第48話 校外学習編14 渓流釣り(裏)
渓流釣りの時の零音、双葉視点の話です。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
『それ』に気付いたのはいつだっただろうか。朝、登校していた時かもしれない、昼にお弁当を食べていた時かもしれない、夕方に買い物をしていた時かもしれない、夜にお風呂に入っていた時かもしれない。でも、『それ』に気付いた時私は怖くなった。自分が自分でなくなるような感覚に襲われた。
だから忘れることにした。心の奥底に全部押し込んで、何もなかったことにして、そうして元に戻るのだ。
長い間自分に言い聞かせることで、私は『それ』を忘れることができた。
そして私はいつもの私に戻った……だけど、本当はわかっている。『それ』が決してなくならないことは。きっかけさえあれば、再び姿を現すことは。
それでも私は、『それ』から目を背けることしかできなかったんだ。
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「あの、それで話ってなんですか?」
双葉先輩に呼び出された私は、釣りを止めて先輩に連れられるままに歩いていた。
「んん~。まぁ、すぐに直球で言うけどさぁ、零音ちゃん、押してダメなら引いてみろって作戦やってるでしょ~?」
「ど、どうしてそれを」
「いや、さすがにあれだけ露骨だと誰でも気付くよぉ。みんなもなんとなくわかってたんじゃないかなぁ?」
「そんなに露骨でしたか?」
「思わず笑っちゃうくらいにはねぇ」
先輩は、その時のことを思い出したのかクスクスと笑っている。
うぅ、バレてたと思うと途端に恥ずかしくなる。
「それに零音ちゃんさぁ、全然できてなかったしねぇ」
「や、やっぱりそうですか?」
「まぁでもさぁ」
ニヤリ、と先輩が笑って私を見る。
「そういうことするってことはさぁ、やっぱりハルハルのこと好きなんだよねぇ、とられたくないんだよねぇ」
「っっ!? ち、違います! そういうわけじゃ」
「うんうん、誤魔化さなくていいよぉ。ボクにはちゃ~んとわかってるからさぁ」
「違いますってば!」
私がどれだけ強く否定しても、先輩は素知らぬ顔で聞き流す。
あれは晴彦とエンディングを迎えるために必要だと思ったからやっただけで、別に晴彦が好きとかそういうわけじゃないのに。
でもそのことを先輩に言うわけにもいかない。つまり、私にはこれ以上反論するすべがない。
まずい、このままだと私は晴彦大好き人間ってレッテルを張られてしまう。
というかもしかして、他の人もなんとなくわかってたならそういう風に思われたんじゃ……。
「それでぇ、どうするのぉ? 続けるのぉ?」
「うぅ……やめときます」
どっちみちできてなかったなら効果も薄いだろうし。みんなにそんな目で見られるのも嫌だし。
「そっかぁ、面白かったから残念だなぁ」
「先輩を面白がらせるためにやったんじゃありません」
「ごめんごめん。怒らないでよぉ」
「怒ってません」
先輩がこういう人だっていうことはこの短い付き合いの中でわかっていたことだし、いちいち腹を立てていたらきりがない。
「あ、ねぇねぇ、見てよぉ」
「なんですか? ——あ」
先輩がふと立ち止まり指をさす。その先にあったのは、晴彦と井上さんだった。
ここからだと何を話しているかまでは聞こえない。でも二人ともすごく楽しそうで、私はなぜかゴールデンウィークの時のことを思い出していた。
「へぇ、二人とも楽しそうだねぇ」
「そ、そうですね」
「あの感じ……もしかしたらめぐみちゃんは脈ありかもねぇ」
ドカンと頭を殴られたような衝撃が私を襲う。
そんなはずはない。そう思いたくても、晴彦と話す井上さんの笑顔が、それを否定する。
「そんなはずないですよ。だって井上さんは……」
「めぐみちゃんの思いは君が決めていいものじゃないよぉ」
「っ!?」
「あの二人、案外いい感じなんじゃない? ……このまま付き合っちゃったりして」
「それはっ!」
「ダメだって言う権利は誰にもないよぉ。 ボクにも、零音ちゃんにもねぇ。それに、零音ちゃんはハルハルが好きなわけじゃないんでしょ? だったら別にいいじゃん。めぐみちゃんが彼女になってくれたら、『君』の代わりにお弁当を用意して、『君』の代わりに朝起こしてくれて……面倒がなくなっていいんじゃない?」
ダメだ、そんなのはダメだ。晴彦の隣は私の場所だ。
違う、そうじゃない。
晴彦の隣はだれにも渡さない。
違う、そうじゃない! エンディングを迎えるために認めるわけにいかないの!
嘘を吐くな。
違う嘘なんかじゃない。
臆病者。
臆病物なんかじゃない。
いいや、臆病者だね。自分の気持ちから逃げ出した弱虫だ。だからあんな奴に晴彦の隣を奪われる。
自分じゃない自分の声が頭に響く。気持ち悪い気持ち悪い。グニャグニャと世界が歪んでいく感覚がする。消えろ、消え失せろ。私を惑わすな。私は、オレは——
「臆病者なんかじゃないっ!!」
先輩はそんな私を見て笑う。これ以上ないくらいに楽しそうに。
でも、私はそのことに気付かない。気付けない。自分自身のことでいっぱいだった。
「……す、すいません。ちょっと気分が悪いので、休んできます」
「そっかぁ、無理しないでねぇ」
先輩に背を向けて私は歩き出す。
ダメだ、いったん一人で落ち着かないと。
すべてから視線を逸らすように、私はその場を後にした。
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零音が立ち去った後、双葉の木の陰から人が現れる。
「おいおい、あまり私のお気に入りを虐めてくれるなよ」
「あ、お姉ちゃん。別に虐めてないよぉ」
「双葉。なぜお前は朝道零音に固執する。昼ヶ谷雫でも、夕森雪でもなく」
「んー? 別に固執してるわけじゃないけどさぁ……あの子が一番、面白いからかなぁ。自分のこともわからないで、他人の言葉に動かされて……たまらないよねぇ」
「はぁ……このサディストめ。全く、誰に似たんだか」
「お姉ちゃんには言われたくないよぉ」
「むっ」
そう言われてしまうと彩音には何も言えない。というか、彩音自身思い当たることがないわけでもないので反論できないのだ。
「ボクは零音ちゃんのこと大好きだよぉ。ハルハルとくっつくといいなぁって、ホントに思ってる。でもぉ」
「でも?」
「普通にくっついても面白くないよねぇ」
双葉は零音の抱えている事情など何も知らない。でも、何かがあるから『それ』を認めないのだということはわかっている。だからこそ双葉はそこに面白さを見出した。
だが普通にしたら逃げてしまう。零音は『それ』を認めない。だったら、突きつけてやればいいのだ。絶対に、決して逃れられないように。
「あの子が自分の『恋心』を自覚した時、どんな風になるのか。楽しみだなぁ」
そう言って笑う双葉を、彩音はただジッと見つめていた。
零音が目を背けていた想いに直面する日は近い……かもしれない。
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次回投稿は10月4日21時を予定しています。