第47話 校外学習編13 渓流釣り
今日から十月です。今月も全力で頑張ります!
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
渓流釣り。
大自然の中に身を置きながら、魚を釣る。
鳥のさえずりや、谷を吹き抜けるさわやかな風、花や木々の香りに包まれながら楽しむもの。
そして、今まさに俺達のいる川にはとある伝説があった。それが『隻眼の覇者』と呼ばれる川の主の存在だ。かつて、多くの釣り人が狙い、敗れ去ってきた強大な魚がこの川にはいるらしい。
「まぁ、ほとんど眉唾な話だと思うけどなぁ」
釣りの用具を借りに行く際、ホテルの支配人からそんな話を聞かされたけど、この澄んだ川を見るに、そんな魚がいる様子は微塵も感じられない。
「あー、でものんびりできていいなー」
こうしてのんびりゆっくり針をたらしてると、さっきの零音の恐怖とか、悩みとか、そんなのをちょっとだけだけど忘れられそうな気がする。
「ふふ、日向君おじいちゃんみたいな顔してるよ」
「あれ、井上さん。零音達と一緒じゃなかったの?」
「朝道さんは風城先輩に呼ばれて行っちゃって、夕森さんは主を釣るってどこか行っちゃった」
「なんか雪さんはそんなこと言いそうだな」
「日向君も、友澤君と山城君は?」
「友澤は二年の先輩達と一緒に行動してるよ。んで、山城は精神修行だ、とか言ってどっかいったよ」
「そっか、じゃあ日向君も一人なんだね」
「そういうことだ」
「あ、あのさ。じゃあ私も一緒に、ここにいていいかな?」
「あぁ、全然いいよ。一人で暇だったしさ」
「そ、そっか。ありがと」
そう言って井上さんは隣に座る。
っていうかまた若干好感度が上がったな。今日はなんかさがってばっかだったからちょっと嬉しいな……ってあれ? そういえば零音とかあんなに怒ってたのに好感度下がったりしてないのか。なんでだろ……まぁいいか。考えてもしょうがないし。
「そ、そういえば久しぶりだね。二人で話すの」
「ゴールデンウィークの図書館以来かな?」
あの時はホントに井上さんのおかげで助かった。俺一人じゃ本を探すなんてできなかっただろうしな。
あれから確かに話す機会はなかったな。ちゃんとお礼言おうとは思ってたんだけど。
「あの時はホントに助かったよ。ありがとう」
「そ、そそそそんな。お礼なんていいよ。私こそ日向君といれてたのしかっ——ってあぁ、ちがくて、そのその」
顔を真っ赤にして慌てている井上さん。
その姿が妙に可愛いというか面白くて、思わず笑ってしまう。
「あぅ、わ、笑わないでよ~」
「あはは、ごめんごめん。でも、日向さんもだいぶ慣れたみたいだな」
「え?」
「ほら、最初の頃は零音としか話せてなかったし。でも今じゃこうして俺とも普通に話せるようになった」
「う、うん。でも他のクラスの人と話すときはまだ緊張しちゃうけど」
「大丈夫だよ。井上さんならすぐにみんなと仲良くなれる。俺が保証するよ」
「そ、そうかな。そうだといいな」
「俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。前のお礼に出来ることなら手伝うからさ」
「あ、ありがとね。日向君」
そこからずっと他愛のない話を続けていると、にわかに竿が反応を示した。
「あれ、これって」
「ひ、引いてる、引いてるよ日向君!」
「お、おう」
慌てて竿を持ち直して引き上げる。
糸の先にはしっかりと魚が釣り下がっていた。
「おぉ、釣れた!」
「すごい日向君」
「こうやって自分で釣ると感動だなー。でもなんていう魚なんだろ」
「これはたぶんヤマメじゃないかな」
「へぇ。よく知ってるな」
「昔読んだ本に出てきたんだ」
いやでもそれをちゃんと覚えてるのってすごいと思うんだけどな。
「釣れたのは嬉しいけど、こんだけ時間使って一匹か。他の人に期待したほうがいいかな」
まぁ、本気で釣るつもりもなかったけどさ。他の人はどうなったんだろ。
「まだ時間もあるし、もう少しのんびりするか」
「そうだね」
そして俺達はそこから時間が来るまでの間、のんびりと釣りをしていたのだった。
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「……まだ全員集まらないのかしら?」
時間になり、集合場所に戻った俺と井上さんを出迎えたのは、ムスッとした表情の雫先輩だった。
