プロローグ 入学式(裏) 後編
読んでいただいてありがとうございます。
この作品をもっともっと良い作品にできるように邁進していきたいと思います!
これって前書きよりも後書きで言ったほうがいいのかな?と思いつつも言いたい気持ちが先行してしまったので先に言います。
いっそ憎いほどに晴れ渡った空を見ながら私たちは雨咲学園へと向かっていた。
その道中でしっかりと雨咲学園の伝説を話しておくのも忘れずに。
これを話しておかなければ、その後の展開も変わってしまうかもしれない。ゲームの情報というアドバンテージを失わないためにもできる限り原作順守した方がいいだろう。
その後、入学式自体は無事に終わった。暇で暇でしょうがなかったけど、そんな様子はおくびにも出さない。これまでの生活でそれを取り繕うことができるだけの演技力は身に着けたつもりだ。
入学式よりも嫌だったのは、男子の目線だ。美少女である以上仕方のないことだともいえるけど、色んな人に見られる。零音は設定上、それらの視線には気づいてないというか、気にしていないということになっていたが、これは無理だ。胸や顔が見られているのがホントーに気持ち悪い。これが気にならないとか、本来の零音はどれだけ図太い精神をしてるんだか。
それはそうと、ゲームではよくわからなかったけど、この学園の広さはちょっと異常だと思う。いや、私が知らなかっただけかもしれないけど、これほどの広さの学園は元の世界でもそうなかったと思う。迷子になってしまいそうなほどだ。
明日から迷子にならないために今は晴彦と一緒に教室の場所の確認に向かっている最中だ。この行動が一つのイベントを引き起こすわけだけど……このゲームの根幹に関わるイベントが起きるわけだし、このイベントは回収しておかないとだめだろう。
「やっぱりまた同じクラスだったね」
なんというかご都合主義なことに、私と晴彦は小学校の頃からずっと同じクラスだった。これがゲームの強制力によるものかどうかはわからないけど、おかげで今の関係を構築しやすかった。そう考えれば良かったのかもしれない。
「そうだな。ここまでくるといっそオカルト的なものまで感じるくらいだ」
「もう! そこは俺と零音の絆が深いからだな、くらい言ってよー」
オカルト大正解。神様なんて名乗る奴の力が入ってるわけだし、十分オカルトだろう。
「なんでそんな恥ずかしいこと言わないといけないんだよ」
「女の子はそういうのちゃんと言葉にしてくれたほうが嬉しいんだよ。ハル君はもうちょっと女心について勉強するべきです」
女心なんて私もわかんないけど。
「そういうもんなのか?」
「そういうものです」
「へいへい、じゃあ次からは気を付け——」
「とーう! ってあぁ、そこあぶな、どいてー!」
次の瞬間、階段から飛び降りてきた少女が晴彦にぶつかる。
「うぶっ!」
「むぎゃっ!」
「ハル君っ!」
支えきれずに倒れた晴彦は、意識を失ったのかそのまま動かなくなる。
「あ、ごめん! 大丈夫?」
少女は慌てて晴彦の上から退く。この少女のことを私は知っている。初対面だけれど、知っている。
「…………」
「……おーい、起きて……る? ない? 起きて……なさそうだな」
晴彦の意識の有無を確認した少女は晴彦から視線を外し、こっちを見てくる。
「……はじめまして、でいいのか。朝道零音だよな」
「……えぇ、夕森雪さん」
「だよなぁ、んでこいつが晴彦でいいんだろ? オレよく考えたら晴彦の顔知らなくてさ。お前が隣にいてくれてよかったよ」
夕森雪。『アメノシルベ』の攻略ヒロインの一人だ。流石にヒロインというだけあって、私にも劣らない美少女だ。しかし、今のしゃべり方はどこか男っぽい。
「君はあの時いた人なの?」
「ん、あぁそうだよ。あのいかれた神の享楽に巻き込まれた哀れな被害者だけど。お前もそうだろ」
「うん、一応ね」
「これで確信した。オレだけじゃなかったわけだ。つまり、目的も同じってわけか」
「そうだね。晴彦とエンディングを迎えて元の世界に帰ること。それが目的だ」
「つまり敵同士か」
「そうなるね」
ジッと見つめてくる瞳。そこにはまぎれもない敵意がこもっている。しかし、次の瞬間にはその敵意がなくなって、感情の読めない瞳になる。
「まぁ本格的に始まる前からいがみあってもしょうがないわな。それよりも早くこいつなんとかしようぜ。このあとのイベントもあるしな」
この後、晴彦は狐と出会って、好感度を見ることができるようになる。このイベントが起きないとこの後のストーリーが変わるというか、話として成立しなくなる。
「確かこのあとゲームだったら——」
「おいお前達! そこで何してるんだ!」
「……来たね」
「来たな」
このタイミングでやってくるのは先生だ。なぜこのタイミングで先生がこの場所にいるのかは知らないけど、それはゲームの都合なのだろう。
しかしこうしてストーリーが進んだと言うなら私のやることは決まっている。
