第46話 校外学習編12 調子に乗った者の末路
今月も終わりですねー。あっという間というか、早かったです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
バトミントン大会が終わってから、休憩時間が与えられた。
「疲れたでしょうから休んでおきなさい。次の集合は一時間後よ。その時に優勝賞品も発表するわ」
そう言って雫先輩達二年生は準備があるとかで去っていった。
そして残されたのは俺達一年生だけだった。
「あぅ、ごめんねハル君。……怒ってる?」
「…………」
さっき暴走してしまった零音は本当に申し訳なさそうな顔をして俺に謝り続けている。
実際、さっきはダメージがでかかったけどそこまで気にしてるかって言うと……そうでもない。
ならどうして零音からの謝罪に答えないかというと理由は単純、面白いからだ。
これはなかなかにレアなことだ。零音がさっきみたいに暴走することもそうだけど、なによりこの零音。通称“謝り零音”は数年に一度あるかないかの珍しい状態なのだ。
普段は俺の方が怒られたり小言を言われることが多いからな。
この状態の零音は非常に甘くなる。ホントになんでもしてくれそうなくらいだ。
「あ、そうだ。ジュース! ジュース飲む? 私買ってくるよ。何がいいかな」
「……サイダー」
「わかった。すぐに行ってくるね」
そのまま零音はピューっと走り去る。
「…………くくっ」
零音が走って行ったあと、俺は思わずこらえきれずに笑ってしまう。
「あ、やっぱりハルっち。元気じゃん」
そんな俺の様子を見て雪さんが近づいてくる。
「気づいてたのか」
「そりゃねー。けっこう露骨だったよー。まぁレイちゃんは焦り過ぎて気付いてなかったみたいだけどさ」
「え、え、どういうことっ! 日向君落ち込んでたんじゃ」
「いやまぁ、確かに落ち込んではいたけどさ。そこまで重症じゃないって」
「え、じゃあお前朝道さんの事騙したのか! なんて野郎だ」
「ふむ。嘘は感心しないぞ日向」
うぐっ。確かにそう言われると痛いし、純粋に俺を心配してたっぽい井上さんには悪いけど……それよりも俺の好奇心が勝ってしまったんだからしょうがない。それに、零音の言葉で落ち込んでたのは嘘じゃないし。
「え、えでもそんなの朝道さんが可哀想だよぉ」
「ごめんな井上さん。ちょっとレアな零音が見れて面白かったからさ。もうちょっとだけ」
「えぇ、でも……」
「まぁまぁメグちゃん。あんなレイちゃんは見たことないしさ。ここからほっといたらどうなるかちょっと興味ない?」
「だ、ダメだよ。そんなのは——」
「ハル君、お待たせ!」
井上さんが言い切る前に、零音が戻ってきた。そうとう早いな。
とっさに雪さんが井上さんの口を塞ぐ。
「んー。んー!」
「井上さん? どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ。ほーらメグちゃん、あっちに行こうねー」
「? あ、ほらハル君。サイダー買ってきたよ!」
努めて落ち込んだようにみせていかないとな。
俺は小さくありがとうと言って、サイダーを受け取る。
「えとえと、他に何かして欲しいこととかない? 私にできることだったらなんでもするよ!」
くくく。ホントに面白い。まぁでもあんまり長引かせても井上さんの言う通り可哀想だし、あと二、三個くらい適当にお願いしたらそこで止めるか。
「ぷぷ、レイちゃんなんでもとか言ってるし。ちょっと面白いかも」
「んー、んー」
「なんでも、なんでもかー……オレだったら、フヘフヘへへ」
井上さんはまだ雪さんに口を塞がれていた。
そして友澤はなんとも邪悪な顔をしていた。あいつ何考えてんだ。
山城は何も言わずにことの成り行きを見守るつもりらしい。
「あ、そうだそうだ! さっきまで試合してたし疲れてるよね。ちょっと横になったら? まだ時間あるし。ハル君膝枕とか好きだよねっ!」
「ちょっ!」
「膝枕! 膝枕だと! 日向まさかいつも朝道さんに膝枕してもらって——」
「友澤。騒がしいぞ」
騒ぎ出した友澤を山城が沈める。
膝枕という単語に、その場に残っていた男子達が色めき立ち、俺を見る目に嫉妬の視線が混じる。
いやいや、零音は何言ってんだよ! というか、膝枕が好きだなんてなんで知ってんだよ。
「ハル君の部屋にあるエッチな本とか、太ももとかそういう系が——」
「ちょーーーい!! おま、何言おうとしてんだよ!」
思わず走って零音の口を塞ぐ。このままじゃ男子高校生として一番バラされたくない部類のことが明かされてしまうところだった。いや、もうほとんどアウトな気がするけどさ。
たぶん零音は今俺を慰める、元気にするということに必死で自分がどんなことを話しているかに気付いてない。さっきの暴走とはまたちょっと違った形の暴走をしている。
まずい、非常にまずい。珍しい“謝り零音”が出たから見てたかったけど、このままじゃ何を暴露されるかわかったもんじゃない。
「へぇ、ハルっちは太ももが好きなんだー」
「…………」
零音の言葉を聞いて、雪さんはニヤニヤと面白そうな顔をして、井上さんは顔を真っ赤にして俯いている。
「もう大丈夫、大丈夫だから」
「え? でも」
「ほんっとに大丈夫。零音の買ってきてくれたサイダーのおかげでもう十分元気になったからさ。な!」
「そうなの? でもハル君そんなにサイダー好きだった?」
「あぁ、大好きだぞ!」
「そうなんだ。覚えとくね。でもよかったー。ハル君が元気になってくれて。ホントにさっきはごめんね」
「いや、まぁもういいよ。過ぎたことだしな」
ふぅ、なんとかこれで零音も落ち着くだろう。
“謝り零音”見てたかったけど、これでいいか。あんまりふざけすぎてバレても問題だし。
「なんだもう終わりかー。つまんないの。あ、ごめんねメグっち」
雪さんがずっと塞いでいた井上さんの口から手をどける。
「ぷはぁっ! ひ、ひどいよ~。ずっと口を塞ぐし、それに日向君も朝道さんに嘘ついて——あ」
「嘘? 井上さん、それってどういうことかな」
あ、まずい。零音が井上さんの言葉に反応した。
だらだらと冷や汗が出るのを感じる。
「どういうことなのかな。嘘って」
「え、えっと、あのね」
静かに零音が井上さんに詰め寄り、問い詰める。井上さんは俺のほうをチラチラと見ていたのだが、俺に目で謝ってから話し始める。
「へぇ……嘘。あんなに心配したのに……嘘だったんだ。私に、嘘ついたんだ」
ヤバい。零音から黒いオーラが溢れ出るような幻すら見える。
他の人も少し怖がっている。目の前にいる井上さんなど、顔を真っ青にしている。
(ご、ごめんね日向君)
(いや、いいんだ井上さん)
そう、これは井上さんが悪いんじゃない。俺が悪いんだ。
だとしても俺は——逃げる!!