「あれ、雫先輩どうしたんだろう」
なんかめっちゃ不機嫌なんだけど。声を掛けるのを躊躇するくらいには。
「ハルハル、気になるのぉ? なんで会長が不機嫌なのか」
「うわっ、双葉先輩。それに零音も。びっくりするじゃないですか」
ぬっと背後に現れたのは双葉先輩と零音だった。あんまりにも気配がなかったからすっごいびっくりしたけど。
「ハル君は井上さんと一緒にいたんだね」
「あぁ、お互い一人だったからさ」
「……そっか」
「どうかしたのか?」
まさか、俺が井上さんに変なことしてないかとか、そういう心配をしてるのかな。だったら誤解を解いておかないと。じゃないとまた“般若零音”が召喚されてしまうかもしれない。
「あ、大丈夫だぞ。普通に楽しく話してただけだからさ。な、井上さん!」
「え、あ、うん。そうだよ」
「……別に何も言ってないけど」
ジトーっとした目で零音に見つめられる。
「えーと、あー、そ、そうだ。双葉先輩、結局雫先輩はなんで機嫌が悪いんですか?」
「あ、逃げた」
「あれはねぇ、釣れなかったんだってぇ」
「釣れなかった?」
「そう、魚いっぱい釣りたかったんだけど、一匹も釣れなかったからあんな風に不機嫌なんだよぉ」
ニヤニヤと笑いながら双葉先輩が言う。
子供かよ、と思わず言いたくなる理由だ。いやでも、雫先輩負けず嫌いな所があるし、納得といえば納得の理由だけどさ。
うーん、でも先輩をこのまま不機嫌にしとくわけにはいかないし。
「なによ、晴彦も私のことを笑ってるの?」
「そんなつもりはありませんってば」
俺は自分が釣ったヤマメを先輩に差し出した。
「……なにかしら、これは?」
「先輩にあげます」
「情けのつもりなら結構よ」
「そんなつもりじゃありませんって。これは感謝の気持ちです」
「感謝?」
「はい、俺達がこうして楽しく校外学習を楽しく過ごせるのは先輩が一生懸命色々と計画してくれてるおかげですし、そのお礼です」
「……そう、なら受け取っておくわ」
お、心なしか先輩の機嫌が直った気がする。
「おぉ、流石だねハルハル。女の子の扱いに慣れてる。でも贈り物が魚ってどうなんだろうねぇ」
「むぅ」
「あはは……」
後ろ三人の目線は気にしちゃいけない。
っていうか双葉先輩、今渡せるのがそれしかないんだからしょうがないでしょう。
「ふぅ……それで、あとは誰がいないのかしら」
「あといないのは……山城だけですね」
「山城君? 何してるか知ってるの?」
「山城なら——」
「すいません、遅れました」
俺が答える前に、山城の声が聞こえた。
「あれ、遅かったな山城——ってはぁ!?」
俺は山城の方を見て思わず絶句する。
というか俺だけじゃない。全員、山城の方を見て驚いた顔をしている。
「こいつと格闘していたら思ったよりも時間がかかってな。ん? みんなどうしたんだ?」
「いや、どうしたっていうか……それ、なんだよ」
「これか? 魚だ」
確かにそれは魚だ。ただ、その大きさが普通じゃない。三メートルはあるであろう巨大で真っ赤な体、傷ついて隻眼になった瞳。さらに鋭く光る牙。陸に上がってもなお力強さを感じさせる雰囲気を醸し出している。あれはまさしく——
「……『隻眼の覇者』」
誰かがポツリと呟く。
「うはーー! すごいね! アタシ全然見つからなかったのにー。いいなー、アタシが釣りたかった」
雪さんはその魚を見てテンションを上げているけど、正直怖い。これがあの川にいたなんて信じられない。
「ねぇねぇメグっち、あれなんの魚かわかる?」
「う、ううん。図鑑でも見たことないよ」
「そっかー。なんて魚なんだろ」
「とりあえず持って来たんだが……これは食えるんだろうか」
食うつもりなのかよ!
いや無理だろ。あの魚まだ近寄らば殺す、みたいな雰囲気出してるし。
「そうね、とりあえず」
いち早く衝撃から立ち直った先輩が山城に向けて言う。
「川に戻してきなさい」
最後の最後で驚きはあったけど、無事に俺達は渓流釣りを終えることができた。なかなかできない経験だったからすごく楽しかったけど……あの川にはもうあんまり近づかないようにしよう。
戦闘力でいうなら一番強い山城君。熊とも戦える噂があるとかなんとか……。
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次回投稿は10月3日21時を予定しています。