「先生! ハル君が頭打っちゃって、意識無くて……どうしたら……」
「頭を? まいったな、今日は保険医が出張で……いや、ひとりいたな。しかし……」
「? とにかく、保険の先生がいるなら早く保健室に!」
何かを渋る先生。ゲームならさっさと連れていっていたのになんなのだろうか。まぁいい。とにかく今は慌てる幼なじみを演じ続けるべきだろう。
「そうだな。こっちだ」
倒れている晴彦を担いだ先生がそのまま保健室へと向かう。
こういうのって頭打ってたら動かしちゃいけないと思うんだけど、どうなんだろうか。まぁ私も詳しいことは知らないけど。先生もそれだけ焦ってるんだろう。そういうことにしておこう。
どうやらこの学校には保健室が二つあるらしい。全然知らなかった。人数が多いので一つでは対処しきれないことがあったそうだ。私たちが来た保健室に妙齢の綺麗な女性がいた。この人はゲームの時にはいなかった。いや、ただ描写されてなかっただけかもしれないけど。風城という先生らしい。
さっきから私と夕森を見る目が少し怪しい気がするのは気のせいだろうか。本能がこの人と深く関わってはいけないと訴えている。
「うーん、まぁとりあえずはこれで大丈夫でしょう。もしあれなら病院に連れていきますか?」
「いや、それはちょっと、今は……その……」
今日は入学式だ。あんまり騒ぎを大きくしたくないのだろう。しかし生徒である私たちの手前、それも言いづらいと。先生はそんな様子だ。
「……はぁ、まぁいいでしょう。すぐに目を覚ますでしょうし、ここで寝かせておきます」
「ありがとうございます風城先生。それじゃあ、とりあえず二人には詳しいことを聞きたいから職員室まで来てくれるか」
「はい」
「わかりましたー」
「あぁ、そっちの生徒は少しだけ残ってくれるか」
「はぁ、わかりました。それじゃあ先に職員室にいってるから、用が終わったら来るようにな」
風城先生が指さしたのは私だった。先生と夕森はさっさと出ていってしまい、私だけが残された。
「えっと……私に何か用ですか?」
「いやまぁ大したことじゃないんだがな。そういやこいつの名前とか聞いてなったなと思ってな。こいつの名前知ってるのお前だけだろ。一応保健室に来た生徒の名前は控えとかないといけないからな」
「あぁ、そうなんですな。えっと、日向晴彦です」
「日向、晴彦だな。お前の彼氏か?」
「……え?」
「違うのか?」
「違いますよ! ハル君は幼馴染です。大事な人ではありますけど、ホントにそれだけですから!」
中学生の頃からこの手のことは言われ慣れている。そういう時はこういう可もなく不可もなくといった反応をしていればいいと学んだ。強すぎる否定も良くないけど、否定しないのもよくない。「大事な人」というのがポイントだ。これで大体の人は引いてくれる。
「そうなのか。じゃあ私といいことしないか?」
「はい?」
「私は男も好きだが、可愛い女の子も大好きでなー。せっかくだからお近づきになりたいと思ってな」
「何ふざけたこと言ってるんですか!」
「ふざけてない、本気だ」
「余計にたちが悪いです!」
まさか両刀なのかこの先生は。先ほど私達を怪しい目で見てたのはそういう理由だったのだろうか。
「ハハハ、冗談だよ、冗談」
「そういう冗談は心臓に悪いですよ」
全く信用できないけど、とりあえずこの場はそういうことにしておこう。
「もう用がないなら私行きますね」
「あぁ、最後にお前の名前だけ教えてくれ」
「私の名前ですか? 朝道零音です」
「私はほとんどこの部屋にいるからな。もし怪我したり体調悪くなったらいつでも来い。朝道みたいな可愛い子なら大歓迎だ」
「そうですね。体調が悪くなった時にはよろしくお願いします」
絶対この保健室には来ないようにしよう。
「それじゃあ、失礼します。また話が終わったら戻ってきますから、もしハル君が起きたらそう伝えてください」
保健室を出た私はそのまま職員室へと向かう。
風城先生。とりあえず危険な人リストに入れておこう。というか、あの人と晴彦を二人きりにして大丈夫だろうか。今さらながらに心配になってきた。
「とにかく、あの先生にはなるべく近づかないようにしよう」
職員室は思った以上に保健室から離れていて探すのに苦労したけどなんとか見つけることができた。まさか職員室が二階にあるとは思わなかったけど。
そこで待っていた先生に夕森と一緒に晴彦にぶつかった経緯を説明する。
結果として夕森は注意をされただけですんだ。わざとではないからというのと、入学式でテンションが上がったのならしょうがないという判断だ。
まぁ、原作の夕森はわざとではないが、今の夕森はわざとだろう。
「——とりあえずこんなところか? 以後気を付けるように」
「はーい、わかりましたー」
「ったく、ホントにわかってるのか? まぁいいや。もう行っていいぞ」
「「失礼します」」