くるりと身を翻し、逃げ出そうとした俺の肩を誰かが掴む。
「……どこに行こうとしてるの、ハル君」
「……えーっと……」
もちろん、それは零音だ。ハイライトの消えた瞳で俺のことをジッと見つめている。
肩を掴む手は本当に女子なのかと思えるほどに強い。
「なんで嘘……ついたのかな」
「いや、あの、嘘というか」
「私はこんなにハル君のこと考えてるのに、なんで、私に、嘘つくの?」
怖い、めっちゃ逃げたい、でも逃げれない。
だったら、だったら俺のすることはただ一つ!
意を決して俺は零音に言う。
「面白そうだったからです!」
「面白そう?」
「普段あんまり見れない零音が見れるかなって、そう思いました! ごめん!」
勢いよく頭を下げる。
こうなったら正直に言って謝るしかないのだ。
「そう……そっか」
ん、あれ?
もしかしてあんまり怒ってないのかな。思ったよりも静かな感じだ。
そう思ってすこし顔を上げて、俺はその判断が間違いだったと知る。
「ハル君——わかってるよね?」
その後起きたことを俺は語りたいと思わない。それはその場にいた全員に共通している思いだろう。
ただ一つ、俺の零音辞書に新たに“般若零音”が付け加えられた、とだけ言っておく。
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恐怖の時間から時間が経って、休憩時間が終わった俺達は先輩達の元へとやって来ていた。
「あら、来たのね……ってどうしたの?」
「……いえ、なんでもありません」
憔悴しきった俺に、いつも通りの笑顔、に見える零音。顔も真っ青にした井上さんに、流石に苦笑いしている雪さん。山城はいつも通りで、友澤はさっきの零音で何か開いてはいけない扉を開こうとしていた。
「? まぁなんでもいいけれど。それじゃあまず、バトミントン優勝のご褒美から発表しましょうか」
「あ、ホントだ。アタシそれ気になってたんだよね。なんなの先輩」
「ズバリ、キャンプファイヤーの時のダンス相手の指名権よ」
「キャンプファイヤーの時のダンス相手の指名権?」
「えぇ、明日の夜にキャンプファイヤーがあるのは知ってるわね」
「うん、知ってるよ」
二日目の夜に全員で行われるキャンプファイヤー。まぁこの校外学習の締めのイベントらしいけど、ダンスなんか踊るのか。
「その時にキャンプファイヤーを囲んで全員で踊るわけなのだけど。指名権はその相手を選べる権利よ」
「えー! そんなの貰えるならもっと頑張ればよかったなー。残念。ハルっちと踊れるたかもしれないのに」
「あ、夕森さん! オレなら全然ダンスの相手できますよ!」
「それはいいや」
「ひどいっ!?」
「まぁ、優勝したのは私と朝道さんなわけだけど……残念なことに、私は生徒会の仕事があるから踊れないの。だからこの権利があるのは朝道さんだけね」
「私だけ、ですか?」
「えぇ、だから明日のお昼までにダンスの相手を決めて教えてね」
「わかりました」
零音が踊る相手……か。誰を選ぶんだろ。
いや、それは零音の自由だから俺がとやかく言うことじゃないけどさ。
なんか気になるな。あとでそれとなく聞いてみよう。
「さて、優勝賞品の発表もしたことだし、次の話をするわよ」
「あ、そういえば今からって何するんですか?」
「もうすぐ夕方になるわ。そして夜ご飯は班ごとの自由になっているの。ホテルのバイキングを使うもよし、キッチンを借りて作るもよし。そこで私達が次に行うのは——これよ!」
ババン!
という感じで後ろにいた田所先輩と双葉先輩が持っていた幕を広げる。そこに書かれていたのは、
『今から一時間で何匹釣れるかな? 渓流釣りを皆で楽しもう!』
という文字。
「さぁ、みんなで釣りを始めるわよ!」
般若零音
母親である莉子からの受け継がれたものである。その姿を見た者はあまりの恐怖に、逆らう意思を全て奪われるという。
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次回投稿は10月1日21時を予定しています。