。まさかこの状況で夕森さんがあそこまでするとは思ってなかったわ」
「……ホントですか?」
昼ヶ谷先輩の考えてることはよくわからない。今回もイベントを考えるのは昼ヶ谷先輩だったから何か細工してくるかと思ってたのに、そういうわけでもないし。
そもそも意図的にゲームのシナリオとは変えてる気がする。本当なら、バトミントンなんかしてなかったし、渓流釣りもお菓子作りもなかった。完全にシナリオ無視だ。出会った当初はシナリオを守ると言っていたのに、どういう心の変化なのか。まぁ、すでにズレのあるシナリオをどこまで守るかという問題もあるんだけど。でもだからといって、なんでここまで無視しているのかがわからない。
「本当よ。まぁ、それだけ彼女も焦ってるってことね」
「焦ってる?」
「そう。らしくない迫り方をしてしまうくらいには」
なんで夕森が焦ってるなんてことがわかるんだろう。いや、そもそも本当に夕森は焦ってるんだろうか。だって、彼女には焦る理由がない。私達二人のどちらかが急に晴彦と距離が近くなったわけでもない。いや、せいぜい昼ヶ谷先輩が晴彦のことを名前で呼ぶようになったくらいだけどそこはゲーム通りだ。
「その様子だとわかってないのね」
「わかりません。先輩にはわかってるんですよね」
「えぇ。でも教えないわ。あなたに教えるメリットもないもの」
やっぱり教えてもらえないか。そこまで期待してなかったけど。とにかくわかったことは、なんでか知らないけど夕森が焦ってるってことくらいだ。
「あなたは、元の世界に帰りたいのよね」
「なんですかいきなり」
もういいやと思って作業に戻ろうとした途端、不意にそんな質問をされて面食らう。
「ただの雑談よ。この距離なら誰にも聞こえないでしょうし。前の話の続き」
前って……昨日バトミントンしてた時だっけ。あの時は会話が続かなくて困ってたら先輩がいきなり元の世界の話を始めたんだっけ。
「元の世界に戻りたいのかって言われたら、もちろん戻りたいですよ。そのために晴彦に色々アプローチしてるわけですし」
「元の世界に戻りたい理由は?」
「なんでそんなことまで言わないといけないんですか」
「別に言いたくないならいいわ」
言いたくない……というわけじゃない。別に隠してるわけでもないし。ただ、不信感。いきなりこんなことを聞かれて、不信感を持つなという方が無理だろう。
うーん……まぁいいか。このことを教えたからって別にどうこうなるわけじゃない。
「私が元の世界に戻りたい理由は、家族と友達のためです」
今でも鮮明に覚えている。忘れることなんてできるはずがない。元の世界の家族の姿。親友のことも。そして、私自身がしてしまったことも。
「お母さんと、お父さん。仲の良い友達もいました。それに……伝えないといけないこともありますし」
「伝えないといけないこと?」
「……それはいいんです。でも、それがどうかしたんですか?」
「気になっただけよ」
「先輩だって元の世界に戻りたいんでしょう?」
そのために私達はここにいると言ってもいい。だからそう聞いたんだけど、返ってきた言葉は予想外のもだった。
「夕森さんはそうかもね。でも……私は違うわ」
「え?」
「私はね、ずっと考えてたの。本当に元の世界に戻りたいと思ってるのかどうかを。そして気付いたわ。私は、元の世界に戻ることを望んでいない」
唐突に言われたその言葉に、頭が真っ白になる。だってそれは、今までしてきた事を全て覆しかねない言葉だ。
「な……なんでですか」
「私ね、元の世界でもそれなりの名家の生まれだったの。父と母、それから兄がいて……すごく窮屈な家だったわ。毎日毎日習い事の繰り返し。家を継ぐのは兄の役目だったけど、兄に万が一があったらという保険のために、私も同じ教育を受けさせられた。唯一の安息は隠れて買ったゲームくらい」
話す先輩の言葉は穏やかだった。だけど、その言葉の端々に隠しきれない憎しみのようなものがあった。
そして、先輩の言葉を聞いて思い出したのは、ゲームの『昼ヶ谷雫』のことだった。今語られた境遇はまさにゲームの『昼ヶ谷雫』と似ている気がする。
「それって……『昼ヶ谷雫』と同じってことですか?」
「……そうね。だから私は『昼ヶ谷雫』のことが好きになった。自分と似ている彼女のことを。あなたも、何か理由があるから『朝道零音』のことが好きになったんでしょう?」
「…………」
「まぁ、とにかく。この世界も似たようなものだったけど、一つだけ大きな違いがあるの」
「違い……ですか?」
「日向晴彦」
そう言って先輩は晴彦の方を見る。その視線はどこか熱っぽい。
胸がざわざわする。この先を聞きたくない。そんな思いに襲われる。
「彼は私と対等な友達になってくれた。それは、元の世界になくて、この世界にしかないもの」
「……だったらどうして、晴彦に攻略されようとするんですか?」
この世界に残ると言うなら、晴彦に攻略される必要はない。昼ヶ谷先輩がその考えをいつから持ってたのかは知らないけど、それが本当なら必要以上に晴彦に近づく理由はないはずだ。
「……本当の意味で、私が晴彦のことを好きになったから……って言ったらどうする?」
「っ!?」
先輩の言った言葉に頭が混乱する。
昼ヶ谷先輩が晴彦のことを好きってどういう……だって、ありえない。他の女子が晴彦のことを好きになる可能性はあるかもしれないと思ってた。でも、昼ヶ谷先輩と夕森の二人はないと思ってた。だってだって、私達は元男なんだから。いくら年月が経っても、その事実がなくなるわけじゃない。忘れられるわけがない。
「なーんてね。冗談よ」
「え?」
なんだ、冗談……冗談か。
安心して息を吐いた私。しかし、次の先輩の言葉に再び表情が硬くなる。
「まだそこまで本気じゃないわ。でも、多少気になっている人が他の人とイチャイチャしてるのを見るのは嫌でしょう?」
つまり、先輩が晴彦に関わるのは、攻略対象から外れようとしない理由は、それなんだろう。そのためだけに、私の邪魔をしているのか。
思わず睨むようにして先輩を見てしまう。しかし、意に介した様子もなく、明るく先輩が言ってくる。
「それでね、あなたに一つ提案があるのよ」
「提案?」
「あなたに私と晴彦がエンディングを迎えるための手助けをして欲しいの」
……は? い、いまこの人は何を言った。昼ヶ谷先輩と晴彦がエンディングを迎えるための手伝い? それを私にしろと?
そんなことをしたら私が元の世界へ戻れなくなるのに。できるわけがない!
「そ、そんなことできるわけ——」
「もちろん、見返りはあるわ」
「……見返り?」
「元の世界へ戻る権利」
「っ!?」
「それを、あなたにあげる。朝道さんが元の世界へ戻れるようにあの神様に頼んであげる。どう? これなら問題ないでしょう?」
「そ、それは……」
確かに、それができるなら私の目的は達成できる。元の世界に帰る事、それが私の願いだから。でも、だけど……。
「別にすぐに返事を、とは言わないわ。心が決まったら伝えて頂戴」
「…………」
それだけ言って先輩はお菓子作りを再開する。
でも私は、ただその場に立ち尽くしていることしかできなかった。
ちなみに、雫と零音が作ろうとしてるのはシュークリームです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は10月14日18時を予定しています。