職員室を後にした私達はそのまま並んで歩き出す。
「あーもー、疲れた! 話長いよー」
「あなたが不注意なのがいけないんでしょう」
まだ職員室が近いということもあってお互いに素では話さない。さっきも先生が近くにいたことを考えると不注意だったかもしれない。
これからはもっと注意したほうがいいだろう。
「そうなんだけどさー。あ、雨降ってる!」
「ホントだ!」
外を見れば雨が降っている。空は曇っていない。天気雨だ。どうやらシナリオ通りに進んでいるらしい。
この後は確か晴彦と下駄箱で遭遇するはずだ。
「予定通り進んでるみたいだねー。それじゃあそろそろかな?」
「うん、そうだと思う」
ここが終わればプロローグは終わり。明日からは本編が始まる。
下駄箱に着いてしばらく、外から晴彦が近づいてくるのが見える。
「来たね」
「うん」
晴彦が私達に気付く。
私達もあたかも今気づいたかのようなふりをしながら晴彦に近づいていく。
「ハル君! もう起きて大丈夫なの? というかどうして外に?」
「いや、あの、まぁいろいろあってさ」
晴彦の視線がチラリと私の隣を見る。なるほど、その位置に好感度ゲージがあるのか。でも晴彦よ、もう少し視線をごまかさないと挙動が怪しいぞ。
まぁそれは気付かないふりをしよう。おそらく晴彦に見えている好感度は元のゲームの初期好感度だろう。零音の初期好感度は『68』だったはず。
「頭打ったんだからあんまり無理しちゃダメだよ?」
「もう大丈夫だよ。それよりもそっちの子は……」
「あ、この子はね」
「夕森雪です! さっきはホントにゴメンね。このとーり!」
私の言葉を遮って自己紹介する夕森。茶目っ気のある謝り方で自身がどうすれば可愛く見えるのか知ってるやり方だ。
「いやまぁ、別にいいけどさ。そんなに気にしてないし」
「ありがと! また今度お詫びになんか奢るね」
「いやそんな、いいよ別に」
「いいのいいの。そうしないとアタシの気が済まないんだから。あ、そうだ二人とも何組なの?」
「俺と零音は1組だけど」
「ほんとに? アタシも1組なんだ。一緒だね。せっかくだしLITI教えてよ」
LITIはメッセージアプリだ。一昔前ならメールアドレスの交換が主流だったけど。いまではこのLITIが連絡ツールの主流だ。
晴彦は有無を言わせぬ勢いの夕森に押されてそのままLITIを交換している。
「ほら、零音ちゃんも交換しよ!」
「うん、そうだね」
「うんうん、これでよしっと。あ、もうこんな時間だ。ゴメンねこの後パパとママとの約束があるから帰らないと。それじゃあ、ハルちゃん、レイちゃん。また明日ね!」
言い切るとそのまま走り去る夕森。その姿はあっという間に見えなくなる。
「なんか、嵐みたいな子だったな」
「でも元気でいいじゃない。クラスも一緒みたいだし、仲良くなれるといいね」
「そうだな。俺達も帰るか?」
「うん、帰ろっか」
いまだに学校には生徒と保護者で溢れている。その合間をぬって校門を抜けてしばらくするとようやく人の数が落ち着いてくる。
「あー、何か初日からいろいろありすぎて疲れたよ」
「まさか教室に入るよりも先に保健室に行くことになるなんてね」
「保健室なー。俺、あの風城って先生ちょっと苦手かも」
「あー、あの先生ね。私もちょっと苦手かも」
「珍しいな。お前が苦手だなんて」
「そんなことないよ。私だって苦手な人くらいいるってば。だいたいそんなこと言ったらハル君だって——」
なんということはない他愛もない話をしているうちに、私達は家に着いた。
「あ、そうだ。今日の夜はお父さん達とご飯食べに行くんだけどね。ハル君も一緒に行こう」
「いいのか?」
「うん、お母さんが晴彦君も誘いなさいって言ってたから」
お父さんは微妙な顔してたけどね。まぁいくら幼なじみといっても愛娘の近くに男がいるのは不安なのだろう。
「それにハル君一人じゃ夜ご飯作れないでしょ」
「そんなことない、と言いたいけどそうだな。たぶん無理だ」
「それじゃあまた後で連絡するね」
「おう」
晴彦が家に入るのを確認して、私は息を吐く。
「ふぅ……これで一日終わった」
長い一日だった。初日ということもあってか思っていた以上に緊張していたのかもしれない。表には出てなかったと思うけど。
家の中に入ろうとすると携帯の鳴る音がする。確認してみるとメッセージが入っていた。そこに表示されている名前は夕森雪だった。
メッセージを開くと、そこには簡潔に
『負けねぇぞ』
とだけ書かれていた。
「……私だって、負けるわけにはいかないんだ」
『こっちこそ負けない』とだけ返して携帯をカバンにしまう。
絶対に負けられない戦いはこうして幕を開いた。
これにてプロローグは終わりです。
次の話からは晴彦と零音の視点をメインにたびたび別の人を挟みつつ進めていこうと思います。
次回もよろしくお願いします!
次回投稿は8月5日9時を予定しています。